第十話・鳥巫女
「ぴーちゃーん、チチチチ」
私達はアプリさんに引っ張られ、この辺りで一番大きい森のある公園まで来た。
アプリさんは葉っぱが茂る木々をあちこち見上げながら鳴き真似をしている。けっこう上手だ。
「あの、なんでペット探しなんてするんですか?」
仕方なく、私も周りを見回しながら聞いてみる。
若狭さんもムスッとしながらもしっかりとインコのぴーちゃんを探していた。
「んー、さっき言ったよね。おまじないってカウンセリングみたいなものでもあるって」
「はぁ」
「つまり」
「あ、すいません、その前に手を離してもらっていいですか?」
「えー。嫌ぁ?」
「嫌と言うか恥ずかしいというか、さっきから私たち、時々姉妹に見られてますよね? しかもアプリさんが妹で……」
アプリさんは私と若狭さんを両の手で繋いでいる。
手を繋ぐとアプリさんが一番小さい。
「二人に挟まると楽ちんだから」
「大人としてどうなんですかそれ」
アプリさんはしょうがないなぁ、とはにかみながら手を離してくれたんだけど、それはそれで手が寂しいような気がした。
若狭さんは素直に残念そうな顔をしている。
「つまり人からいろいろな話を聞くのは何かしらおまじないをするためのヒントになるの」
「ヒント? そんなクイズみたいな……」
「案外違わないよ人の悩みや困りごとは何が原因か、何がきっかけかよく話を聞かないと分からない」
「あ、はい」
そうなの? という私に対して若狭さんはうんうんと頷いている。
「問題の本質を探るにはただ直接的なことを聞くだけじゃダメ。その時の仕草や関係ないような話題をしたときにポロッと出る言葉に真実が隠されていたりするからね」
「おお……」
なんかすごくプロっぽい。
アプリさんは『前金』で貰った一口チョコレートをもぐもぐと食べながら語る。
やっぱりおまじないじゃなくてカウンセラーなんじゃ? と首を傾げるとアプリさんが付け加える。
「まぁ、おまじないだけじゃご飯食べられないしねぇ」
アプリさんがえへっ、と笑った。
「あー」
お腹をすかせてコンビニに張り付いていた姿を思い出す。
アプリさんはちょっと気恥ずかしそうに肩をすぼめてから前に出て、チチチ、と鳥の鳴き真似をしながらちょこちょこ小走りする。
その姿は年上なのにとてもか弱く細く見え、子犬かハムスターでも見ているかのような、抱きしめたくなるような庇護欲がむらむらと湧き上がってきた。
隣の若狭さんを見ると、同じように目を潤ませている。きっと同じこと考えているんだろうな。
──あ、もしかしたら仲良く……。
「そうだ、安芸さん。絶対に負けないから。主役の座、それから私も弟子になってみせる。ううん、弟子は私だけ。あなたの出る幕無いから」
なれないかも。
「いや、だから私は別に……。て言うか、ソノキスタンプって何? そのダさ……変わった名前だけど」
「あっきれた。知らずに弟子になろうだなんて、どんだけ考えなし? 知ってたけど」
若狭さんが鼻で笑う。
知ってたって何?! 文句が喉まで出かかったけどあえて飲み込むと若狭さんは続けた。
「アプリさんのおまじないは本当の本物。他の何と比較するのもおこがましい神聖かつ厳格、そして何よりも優しい、素敵なチカラ。そう、崇めて然るべき……」
「そ、そうですか」
「すこし小さいけど大人の魅力に溢れてるし、落ち着いてて、立っているだけで空気が浄化されるような気持ちになる」
若狭さんの目が怖くてちょっと引いた。
「おまじないだって知っていると思うけどすごいんだから。アプリさんはソノキスタンプにルーン文字を使ってその人やその人の持ち物に想いを込めるの」
「ルーン文字?」
「簡単に言えば最古級の文字。文字一つ一つに深い意味があって、アプリさんが描くと文字が力を持つの。それによってやる気を奮い起こさせたり、落ち込んだ気分を変えてくれる」
ああ、と思った。まさにさっきアプリさんがやってくれたことだ。
「それ、やっぱりカウンセリングじゃ……」
「そんなだから安芸さんはアプリさんのシロウトなのよ」
アプリさんのシロウトって何?!
「いい? アプリさんは魔女よ」
「そういう設定でしょ?」
「……見なさい」
演技しているみたいに大げさにため息を漏らし、心底呆れた顔で若狭さんがあれ、と視線を向けた。
見ると、少し遠くに離れていたアプリさんが立ち止まり、両手を広げて空を見上げていた。
私は思わずあんまり遠くに離れると危ない、と思いかけいや、大人だったと言葉を飲み込む。
若狭さんも心配そうな顔で手を出しかけていた。
崇めろとか言っといて同じこと考えてない?
それはさておき、アプリさんを見ると空に向かって何かを喋っていた。その直後、アプリさんからそよ風が吹いた気がする。
すると周囲の木という木から無数の鳥の鳴き声が響き始めた。
──アプリさんが呼びかけたから?
「そうよ」
心を読まれたような気がしてドキッとする。
「アプリさんの呼びかけなら、動物だって花だって、石ころだって応えるの」
石ころは無いだろうと思うけど、若狭さんは至って真面目な顔だった。
鳥の鳴き声は増え続けている。もう十や二十じゃない。百も二百もいるように声が増える。
アプリさんがチッ! と大きく鳴くと、木の上から色とりどり、大きさもバラバラの鳥たちが降りてきてアプリさん、そして私や若狭さんの頭や肩、とにかく留まれそうなところに一斉に降りてきた。
「うひゃあ!」
ハト、カラス、スズメにセキレイ、ムクドリ、インコ、オウム。
うわ、トンビに……ハヤブサ? なんでケンカしないでこんな密集してくるの?
あ、痛い痛い! 爪がけっこう痛い!
アプリさんはケラケラと笑いながら羽を広げるように両腕を広げ、鳥たちを目一杯自分に留まらせる。
無邪気に笑うその姿は可愛い。
だけど。
鳥に囲まれ、色とりどりの羽吹雪の中で舞うような仕草。
人の声に聞こえない、鳥のような美しくて心地よい鳴き真似。
野鳥がまるで訓練されているみたいに規則正しく波打って周りを飛んでる。
ふと、アプリさんがこの世のモノではないようにも見え、ぶわっと鳥肌が立った。
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