第十二話 ダブルブッキング


「週末? 一緒に? 私と?」


 話すことも行動も考え方も、教室で見るイメージとかけ離れすぎている。

 美菜が何を言い出すか予想がつかない。

 クール美人、私なんかとは住む世界が違う……とは言わなくとも、関わりなんてずっと無いままだろうと思っていたのに、その美菜がぐいぐい私に迫る。


「かなえ以外に誰が居るの? 一緒にあっちこっち行って、ポイント勝負して、それから……時間が余るだろうから、ちょっとは、一緒にあそ……」

「あの、明日は友達と遊ぶ約束があるから」


 途端に、美菜の顔からすっと表情が消えた。

 あ、いつも教室で見る澄まし顔だ。


「ほ、本当だよ? 十一時に公園で待ち合わせして、その後は夕方くらいまで遊ぶつもりだから! だからあの」

「ふぅん。十一時に公園ね」


 ……しくじったかも。


「う、うん。そういう事だから……」

「じゃあ、明日ね」

「え?」

「アプリさん、これから塾があるから、私は一旦帰ります」


 急に冷静になった美菜がアプリさんに言う。


「はぁい、またねぇ」

「そういうことだから、かなえ、またね!」


 美菜はどこかスゴみのある笑顔で言った。


「う、うん……」


 応えたけど美菜は動かない。ああ、やっぱり。


「またね、美菜」


 絞り出すようにして名前を呼ぶと愛菜はうん、とうなずいて踊るようにくるりとひるがえる。

 ようやく鳩が頭から飛び立ち、飛んでいく鳩を追いかけるように足取り軽く爽やかに駆けていった。

 美菜、意外に落ち着きが無い子?


「アプリさん」

「んー?」

「疲れました」

「チョコ食べるぅ?」

「いただきます」


 もらったミルクチョコレートは美味しいけどなぜかビターで、今日一番のため息が溢れる。


「それでさ、かなえちゃんはソノキスタンプを使いたい?」


 アプリさんがどう? と顔を覗き込んでくる。


「……分かりません。でも」

「でも?」

「興味はあります。不思議だし、ソノキスタンプで実際気分が変わったし。アプリさんに会えたのは嬉しいです。……美菜が学校のイメージと違ったのはびっくりですけど」

「あの子は真面目でまっすぐ、そして熱狂的だからねぇ」

「何があったんですか? やっぱり美菜がアプリさんに何か失礼なことして、それから何かあって、ソノキスタンプを使ったとか?」

「まぁ、アレはちょっと特殊な状態だったねぇ」

「特殊?」

「それはいずれね」


 アプリさんが指を唇に当ててウインク。

 普通ならオトナな仕草だけど、どうしてもセクシーというより可愛らしいという感情が先にくる。


「知り合ってからあの子はよく遊びに来てくれるよ。お菓子くれるのは嬉しいけど、もっと自分に遊びっていうか余裕を持って欲しいと思うなぁ。まじない師の見立てとしては」


 アプリさんは美菜が立ち去った方向を遠い目で見ながら呟く。


「美菜は充分余裕あるように見えます。自信家だしリーダーシップあるし」

「余裕が無い子こそ、余裕があるように見せるものなんだよ」

「えー?」

「あたしはこれでも必要のある子にしかソノキスタンプは施さないから」


 アプリさんがキリッとした顔で言う。


「お菓子をもらったからじゃなくて?」

「……人の好意を無下にしてはいけないから」


 今度は視線をそらしながら言う。ウソがつけない人だなぁ。


「まぁ、ポイント勝負、一応がんばります。私もソノキスタンプを覚えて、自分を変えられたら、とは思っていますから」

「ん? 自分には使えないよ」

「あ、そうなん……えっ?!」

「ソノキスタンプは誰かのために祈る巫術だからね」

「ええっ?」

「他にも禁忌は色々あるけど、まぁそれは実際に弟子になってからのお楽しみ」


 禁忌っておおげさだなぁ、と思った。

 だけどさっきの鳥の集まり方は普通じゃない。アプリさんには何かがあるということは分かる。興味と、それから少しだけの怖さも感じるけど、アプリさんへの興味は揺るがなかった。


「あ、そうそう! 大事なのは。施術者が相手を好きであること」

「好き?」

「相手のことを好きかそうでないかで気持ちの込め方が変わる、でしょ? ここが他のおまじないと違うところかな。ソノキスタンプは自分の心の込め方で効果が段違いだから」

「え? それじゃ初めてのお客さんとかはどうやって?」

「そこはほら、あたしもプロ。お仕事だから」


 ……オトナだぁ。


「まぁそれはそれとしてね、かなえちゃん、美菜ちゃんを助けて……とまではいかないでも、かまってあげて」

「理由はなんですか?」

「それはあたしからは言えないなぁ。いわゆるプライバシー、個人情報的な? まぁかまってあげれば自分から話してくれると思うよ」

「美菜にかまってあげる、みたいな素振り見せたらひっぱたかれそうなんですけど」

「そんな事無いよ。絶対喜ぶから」

「いやいやいや」


 美菜が私に誘われて笑う姿が想像できない。


「さっきだって弟子の座をかけて宣戦布告されたばかりだし。明日は茉莉と遊ぶって言ってもなお邪魔してまで勝負しようとしてきたんですよ?」

「邪魔かぁ。あはは、まぁ、頭はいいけど不器用なんだよ」


 嘘だぁ。


 それにしても自分にはソノキスタンプは使えないと言う事実が発覚した。それだけでもだいぶテンションが下がってしまう。


「あ、でも大丈夫だよ。人のために使えば使うほど自分のために使ったことになるから」

「なんですかそれ……」

「とにかく、大事なのは相手のことを思って願うこと。このおまじないは、一つ間違うと人の心まで操りかねないんだから」


 アプリさんの声が静かで怖かった。


「なんてね! 詳しくは弟子入り後!」


 アプリさんはケラケラと笑い、楽しそうに指を回す。


「でも、美菜ちゃんをかまってほしいっていうのは本当だよ。あの子にはあたしなんかより、かなえちゃんがそばにいてあげる必要があるから」


 アプリさんのタレ目が真っ直ぐに私を見ている。その瞳がとてもオトナに見え、私の背中が一瞬ぞわっと波打った。


「そんな事言われても知りません」


 私はぷい、と視線を外して空を見上げる。

 だけどアプリさんは大丈夫だよ、と微笑み、そして。


「チョコ、もう一つ食べる?」

「……いただきます」

「あと、ソノキスタンプの基本的なこと教えてあげる。とりあえずあなたが他の人におまじないできるようにならないとね」

「難しくないですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。要はココロだよ!」


 アプリさんは胸を張って手を添える。平たい胸がやや心もとない。


 明日どうしよう、と言うかどうなるんだろう。

 ミルクチョコはやっぱりほろ苦く、ぴーちゃんはアプリさんの頭の上でよくわからない歌を奏で続けていた。



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