第6話 マドンナ、お乱れになる


 次の日の朝。

 俺と山下さんは、酒瓶や空き缶が無数に転がるリビングで、仰向けになって雑魚寝していた。

 万に一つと期待していたキャッキャムフフな展開は、まったくもって皆無だった。

 ただ、飲みまくっただけ。


 そして……うん、気持ち悪い。


「う……っ」

「山下さん……だ、大丈夫ですか?」

「京田さんこそ……うぅっ」


 運命共同体となる約束をしたあと、酒を飲みながら今後の方針やお互いにおけるルールなど、色々と確認しながら語り明かした。そうしていたら結局、明け方近くまであーでもないこーでもないお酒うまい、で、ほとんど眠ることができなかった。


 そうこうしているうちに山下さんの目覚ましアラームが鳴り、仮眠とも呼べない短い眠りから無理やりに目覚めさせられた。


 楽しかった。いや、本当に楽しかったんだ。

 だけれども。


 うん、気持ち悪い。


「調子乗っちゃいましたね……私、午前半休にします……」

「そ、その手があった……俺もそうします……」


 二日酔いの朝は、午前半休を使うのが得策だ(社会人あるある)。


 というか、なんで期の終わりに行う納会の翌日を、企業は休日にしないのか。

 休みにしないのに、あの職場全体でなんとなぁく醸し出される『今期一年ご苦労様でした』みたいな雰囲気本当にやめてほしい。

 翌日働く気力が失せるから!


 ……とまあ、責任転嫁は置いておいて。


「山下さん、ごめんなさい。色々あったとは言え、俺みたいのが朝までいるとかよくないですよね……そろそろ、おいとまを……うっぷ」


 やば、頭上げるとグワっと来る……キモチワルイ。

 俺は思わず、テーブルの縁をつかんで体を支えた。

 ト、トイレ……トイレお借りしたいっ!


「そういう遠慮、もうやめてくださいってば。飲みながら話したじゃないですか、『パートナーとしてもっとお互いを信頼しよう』って」

「え、いや遠慮と言うか、ほら、最低限のマナーというかエチケットというか」


 視界でトイレの扉をロックオンした俺の背中に、山下さんの怒り気味な声が重なる。


「マナーって言うなら、私のことだって、苗字じゃなくて名前で呼んでくださいって言いましたよね? パートナーとして」

「だ、だってそれはちょっと、ハードルが……」

「言いましたよね?」


 山下さんはまだ酔いの醒めない様子で身を起こし、俺に追従するようにずいっと顔を寄せてきた。眠いのか、トロンとした目がなんかエロい。

 しかもメイクも直していない、寝起き、着たままのブラウスがはだけて胸元がOPAっている(なんじゃそりゃ)……。


 うん、直視できないぐらいエロ可愛い。


 このままじゃカチコチ(他意しかない)になっちゃうぜ。

 トイレでカチコミ(他意しかない)しちゃうぜ。


 なに言ってんだ俺は。


「ほら、名前で呼んでみましょ。大地さん?」

「…………っ」

「顔、にやけてますよ」


 半ば体重を預けるように、顔を寄せたまま、全身で寄りかかってくる山下さん。

 というか。


 山下さんに名前で呼ばれちゃったよぉぉ

 幸せすぎるだろコレェェェェ

 だからこれなんて拷問なんだよぉぉぉぉ


「ほら、私の、な・ま・え、は?」


 身を預けたまま、イタズラなニヤけ顔を向けてくる山下さん。

 あーもうなんだこれ。なんでこんなことになってるの?


「……楓乃かの、さん」

「え、聞こえないよ?」

「楓乃、さんっ!」


 俺は半ばヤケクソに言う。

 なんだろう、恥ずかしさで唇がわなわなする。

 名前を呼ばれた山下さんは、ニヤニヤと笑っている。俺をいじめるのが楽しいのかもしれない。

 あぁもう、なんなんだこのエロ可愛い生き物はっ!


「はい、よくできました――――ん」

「っ!?」


 と。

 いきなり、山下さん――楓乃さんは、俺の唇にキスをした。

 アルコール混じりの、ムードもへったくれもないキス。

 だけど。

 俺の二十九年間の人生で、一番エロ可愛いキス。


「…………」

「…………」


 立ったまま、彼女を見つめることしかできなくなる。

 ……もう、ゴールしてもいいよね?


「か、楓乃さん……俺、もうこれ以上は我慢、でき、ない……!」

「うん、いいよ。……大地さんなら」

「楓乃さん……っ!」


 俺は思いの丈を叫び、気の向くまま全てを解放した――!!

 手近にあったゴミ袋へとっ!!


「オロロロロロロロロロロロロロロロ」


 山下さんのリビングに、リバースするわけにはいかない。

 命に代えても、絶対にキラキラを床にぶちまけるわけにはいかないっ!

 よし、ちゃんと全部袋の中にトシャったぜ!!


「そ、そんな目の前で大胆にされると私も……うっ!」


 我慢できなくなった俺がオロロロしていると、楓乃さんもトイレへと駆け込んでいった。うん、仕方ないよね。もらっちゃうよね。本当ごめんなさいね。


 そのあと、俺と楓乃さんはトイレと流しで同時にキラキラした。

 なんだろう、飲んでるとき以上に運命共同体であることを強く感じた。

 大人と言っても、結局ダメなところはたくさんあるんだよなぁ……。


 というか。


 俺らって……キス、したよな?

 危うくトラウマゲロチューになるとこだったけど……。



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