第八話 言霊


「友達の茉莉はお化粧して学校来るなんていけないんだって若狭さんに言ったんだけど、若狭さんは全然気にしなくて、逆に茉莉が黙っちゃうくらい堂々としていて」

「強気だねぇ。茉莉ちゃんって子も頑張ったね」

「茉莉はがんばりやさんだから」


 茉莉が褒められると自分の事のように嬉しかった。


「お化粧が自然すぎて、しているように見えなくて文句が言えなくなっちゃったんだと思う。私もつい見とれちゃってたし」

「へぇ、どんなふうに見えた? どんなふうに見えた?」


 アプリさんが身を乗り出す。


「え、ええと、おそらくはまつげとほとんど変わらないアイライン入れて、頬を明るく見せるファンデーション、チークも使ったと思います」

「ほうほう」


 私の言葉にアプリさんはなぜか満足そうだ。


「で、結局元がいい子は何をしてもサマになるんだなぁ。私とは違うなぁって思って……」

「そうかぁ」

「その後、当たり前のように満場一致で若狭さんは主役になりました」

「うん、あなたは?」

「鳥たちが留まる御神木の役になりました」

「ごしんぼく……神様の木、の御神木?」

「ええ、その木です。あ、鳥の役も兼任です。チュンチュン言うだけなのに、無理をしている巫女を心配している鳴き声とか、口に咥えた木の実のせいで鳴きにくそうだけど一生懸命鳴いている鳴き方とか場面ごとに全部指定があって……ああもう何なのこれ?!」


 思わず声が大きくなり、アプリさんが苦笑いする。


「御神木の役だって! 男子が! 私の方が背が大きいから丁度いいじゃんとか言って推薦までしたんですよ! まぁ、クラスじゃ男子でも私より大きい子一人もいないし。お似合いってやつです。あはははははっ!」


 ああ、なんだか言葉が止まらなくなってきた。


「そういえば私、こんなナリですけど、去年まで陸上やってたんです」

「ほおー。あなた足長いもんね」


 アプリさんのさりげない褒め言葉が私の気分を上げる。


「まぁ、自分で言うのもなんですけど、それなりに早かったんですよ。でも、四年生頃からぐっと背が伸び始めてフォームが崩れて、そのうえ膝が痛くなって、色々あって、嫌になっちゃってやめました」

「育ち盛りだからねぇ」

「伊勢くんはマネージャーとかどうだって引き止めてくたけど、嬉しかったけど、結局やめちゃった。……本当、背なんて大きくても……なんにも……いいこと、ない……し……」


 声が震え、握った手に涙がこぼれた。せっかく気持ちよく声が出せたと思った途端にこれ。

 私ってやっぱりダメだ。情けなくて涙が止まらない。


「自分の体なのに、わからないんだね」


 アプリさんは励ましでも同情でもなく、単純に寄り添う言葉をかけてくれた。

 それきり何も言わない。だけどその言葉が頭の上から体をすうっと通り抜け、さっきまでとは違う涙がこぼれる。

 涙と一緒に何かが体の外へ流れ出す。

 悲しいのに気持ちいいと思い、私は顔を隠すこともせずぼろぼろと泣いてしまった。


「お化粧に興味を持ち始めたのも、すごい後ろ向きな理由だったんです」


 もうヤケ。全部言っちゃおう、と私は最後の秘密を打ち明ける。


「私、体が大きいでしょう。顔も。だから、小顔メイクしたら少しでも小さく見えるかなって……」

「切実な理由だったね」


 アプリさんが真面目な顔で頷いた。


「はー……」


 しばらくして涙も出尽くしたらしい。ようやく落ち着いた私は大きく深呼吸して天井を仰いだ。

 それから。


「アプリさん、ひどい」


 普段なら使わない言葉がぼそっと出た。


「えー、何がぁ?」


 私の側で黙って居てくれたアプリさんがふわふわした顔で言う。


「おまじないのせいで色々閉じ込めていたものが全部出ちゃった。ほんと、恥ずかしい……」


 言ってて内心驚いている。打ち明けただけじゃなくて、こんなあけすけな喋り方を他人にするなんて初めてだ。


「って言う割には笑ってない?」

「笑っちゃうよ。今まで我慢していた事、お母さんにだって茉莉にだって言わなかった事、全部言っちゃったんだもん」


 胸の中に澱のように溜まっていたものが空っぽになった気分。言葉使いもつい崩れちゃう。

 私はうん、と思いっきり背伸びして、最後の一粒の涙をポロッとこぼす。


 これでもう涙はおしまい。


「……おまじないのちからって、すごいですね」

「でしょ?」

「……んん? いや、これっておまじないですか? なんか、カウンセリングって言ったほうがいいんじゃ……」


 言ってからまた失礼なことを、と口をふさいだ。でも。


「そうとも言うかも」


 意外にけろっと肯定してしまう。

 だけどアプリさんが否定しないから、むしろおまじないの信頼性が増した気がした。


「で、教えて欲しい?」

「え」

「覚えたくなったでしょ? そうだよね?」


 ずい、とアプリさんの顔が迫る。


「わ、私は……」


 いらない、と言えなかった。

 花の蕾が開いたみたいな心の開放感をあのおまじないで感じた。もしかすると、このおまじないでダメな私が変われるかもしれない。


「あの、ち、ちょっとだけ……」

「よぉし、言霊とったぞぉ」


 アプリさんが両手をパン、と叩く。

 するとコスメボックスの筆やペン、櫛やハサミがガタガタッと一斉に起き上がり、顔もないのにギョロリと私を見た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る