第7話 クソ上司、燃ゆる


 昼過ぎ。

 俺と楓乃かのさんは午前半休を取り、午後から出社した。

 ぶっちゃけまだ頭は重く、油断すると胃液が上ってくるような感覚がある。


 マジで飲みすぎた。


「…………」

「…………」


 同時に出社して、今は会社のあるビルのエレベーター内にいる。

 俺と楓乃さん、二人だけの空間。無言。

 というかお互い吐き散らかして気絶するように眠り、起きてここに来るまで、ずっと無言。


 気まずいんだけどぉぉぉぉ

 あのキスはなんだったんだよぉぉぉぉ


 聞きたいことがあるのに聞けない、言いたいことがあるのに言えない、これこそが現代社会の闇だとボクは思うのですよ、ええ。

 おい誰だ、ただのコミュ障童貞だからだろとか言ったの。


 そうだとわかっていても他のなにかのせいにしたいときあるだろぉぉぉぉ


「おはようございま……ん?」


 エレベーターを降り、会社のエントランスに入った途端。

 社内には、妙な空気が流れていた。

 緊張感とも疲労感とも言えるような、やけに殺伐とした空気だった。


「あれ、お二人さん。揃って社長出勤だね」

「あ、海富先輩」


 席につかず立ち尽くしていた俺たちに気づいて、海富先輩が声をかけてくれた。


「山下さん、本当迷惑をかけてしまって申し訳なかった。あの後、大丈夫だったんだよね?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「昨日あんな目に遭ったばかりだから、半休と言わず一日休んでよかったのに」


 海富先輩はすかさず、俺の後ろに青い顔で立っていた楓乃さ……山下さんに声をかける。職場なので一応苗字で呼ぼう。

 先輩は昨日のイレギュラーが発生した際、身勝手な動きをした別所先輩を糾弾すべく、必死になって追いかけて行ったのを確認している。


 そのあと、一度状況を確認しに戻ってきてくれたみたいだが、俺と山下さんは会社の面々が戻る前にトンズラしていたので、すれ違ったようだ。


「えとー、なんの話ですか?」


 事のあらましは全て見て聞いていたくせに、俺は知らないフリしてたずねる。


「あぁごめん京田くん。実は昨日、納会のあとに別所部長が『ダンジョン行くぞ』って言い出してね。そこでイレギュラーが起きちゃって、ドラゴンが出たんだよ。僕らもそれに巻き込まれちゃって」

「そ、それは大変でしたね……」


 俺は白々しくリアクションする。


「幸いケガ人も出なかったし、ドラゴンも誰かにすぐ討伐されたから、昨日の時点では特に大きな問題になってなかったんだけど……あれ見て」


 海富先輩が指さしたのは、オフィスの隅に設置されている大画面モニター。そこにはいつも、最新ニュースやトレンドの情報などが流れている。いかにもベンチャー企業らしいなと、俺は勝手に思っていた。


 そのモニター画面へと、俺は言われるがまま視線を向けた。

 すると。


『オレ、最近ジム通ってるからよぉ、シュ、シュ。魔物なんざ余裕だぜ? 狩りまくっちゃうぜ?』

『今ノリにノってる我が社Dイノベーションですからぁ? オレがぁ若き営業部長の別所様ですからぁ? 余裕で金とかぁ、獲れちゃうと思うんですよねェ!?』

『※※《ピー》ちゃ~ん、オレの雄姿に遠慮なく惚れ惚れしちゃってねェ? オレはいつでもどこでも、ここでもウェルカムだからさァ』


 流れ出したのは、はしたない言葉をまき散らして嬉しそうにしている別所部長のお顔だった。ピー音が入っているのは、山下さんの名前を呼んだ箇所だ。おそらく動画編集者の一定の配慮だろう。


 ……しかしなんでまた、部長の暴言動画が?

 あのモニターには、全国ニュースとか世界的にバズってる動画が自動的に流れてくるはずだったと思うけど。


「あれね、全国ニュースの映像なんだ」

「「っ!?」」

「どっかのダンジョン配信者の撮影用ドローンに映り込んじゃってたみたいでね……別所部長の言動、行動が、社会人としての自覚に欠けるとか、最低なセクハラだって、もう完全に炎上状態。社名も声に出しちゃってるせいで、もう各方面から問い合わせのメールと電話が殺到中」


 海富先輩は「もう謝り疲れたよ……ハハハ」とがっくりと肩を落とし、乾いた笑いを漏らしながら席へと戻っていった。確かに、オフィスの各所ではコール音が断続的に鳴り響いている。


「……大地さん」

「は、はひ!?」


 急に山下さんに後ろから呼ばれて、俺は変な声を上げてしまう。

 というか職場で名前呼び、大丈夫?


「見てください、アレ」

「……?」


 山下さんの方に視線を向けていた俺は、彼女が指さす先を見た。

 その先はまた、大画面。別所先輩の下品な顔がほぼ編集なしで放送されている。


 しかし、動画には続きがあった。


「あれ、どう見ても私と大地さんですよね?」

「……は、はい」


 山下さんは顔を寄せ、小声で話しかけてくる。

 少しだけアルコールの匂いが混じっている吐息が、マジでエロい。


 じゃなくて。

 動画には、俺が山下さんを背にして、ドラゴンと対峙している様子が映し出されていた。画面下部には、色とりどりのテロップがある。


『【異能】地竜をまさかのソロ討伐! あのスーツにヘルメット姿の探索者の正体は!?』

『【歓喜】日本最強クラスの探索者現る』

『【超速報】映像を見た政府高官が、極秘裏に国内の未解明ダンジョンの探索を依頼?』


 などなど、インパクト重視の言葉の数々が、画面狭しと並んでいた。

 んー、大げさだなあ。


「ついに来ましたね……大地さん、私たちの時代が!」

「え、えぇ……」


 どうやら山下さんは、これをビジネスチャンス(副業)ととらえたようだった。

 山下さんのたくましい商魂がまぶしすぎる……。


 これから一体、どうなっちゃうんでしょう……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る