第1.5話:飽き症の天才(ユイ視点)

*ユイ視点


「飽きた」


 私の目の前に座る少年————ひいらぎみこと————は開口一番にそう言った。

 彼は自他ともに認める天才で、運動、勉強、芸術などなど、様々な分野で結果を残してきている。運動の分野に限れば、今までやった個人技では全ての種目で全国に出場するレベルになっているほどだ。

 また、女優と元プロサッカー選手の間に生まれた尊は容姿にも優れ、時折読モをやっていることもある。


 かく言う私————海藤みふじ結華ゆいか————も周りからすれば、天才の部類に属するだろうし、容姿も尊ほどではなくともかなり優れている方だと思う。

 しかし、尊と一緒にいるせいか今のところ告白の1つすらもされたことがない。尊は度々放課後やら昼休憩などに呼び出されては告白を受けているというのに。別に好きな人以外に告白されても嬉しい訳では無いが、なんだかモヤモヤする。


 こほん。私の話は置いておくとして、彼には少ないながらも弱点がある。

 その一つが、途轍もないほどの飽き症だという事だ。

 高校に入ってからだけでもバスケ、書道、軽音、アルティメット、水泳、カバディ、短距離走とすでに七種目も経由している。がしかし、どれもこれも三月みつきと持ったためしがない。一番続いたのがバスケだが、一人だけ別の種目をやっている様にしか見えなくなってからほどなくして辞めてしまった。


「で、今度は何をやろうと思っているの?」


 この言葉は毎度尊が『飽きた』というたびに言っているが、どうせこの後の言葉は決まっている。


「特に決めていないが?」


 はぁ。やっぱりだ。尊はただ本能の赴くままに努力し、一定以上の実力を身につけたらそこで飽きてしまう。


「毎度のことながら、貴方のその性格は面倒よね。いつになったらその飽き症は治るのかしら?」

「一生治らないと思うがな。特に不自由に思ったこともない」


 確かに、尊にとっては何一つとして不自由ということは無いのだろう。

 きっと尊にとってはそれが普通のことで、何一つとしておかしなところはないのだから。

 それに付き合わされる此方の事も考えてほしいものだが、天才と莫迦は紙一重というし無理なのだろう。


「そう言う問題じゃないのだけど‥‥」

「まあ、過去のことなどどうでも良い。次にやることを決めるとしよう」

「この状況に慣れた私が嫌になるわ‥‥」


 本当に嫌になってくる。尊のことは嫌いじゃないし、何なら好ましく思っているが、それとこれとは話が別だ。

 きっと尊と一生を共にする人は、尊との付き合い方に四苦八苦することになるだろう。


「そうだな‥‥ここ最近やったのは『水泳』、『カバディ』、『陸上』‥‥見事にスポーツばかりだな」

「どの分野でも成績遺せるんだから、続ければいいのに」

「どの分野でも、ライバルがいなくなってしまってはつまらないだろう。程々が一番だ」


 尊の言い分は分からないでもないが、それでも私には理解が出来ない。

 何処までいっても、尊は周りを圧倒するレベルの天才なのだろう。天才のことは天才にしか分からないというが、恐らく本人たちもお互いのことを理解など出来てはいないのではないだろうか。


「そうだな、久しぶりに音楽関係にでも手を出すか?」

「あなたの場合、音楽なんてやったらひと月持たないでしょう。もっと長持ちしそうなもの選びなさいよ。そうね‥‥例えば、ゲームとかいいのではないかしら?」


 尊が音楽に手を出したことで、その道を諦めた秀才たちは数多存在するだろう。

 一年ほど前にやっていた軽音でも、その道で食っていこうとしていた実力の高い生徒がいたが、尊の圧倒的なまでの成長速度を見て諦めてしまったらしい。まあ、それでも軽音自体をやめたわけでは無いらしく、趣味のレベルでやることにしたらしいが、その彼はまだましな方だろう。酷いときはその種目自体やめてしまう人もいたのだから。


 そんなことを考えながら、私は尊が前々から調べてきたゲームを紹介する。

 前回陸上をすすめたのは、このゲームの開始日が丁度来週からだったからだ。勿論、タイミングが良くなったのは偶然だが、陸上はひと月も持たないのは分かり切ったうえで進めたのだから問題ない。


「ふむ、ゲームか。あまりやった事がないが‥‥」

「最近はVRの技術も進歩しているみたいだから、昔とはかなり変わっていると思うわよ」

「VR?」

「フルダイブ型のやつよ。たしか、ゲームとしては3年前くらいに市場に出始めていたはずよ」

「そのくらいは知っている。しかし、フルダイブの技術はまだゲームに用いるのには難しかったのではないか?」

「数カ月前まではそうだったみたいだけど、先月初のフルダイブ型ゲームも発表されていたわ。コンセプトは無限に広がる世界だそうよ。飽き症の貴方にピッタリじゃない」

「たまには息抜きをするのも悪くないか‥‥」


 尊は息抜きと言っているが、息抜きといえども尊はそんなに長く同じことをやり続けることは早々ないのだ。

 だからこそ、毎度毎度長く続けられそうなのを考えては来るのだが、なかなか思うようには行かない。が、今回のゲームは別だ。いつもは最後には決まって周りを負い抜かして飽きてしまうが、今回のゲームは勝てない敵が出てくることもあるだろう。

 周りと比べられることはあっても、それは直接的な飽きる要因にはならないだろう。尊が飽きる最大の理由はライバル————競える相手————がいなくなることが理由だ。

 だからこそ、何処までも進めば進むほど敵が強くなる、このようなゲームを探していたのだがようやく見つけることができた。


「『Mondo Infinito[モンド・インフィニット]』か。イタリア語で『無限の世界』。コンセプトそのままだな」

「分かりやすくていいんじゃないかしら?誰もが貴方のように多言語をマスターしているわけでは無いのだから」


 尊はスマホを取り出し、ゲームについて調べる。


「それもそうか‥‥気に入った。今回はこれにするとしよう」


 少しの間記事を読んでいたが、気に入ってくれたようで一安心だ。


「貴方がこれをやるというのなら、私もやろうかしら」


 元々一緒にやるつもりで進めたのだ。

 私もたまには尊と同じように、一緒に何かをしてみたかったのだ。


「たまにはユイと一緒に何かをやるのも悪くはないか」

「そうね、ミトと一緒に何かをやったのは、もうしばらく前になるものね」


 私は尊と顔を見合わせ、尊と一緒に何かをしていた頃のことを思い返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る