第十一話 弟子ポイント


「大丈夫?」

「えっ?」


 意識が飛んだみたいに見とれていた。

 若狭さんが少し心配そうに私の顔を覗き込む。


「だ、大丈夫。うん」

「見惚れるのはいいけど気を失ったりしないでよ」

「しないから」


 改めてアプリさんを見ると、さっきまでの神秘的な光景はどこへやら。

 鳥と戯れているのか襲われているのか良く分からないまみれっぷりで奇声をあげている。


「あきゃきゃきゃ! ぷぷ……。はいはい、オウムくんじゃないよ。探しているのはセキセイインコのぴーちゃんだよ。こらこら、カラスちゃんでもないって。カァカァ」


 アプリさんは体だけじゃなく足元にもぎっしり降りている鳥たちを見渡しながらぴーちゃんを探していた。

 鳥たちは私達にも止まっている。これだけの数の鳥にとまり木にされて耳元で鳴かれると流石にうるさこわくて、私は涙目になる。


「あ、アプリさん、は、はやくぅ……」


 若狭さんも流石にこくこく、と鳥まみれでうなづく。


「はいはーい。あ、いた」


 アプリさんは私の頭の上を見て手を差し出す。頭の上から一羽の青いセキセイインコがぴょん、と飛んでアプリさんの腕にとま……でかっ!


「ジャンボセキセイインコのぴーちゃんだよ」


 それは名前通りの巨体で、普通のインコの二倍は大きかった。こんなのが頭の上にいたの?


「ありがとうね、かなえちゃんのおかげでずいぶん早く見つかったよ」


 ……それ、私が大きいから鳥がとまりやすかったんですね。


 素直に喜べない。

 そんな私を同じく鳥まみれの若狭さんがジトッと睨んでいた。


「あの、アプリさん、私だけじゃなくて、若狭さんもいたから……」

「そういう気遣い、ムカつくからやめて」


 もう泣きたい。


「鳥巫女はね、まさに今のアプリさんのイメージなの」


 心が折れそうになっていた私に若狭さんが静かにつぶやいた。

 アプリさんを見るとぴーちゃんを肩に載せ、他のオウムやインコ、セキレイなんかにまみれながら、まるでみんなと会話しているかのように見えた。


「私は鳥巫女をやりたい。完璧な鳥巫女を。だからアプリさんのようになりたい。おまじないも覚えたい。弟子になりたい」


 若狭さんは両手を握り、祈るようにつぶやいた。

 その姿は自信に満ちているというよりも何かに焦り、必死なようにも見えた。


「どうしてそんなに鳥巫女をやりたいの?」

「聞いてどうするの? あなた、やっぱり主役の座を」

「だからそういうのじゃなくて! 理由も知らないのに勝手に突っかかれても困るって言ってるの!」


 一方的に敵視されるのもいいかげん嫌になってきたのでぶっちゃける。

 なんだか今日の若狭さんを見て普段の優等生のイメージがだいぶ崩れてきているし、もうこの際遠慮は無し。


「……それは」

「あ、ごめん」


 ちょっと強く言い過ぎたかも。

 うつむいてしまった若狭さんが少し前の私と重なる。まさかの弱々しいその姿に驚いて何も言えなくなったその時。


「はーい、とりあえず二人に一ポイント。それからかなえちゃんにはもう一ポイント。ぴーちゃんの分ね」


 鳥にまみれたままアプリさんが言った。


「ポイント?」

「そう、今思いついたんだけど、こうやって私が嬉しいことやソノキスタンプでいいことをしたらポイントをあげるっていうのはどう?」


 マジシャンみたいに両手に鳩を載せながらアプリさんが言う。


「……勝ったら弟子にしてくれる、ですか?」


 若狭さんが神妙な顔で聞く。


「競争じゃ決められないけど、心象は良くなるよ」

「それじゃ頑張る意味が……」

「分かりました! 頑張ります!」

「えっ?!」


 なのに若狭さんはぱっと顔を明るくして二つ返事した。


「安芸さん、手加減しないから。主役も弟子の座も、奪えるものなら奪ってみなさい!」


 若狭さんの言葉で鳥たちが驚き、ほとんどがばっと飛んでいった。頭の上の鳩は座り込んでいるけど。

 あれ? 私もやるの決定?

 考えさせて、と言おうとしたけど若狭さんは鳥の羽にまみれながら普段の勝ち気で強気で、でもどこか不安そうな顔で私を見ていた。

 一人でご自由に、なんて言ったら泣き出しそうだと思うのは気のせいだろうか。


「が、頑張ろうね」


 そう言った私の笑顔はきっと引きつっていたんだろうな。


「ふふん。私に挑戦するなんて無謀だけどいい度胸ね! 気に入ったわ」


 あ、調子に乗った。


「……」

「若狭さん?」


 かと思えば若狭さんが何故か突然黙って考え込む。

 こういうの、情緒不安定って言うんだろうか?


「……弟子同士なら、どうせなら、もうちょっと……」

「何?」

「あ、いや。ええと……。そ、そう! 名前!」

「名前?」

「せっかくだから、仕方ないから名前で呼ばせてあげる! 私も名前で呼んであげるから!」

「はい?」

「かなえちゃん……はヤダなキモい」


 本人を目の前に何を言うか。


「かなえさん……違う。かなえ……。かなえ。うん! かなえね! はい!」


 若狭さんが私に振ってきた。


「はいって……。わ、私も?」


 若狭さんが妙に思い詰めた顔で私を見ている。

 これ、名前で呼べって事?


「う……。み、美菜……さん」


 なんとか名前で呼んだ。でも若狭さんは渋い顔のまま。どうやら言うまで譲らない気だ。

 私は深呼吸して覚悟を決める。


「ああもうわかった! 美菜! これでいいの?」

「うん!」


 若狭さん改め美菜が、今まで見たことのない笑顔で頷いた。

 元がいいからすごく可愛いのが正直シャクだ。


「かなえ! 負けないよ!」

「……はぁ」

「はい、美菜ちゃんに一ポイント!」

「えっ? 本当? やった!」

「今ので?」

「二人が仲良くなるとあたしも嬉しいからね。自分から仲良くなるきっかけを作った美菜ちゃん、偉いよ」

「ありがとうございます! かなえ、これで同点だね」


 美菜が朗らかに笑う。

 まだ残っていた鳩がくるっくー、とのんきに鳴いた。

 仲良く、なのかなぁ? 今のって。


「そうだ!」

 そして美菜が畳み掛けてくる。

「ええと、週末に一緒に勝負なんて……どう?」



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