第九話 ソノキスタンプ


「そこまで言われちゃしょうがない。まずはさわりを教えてしんぜようか」


 化粧道具たちは顔もないのじーっと私を見ている。

 眼のない視線を熱いくらいに感じ、悲鳴のようなあくびのような、とにかく変な声が漏れた。


「あ、あの、け、化粧道具がこっち見てるんですけど?」

「魔法魔法。魔女の弟子が何を驚いているのさ」

「弟子ぃ?!」


 その言葉に化粧道具が一斉にうんうん、と頷いた。

 ……ああ、これは多分、きっとおそらく、いわゆる占い魔女としての商売的な演出なんだそうに違いないそう思おう。


「とりあえずあなたに……ああもう他人行儀だなぁ。かなえちゃんでいいよね? かなえちゃんの『使い魔』を選ぼうか」

「あの、名前で呼ぶのはべつにいいで……使い魔っ?!」


 思わずその言葉に反応してしまう。


 使い魔。


 魔女のお供、定番だ。

 黒猫、ミミズク、カラス、ちょっと怖いけどコウモリ。あ、ホウキもだ!

 不思議な使い魔が私に恭しく挨拶をしているところを想像して顔が緩む。


「はい、どの子がいい?」


 アプリさんがコスメボックスを指差す。


「……え?」

「直感でいいよ。あなたはこれから使い魔として選んだペンでおまじないを、『ソノキスタンプ』を使うんだから」

「そのきすたんぷ?」


 え? ちょっとダサ……じゃなくて、なにそれ?


「がんばって考えたんだよぉぉ……」

「わああ! ごめんなさい!」


 気持ちがよっぽど顔に出てたみたい。私は涙目のアプリさんに平謝りする。


「許す。で? どれにする? まずは持ち運びやすいペンシルから選ぶといいよ」


 だけど次の瞬間にはもうケロッとして改めて聞いてきた。


「あの、どれっていうか、使い魔っていうと黒猫とかミミズクとか……」

「そんなモンでお化粧は出来ないでしょ。ほらほらどれがいい?」

「……お化粧道具限定?」


 使い魔ってなんだっけ? と首を傾げながらコスメボックスを見ると、さっきまで整列して立っていたペンや筆が元通りに寝転がっている。


「あの、アプリさん、ペンたちが動かなくなって……」

「化粧道具は普通動かないでしょ」

「あ、はい」


 え? 見間違い? 夢? え? どういう仕組み? と思いつつ眺めていると少し短くなった紫色のペンシルが目にとまる。

 使い込んでるのかちょっとでこぼこしている中古品。

 でも、それこそペンシルが私を呼んだ。そんな気がして手を伸ばす。

 するとペンシルが磁石みたいに浮いて指に吸い付いてきた気がしてびくっとする。


「ほうほう、芯の硬さほどほど。気持ち明るめで使い易そう。いいチョイスじゃない」

「そ、そうですか?」

「ちなみに、使い魔とはあなたを導く存在でもあるから、ただのチビたペンシルと馬鹿にしないで、言うことは聞いたほうがいいよ」

「言うこと? ペンシルが?」

「まぁ、普通は喋らないけど」


 アプリさんが笑う。どっちなの?


「でね、基本としてルーン文字を使うんだけど、まずはその意味を……」


「ちょっと待ったぁ!」


「わひゃっ!」


 扉がバン、と開き大きな声が響いた。振り向くとそこには若狭さんがすごくムスッとした顔で立っている。

 少し息が荒くて怖い。


「え? わ、若狭さん?! なんで?」

「それは、私の、セリフなの!」


 普段からちょっとキツめの表情だけど今はもう視線で刺されそうなくらいだった。思わず身をすくめる私を見て若狭さんは瞳を閉じてゆっくりと大きく深呼吸し、それから静かに目を開くと見下すような視線で私を見る。


「……なるほどね。安芸さんが主役に立候補するなんて最初から不思議だと思っていたけど……。実はまだ鳥巫女の座を諦めていないんでしょ! アプリさんの力を借りてリベンジする気なんだ!」

