第五話 おまじない館へようこそ!


「あの、お名前はアプリさん、でいいんですか?」

「そだよ」


 恐る恐る尋ねると、アプリさんは最初に見たふにゃっとした柔らかそうな顔と口調に戻っていた。


「あ、勝手にすいません。さっきの子たちがそう呼んでいたから……」

「いいよ。名乗ってなかったし」

「……本名ですか?」

「どう思う?」


 アプリさんは大きなタレ目で私をじっと見つめて聞き返してきた。

 悩んでいるとアプリさんはけらけら、と笑う。


「ごめんごめん、アプリコットは魔女をやっているときの名前だよ。本名はヒミツ」


 アプリコット? ああ、縮めてアプリなんだ。


「魔女……。つまり占い師ですか?」

「そんな感じ。知らない? 商店街にお店あるんだよ。『アプリのおまじない館』ってね。まぁ、メガネ屋さんの間借りだけど」


 アプリさんは両手の人差し指をくるくる、と回しながら言った。

 何か仕草しながら話すのが癖らしい。


 占い師。


 なるほど、それならアプリさんのその格好も分かる。

 ちょっとセンスが古い気もするけど、その方がらしいのかもしれない。

 心配していた点が腑に落ち、私は胸をなでおろし、そして。


「あの、挨拶が遅れました。私、安芸かなえと言います」


 私の名前は安芸かなえ。小学六年生。

 五年生まで陸上をやっていたけど今はやめている。

 得意なこと……特になし。

 後は背が平均よりすこし、ちょっと、それなりに高いのがわりと悩み、かな。


「ご丁寧にありがとう」


 アプリさんもお辞儀を返してくれた。

 そしてまたぐぅ、と音が聞こえた。アプリさんの顔を見ると、知らんぷりして視線を泳がせている。


「スフレ、結局ぜんぜん食べてないですよね」

「いいんだよ。子供こそしっかり食べないとね。…………うん」


 食べ物に執着がありそうなのに、ぜんぜん後悔している感じはなかった。

 未練はあるようだけど。


「でも、形ばかりとはいえ対価取りましたよね。ポリシーですか?」

「無くてもいいんだけどね。でも、人に何かをしてもらうには何かを失う必要があるっていうのは、覚えてほしいんだ」


 ちょっと厳しい気もするけど、アプリさんの真剣な顔を見ると何も言えなかった。

 それは意地悪とかじゃないんだって分かったから。


「じゃあ、やっぱりかわりにこれをどうぞ」

「え? いやいや、もらってあげて、それをまたもらうなんてそんな……」


 と言いつつ視線はスフレに釘付け。


「ならならせめて半分こで。まぁ、四分の一になっちゃいますけど」

「大人として……」

「目の前でお腹空かせている大人を無視するほうが無理です」

「むぅ……。じゃあ……そうだ!」


 アプリさんがずい、とわたしに顔を寄せた。


「スフレのお礼に一つ、あなたを占ってあげる。もらったからには何かしないとね。時間ある? あるよね? お店に来て」

「占い? あの、私、占いは……」


 正直、占いには興味が無かった。

 無い、と言うか実はあまり良い印象が無かった。


 だって、いい結果でも悪い結果でも、実際自分に起きることが変わるわけじゃないんだもの。


「占いは別にあなたの運命を勝手に決めようとするものじゃないよ」


「え」


 気持ちを見透かされたみたいでドキッとした。


「さ、いこっか」


 アプリさんがおいで、と手招きして歩き出す。まぁ、たしかに時間はあるし……。

 私はしょうがない、と興味半分、諦め半分でついていった。


 帰ってふて寝はとりあえず保留だ。



「あほほめあえやんお」

「あそこの眼鏡屋さんですね」


 スフレを食べながらアプリさんがお店を指差す。案内されたのは商店街でも特に古いお店の佐々木メガネ店だった。

 私は知ってる。ぶっちゃけ開店休業状態のお店で、おじいさんとおばあさんが時々店を開けているだけで、開いてても殆どはご夫婦のお友達がお茶を飲む場所。

 アプリさんはそこに住み込み占いをやっているそうだけど、それは知らなかった。


「ただいまぁ」


 アプリさんが甘そうな色で不思議な波模様のレトロなガラス戸を開いてお店に入ると、奥からおじいさんの声で。


「おお、おかえりウメちゃ」「わああああ!」


 アプリさんがめちゃくちゃ慌てて私の耳を塞ごうとするけどもう聞いてしまった。


 ウメ? それって……。


 私はアプリさんの顔を見る。

 ええと、アプリコットって確か……。つまりそういうこと? とアプリさんを見ると、向こうを向いて眼を泳がせている。


「いや、何ていうか……。違うの。ほら、あの……」


 アプリさんはどたどしく弁解しようとしているけど言葉が出てこないでいる。


「あ、いえ。あの、私なんにも聞いてません」

「……ありがとう」


 アプリさんは顔を引き攣らせながらどうぞ、とお店の中へ私を促す。


「わぁ……」


 店に入った私は驚いた。

 初めて入った眼鏡屋さん。木造で少し薄暗い店内の壁には大きな振り子時計があって、周りにはレトロな丸メガネや劇場で使うような金色のオペラグラス、歴史の教科書で見たような顕微鏡まである。

 お店の反対側にあるパン屋さんが見えなければまるで昭和、いや大正時代にタイムスリップしたみたいだと思った。


 見たことないけど。


「はい、そこに座って」


 物珍しくてキョロキョロしていた私をアプリさんが手招きする。

 どうやら立ち直っているらしい。

 綺麗なクリスタルの置物が並んでいるカウンターの奥側にアプリさんが座り、前に置いてある古い木の椅子を指差す。

 座るとギィ、ときしんだ。

 アプリさんが咳払いする。


「はい、まずは論より証拠。あたしの占いがどういうものかを教えてあげる。あなたは何か占いのこと知っている?」


 アプリさんは両手をカウンターの上にあげて、何もない空間を撫でるような動作をしながら聞く。


 あ、この仕草ってもしかして……。


「ええと……、水晶占い?」


 私が言うとアプリさんはそうそう、と嬉しそうに微笑む。

 やっぱりヒントだったんだ。


 不思議で優しい人。


 私はアプリさん自身に興味が湧き始めていた。

 なんとなく気分が楽になり、頭が回り始める。


「あとはタロットとか星座とか……あ、あとは割り箸みたいなのをジャラジャラってやるのとかですよね?」

「あー、筮竹ね。あれどうやって占うんだろうね? 当たりとかあるのかな?」

「占いに当たりは無いと思いますけど……」

「まぁ筮竹ぜいちく四柱推命しちゅうすいめい紫微斗数しびとすう、数秘術、タロット、亀の甲羅、サイコロ、他にも色々あるけど……」

「サイコロ?」

「そういうのもあるんだよ」

「それ、ただの運、ていうか確率……」


 やっぱり占いなんて真面目にやってもらうものじゃないんじゃ? と疑いの気持ちが出てしまう。


「まぁ、あたしはどれも出来ないけどね!」

「そうなん……はい?!」


 私は思いっきり眉をひそめてしまう。

 そんな私を見てアプリさんはケラケラと笑った。



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