第六話 上を向いて


「あたしのはね、占いって言うかおまじない」


 ──おまじない。


 そういえば、と思い出す。

 さっきアプリさんはゆかちゃんにおまじないって言っていた。

 確かに全然占ってない。


「じゃあ占い師って言うのは?」

「お話をするためのきっかけづくりだね。道具があるとそれっぽいから、話を聞きやすいんだ」


 アプリさんはカウンターの横を指差す。

 そこには確かにさっき例えで言った水晶玉やタロットカード、占星術用の星座盤が整然と置いてあった。

 ホコリこそかぶっていないけど、使われた様子もない。

 タロットカードなんてビニールの封を切ってもいないし。


「あの、私、占いとかおまじない、実はあんまり好きじゃ……」

「おやおや、それはどうしてかな? 聞きたいなぁ」


 アプリさんは機嫌を悪くするどころか食い気味に身を乗り出してきた。


「怒らないですか?」

「あはは、大丈夫だよぉ、うん、多分」


 言い方が心配だ。

 でもアプリさんは興味津々。

 お話をせがむ子供みたいな表情を見ているとどうしても言わざるを得ないような気持ちになってしまった。


「ええと、自分が何で悩んでいるか、何で困っているかなんて、本人だって百パーセントは分からないはずなのに、誕生日とか血液型だけで区別して今日はこれを持て。どこそこに行け。ああしろこうしろって決めつけられるのが……」


 言ってからやっぱり失礼だと思った。なのに。


「だよねー」


 アプリさんはケロッとして頷いてくれた。


「今日は乙女座が一位! ラッキーアイテムはハンカチ! なんて言われても、何を争ってるんじゃい! ハンカチ持ってないヤツおるんかーい! とかなるよね」


 アプリさんは指を突き上げて大げさに言う。


「ま、まぁ、端的に言えば……。アプリさんは気にしないんですか? 占い師なのに」


「鰯の頭も信心からって言うし、人それぞれでいいんじゃない? それを他人に無理強いさえしなきゃね」


 わりとすごいことをサラッと言った。


「あたしのおまじないはね、前に進もうとしている子が自分の意志でまず一歩踏み出せるように、ちょっと背中を押す事。それだけだよ」

「背中を押す?」

「例えば、辛いことがあってうつむいている子が、しゃんと背を伸ばして歩けるように元気にしてあげるとかね」


 ──うつむいている。


 その言葉にギクッとなる。


「あの……。それって、さっき女の子にやっていたネイルアートみたいなのですか?」

「そう。気持ちを込めた文字を書いて応援するって感じ。これでもプロのつもりだから道具は色々あるよー!」


 アプリさんは興味出た? と屈んでカウンターの下にもぐる。

 なにかの骨やヤモリの黒焼きなんか出てきたらどうしようと思っていたら。


「ほい!」


 どん、とカウンターの上に置かれたのは大きくて頑丈そうなシルバーのコスメボックス。

 プロのメイクアップアーティストが使うようなヤツだ。


 予想外な物が出てきてびっくりしているとアプリさんはバチン、と金属音を響かせて蓋を開けた。

 コスメボックスは鳥が羽根を広げるように左右に開き、デパートの化粧品売り場で嗅いだことのある香りがふわっと漂う。

 中には様々な化粧道具やそうでないものがぎっしり詰まっていて、蓋の鏡にはライトまで付いている。


「うわ! パウダーがこんなに! ティントでこんな色見たこと無い! コンシーラーもすごい。筆なんて何本あるの? うわぁ、これ、いいところのあぶら紙……」


 そこまで言ってはっと息を呑む。アプリさんはニコニコして私を見ていった。


「興味あるよね?」


 アプリさんの問いかけに私はどきっと身を縮め、そして小さく頷く。


「だよねぇこの小さなペンシルを見て一発で分かったくらいだし。おまじないは興味なくてもお化粧は興味あるよねぇ」


 しまった、と思った。誰にも言わない秘密だったのに。


「あの……、実はそのスジでは有名なメイクアップアーティストさんとか?」


「どのスジが知らないけど違うよ。色々必要だからいつの間にか増えちゃっただけ」


 アプリさんは柔らかそうなハケやマユズミ用のペンやらを指に挟んでキリッとポーズを取る。

 かっこいい、と言って欲しそうだったけど子供が背伸びしているみたいに見えて思わず吹き出してしまう。


「あ、ひどぉい!」


 アプリさんがそれこそ子供みたいに頬をふくらませるのでいよいよ笑いが止まらなくなる。

 私は久しぶりに遠慮なく笑った。


「はー……」


 笑った。


 一年分は笑ってしまった。

 疲れてカウンターに突っ伏した私にアプリさんがお茶をくれた。あと芋けんぴも。お店のおばあさんからだそうだ。

 私の笑い声は奥にも聞こえていたらしい。


「ごめんなさい、笑いすぎました」

「いいんだよぉ」


 深く頭を下げるとアプリさんは指を波のように泳がせてながら笑って許してくれた。


「さて、これからかなえちゃんにおまじないをするわけだけど」


 コスメボックスを私に向けながらアプリさんがにっこりと笑う。


「これを使うんですか? 私に?」


 占いだってろくに信じる気は無いのにおまじないなんて、と思っていた。

 だけどメイクのようなおまじないというのなら話は別。

 期待と不安が入り混じってのどが渇いてしまった。

 失礼してお茶を一口飲んだとき。


「楽しくないことがあったんだね」


 ごくん、とお茶を飲む音がお店に響いた。



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