第四話 おまじないの対価


「おー、ゆかちゃんにみさちゃん、いいところに来たねぇ。スフレたべる?」

「たべるー!」


 二人の声が仲よさげに重なった。


「はい、はんぶんこだよ」


 二人が色めきたってお姉さんに群がる。なんだか母猫にお乳をねだる子猫みたいだ、と思った。

 お姉さんはそんな二人にあれだけ食べたがっていたスフレを全部あげてしまった。


「ありがとー!」

「うわぁ、おいしー!」


 二人があんまり美味しそうに食べるからさっきの口の感触を思い出してしまう。


「ねぇアプリちゃん、またおまじないしてー!」


 女の子が指をなめながらお姉さんを呼ぶ。アプリってお姉さんのこと?


「いいけどなにの?」

「ないしょ!」


 女の子は満面の笑みで口に指を当てた。


「それじゃまじないようがないぞぉ」

「ゆかちゃんね、あっくんにこくはくしたいの。お手紙書きたいんだよ!」

「みさちゃん!」


 ゆかちゃんがみさちゃんを追いかけ、みさちゃんはきゃー、と悲鳴のような笑い声を上げながら逃げ回る。


「はいはい、ゆかちゃんこっちおいでー、おまじないしてあげるよ」


 アプリさんが言うと、ゆかちゃんはくるっと向きを変えて転がるように駆けてきた。

 そしてアプリさんの前にきちんと立ち、目を輝かせる。

 一人残されたみさちゃんが遅れて戻ってきて、隣で同じように目を輝かせる。


「さて、ゆかちゃん」


 アプリさんが少し落ち着いた声で語りかける。

 さっきまでのはしゃぎっぷりがウソのようにゆかちゃんは黙っていた。


「ゆかちゃんはあっくんと何をしたい?」


 アプリさんがゆかちゃんの手をとり、静かにゆっくりと問いかける。

 アプリさんもさっきとは別人のような話し方で、その声を聞くとなぜか背中がさざめいた。


「わたし……ええと、あれとあれと……それに……」


 ゆかちゃんが指を折ってあれこれ考える。


「うん、色々あるかもだけど、最初は一つだけあっくんに聞いてごらん。一番最初に思い浮かんだことをね」

「一つだけ?」

「そう。一つだけ。たくさんお願いしたら、あっくん困っちゃうよ」


 ゆかちゃんがあっ、と息を呑む。


「だから、一つだけ聞いてみるの。そうしたらあっくんはきっと聞いてくれる。お友達になれる。そうすれば他にもやりたいことを二人で相談できるよ」

「あ、そうか! でも……んーー」


 ゆかちゃんはどうしよう、とかわいい顔を両手でぐにぐにとこねくり回している。


「で、依頼するなら、なにか持っているかな?」


 あれ? 対価取るんだ。この流れは普通タダじゃあ……。


「あ。……持ってない」


 ゆかちゃんがはっと目を丸くしてしょぼん、としおれる。

 ああ、驚かないってことは初めてじゃないんだ。


「スフレは、食べちゃったし……」

「あ、あの! これ!」


 みさちゃんが食べかけのスフレを差し出した。


「これでおまじないしてあげて!」

「みさちゃん……」


 ゆかちゃんが泣きそうな顔をしている。みさちゃんはいいんだよ、と笑った。

 みさちゃんマジいい子。


「よぉし、それじゃあーん」


 アプリさんは大きな口を開けてスフレに顔を近づける。

 みさちゃんが口を結んで硬直し、ゆかちゃんはみさちゃんのスフレが食べられちゃう、と涙目。


「あむっ」


 アプリさんは大げさに言ったけど、実際はスフレの端っこをほんの少しだけかじり、もぐもぐして微笑んだ。


「ごちそうさま。じゃあ、人差し指を出して」


 二人はわぁっとひまわりみたいに明るく笑う。


 ゆかちゃんははい、と右手の人差指をそっと差し出した。

 その瞳は潤むくらいに期待に満ちている。みさちゃんは羨ましそうに覗き込んでいた。


 アプリさんはふところから小さくて細いペンを何本か取り出す。


「アイラインペンシル……かな?」


 私がつぶやくとアプリさんはおや、と私を見てとうなずく。

 アプリさんは百均にあるようなネイルアート用シールを取り出し、それにササッと何語かわからない絵みたいな文字を淡いピンク色で描いた。


「よし、人差し指だしてー」

「はい」


 ゆかちゃんが指を差し出すけどわくわくでぜんぜん動きが止まらない。

 なるほど、じっとしていないであろう子供だから貼るタイプなのかな。


「こら、ストップ。貼れないって」


 アプリさんが人差し指をつまんだ。

 こういっちゃアレだけど、アプリさんの指、ゆかちゃんと大差ないような……。

 そんな失礼なことを考えていることも知らないであろうアプリさんが指にシールを貼り、ふっと息を吹きかける。

 すると、ラメも使っていないのに描かれた模様ががキラリと光る。

 ゆかちゃんがわぁ、と目を輝かせた。


「これでゆかちゃんはあっくんに手紙を書くゲンキが出るよ。消えるまでに書いてね。でも、焦らないでいいよ。書きたいって思ったときに書くのが一番だからね」

「わかった! 書くまで手洗わない。お風呂入らない!」


 ゆかちゃんはありがとう、とお辞儀をして向こうへ駆けていく。


「ちょっと! お風呂入らないのはダメだよー! おーい」


 あっという間に見えなくなったゆかちゃんを追いかけ、みさちゃんもアプリさんに手を振りながら行ってしまった。


 二人がいなくなると急に周りが静かになった。

 アプリさんは満足そうに笑いながら、ペンをくるりと回して懐にしまう。


 アプリさんはちらりと私を見てどう? と得意げな顔をする。

 そのドヤ顔の雰囲気はさっきの子どもたちと大差なく、しゃがんだその姿はやっぱり小学生かな、と思わざるを得なかった。



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