「え? ええっ?」


 何が何だか分からない。若狭さんのこんな大きな声も初めて聞いた。


「アプリさんもひどい! ソノキスタンプの使い方を教えてくれるのは私一人だけじゃないの? それも生徒じゃなくて弟子を取るなんて聞いてない!」

「いやいや、そもそも一人だけなんて言ってないし。それにね、ソノキスタンプはもっとかるー」「アプリさんのおまじなは軽々しく扱っちゃダメ!」


 若狭さんの声が響き、店内が静まった。


「……大声出してごめんなさい。でも、ソノキスタンプを軽い気持ちで使うなんて許せない。私はアプリさんのおかげで救われたんだから」

「な、何の話?」


 混乱して頭がぐるぐるしている私を若狭さんがキッと睨む。その顔を見て私のお腹がキュッとした。


「とにかく、なんで安芸さんが弟子なの? 使い魔って何?」


 声の迫力に思わずペンシルを握りしめる。ペンシルがびっくりして震えた気がした。


「いやぁ、なんとなくっていうか。それよりかなえちゃんも美菜ちゃんもクラスメイトなんでしょ? 仲良くして欲しいなぁ」


 アプリさんと若狭さんは知り合いだった。つまり……。


「若狭さんにお化粧したのアプリさんだったんだ!」


 はっと気づき、思わず声が出た。若狭さんがどきっとして私を見つめる。


「……そうよ」


 若狭さんが顔をこわばらせた。そんな顔初めて見る。急に若狭さんが小さく見えた。


「納得……。あ、私、別に何もしないよ。若狭さんが鳥巫女に選ばれるのは当然ってみんな思っていたし」

「それが嫌なのよ……」


 若狭さんが苦い顔で吐き捨てるように言った。


「当たり前なんて、思われたくない……」


 声が震えていた。さっきから見たことのない若狭さんばかりだ。


「あ、そういえばさぁ、何か用事?」

「私、用事がないと私は来ちゃだめですか?」


 若狭さんがトゲトゲしい。だけどアプリさんはまるで気にせずふわふわしていた。


「……今朝、チョコシュークリームを渡していなかったから、買い直して持ってきたんです」

「あー、覚えててくれたんだぁ」


 アプリさんが目を輝かせる。


「お礼を忘れるわけないです」


 若狭さんはすねたように口を曲げながらオレンジ色の手提げを差し出す。

 アプリさんはおお! と小さく声を上げ、小さい体をぴょん、と跳ねさせた。


「要冷蔵だから新しいのを買おうと思って、でも売り切ればっかりで遅くなって、やっと買えたから急いでお店に来たら、何故か安芸さんがいて、しかも弟子とか言っていたから……」


 だから思わず叫んでしまった、と。


「……何よ」


 ふと、私の視線に気づいて若狭さんが不審そうに聞く。


「あ、えと、意外にかわ……なんでも無い」


 扉の外で焦っていた若狭さんを想像したら可愛いと思った、なんて言ったら絶対怒るだろうな。


「ああ……おいしいよぉお……」


 あ、アプリさんがなんか静かだと思ったらチョコシュー食べてたんだ。


「なんでもいいけど安芸さん、あなたアプリさんの弟子に本気でなるつもり? 思いつきで? 私を差し置いて。主役も狙っているくせに」

「いや、だから差し置いてとか主役とかそういう気は別に……」

「なら今すぐ帰ってくれていいんだけど?」

「……若狭さんにそこまで言われる筋合いない」


 そっけない言い方にちょっとカチンと来た。

 普段なら目を逸らすところだけど今の私はおまじないの効果発動中だ。臆せず見返しちゃう。

 ちょっと怖いけど。

 そのとき、また扉がバンっと勢いよく開いた。


「あっちゃん! 大変なの! ぴーちゃんが逃げちゃったの!」


 大きな声と同時に知らないおばさんが駆け込んできた。

 私と若狭さんはおばさんの迫力にびっくりして、思わずくっついてしまった。


「またですかぁ? いつ頃?」

「ついさっき! カゴから出しているの忘れて窓を開けたら、さっと飛んでっちゃったのよぉ! おばちゃん慌ててサンダルで来ちゃった! あらやだお化粧もしてないし。とにかくお願い! はい、まず前金がわり」


 おばさんはアプリさんに大袋入りのチョコレートを渡した。

 え? ペット探し? ここ占い屋さんだよ? あ、本当は時計屋さんか。


「はぁい、了解です。助手もいるし、すぐ行ってきます」

「助手ぅ?!」


 私と若狭さんの声が重なり、アプリさんは私たちの手を握って立ち上がる。


「あらかわいい助手さんねぇ。それじゃお願いね」

「いってきま~す」

「まって! あのっ!」


 私たちは意外に力のあるアプリさんに手を引かれてお店の外に連れ出された。


 何がどうなっているの?


 私と若狭さんはきっと同じことを考えながら顔を見合わせていた。



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