第4話 イレギュラー、襲来


「――――ドラゴンだっ!」


 イレギュラーによって出現したのは。

 空間を覆いつくすような、巨大なドラゴンだった。



「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 鼓膜を突き破らんばかりの雄叫びが、ダンジョン内に響く。


 ドラゴンは四足歩行で地を這うタイプ――いわば『地竜』というやつだ。


 俺は『聴覚強化』の効果範囲を自分周辺に絞る。強化されすぎた耳であの鳴き声を聞き続けていたら頭がおかしくなってしまう。


「ヤ、ヤバいヤバい、ヤバいっしょアレは!!」


 地を這う巨体が突進してくる様を見て、無神経な別所部長もさすがにダンジョンを出る決意をしたようだった。社員一同が慌てふためくのが気配で分かる。


 今の俺にできることは……彼らが退避する時間を、稼ぐことぐらいか。

 そう考えて岩場の影からいつでも飛び出せるよう、態勢を整える。


「どけっつの! オイ! 邪魔だッ!!」

「ちょ、別所部長!」「引っ張らないで!」「痛っ!」

「バカヤロ、テメェらがエサになって引き付けろっつの!」


 身の危険により腐った本性がさらにダダ漏れな別所部長は、引き連れてきた皆を押し退け、引っ張り、引き倒し、自分だけが助かろうと動く。

 部長のせいで皆も完全に冷静さを失い、Dイノベーションの面々は散り散りになる。


「きゃ!」


 皆が蜘蛛の子を散らすように走り出した瞬間、山下さんが短く悲鳴を上げたのがわかった。素早く視線を走らせると、誰かとぶつかったのか尻餅をついていた。


 まずい。


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 地竜が勢いをつけて突っ込んでくる。

 このままじゃ、山下さんが餌食になってしまう!


「きゃあああああああああああああ!」


 俺は覚悟を決め、岩陰から身を乗り出す。

 山下さんを、守らなければ。


「グギギャアアアアアアアアアアアアァァ――――?」

「……ふんっ」


 ドラゴンの威勢が鳴りを潜め、一瞬の間が生まれる。


 それは―― 

 巨大に開いたあぎとを、俺が腕と脚で押さえ付けたからだった。


「山下さん、大丈夫?」


 俺自身がドラゴンの口のつっかえ棒になったような体勢のまま、振り向いて山下さんに声をかける。


「え、あ……へ?」

「良かった、大丈夫そうだ」


 腰が抜けちゃってるみたいだけど、ちゃんと意識もあるみたいだ。


「ちょっと待ってて。……ぃよっと!」

「グギャアアア!?」


 俺は発動中のダンジョンスキル『筋力増強』を最大限まで爆裂させる。


 そして、思いっきりドラゴンを――ぶん投げた。


 大質量の巨体が転がり、ダンジョン全体を震わせる。


「山下さん、安全なところまで退避しましょう!」


 声をかけながら、俺は勇気を振り絞り、腰が抜けてしまっている山下さんをお姫様抱っこする。

 うわぁ、いい匂いするしなんか柔らけぇ!!

 じゃなくて。


「……な、なんで……私の、名前?」

「あ、そうだった」


 抱き上げられた山下さんは、呆気にとられた様子でそう言った。確かに今俺、ビジネススーツにフルフェイスヘルメットだったわ。

 不審者はなはだしい。


「すいません、メットのバイザー、上げてもらってもいいですか?」

「バイザーって……これ、ですか?」


 今は両手が塞がっているので、山下さんに声をかけてバイザーを上げてもらうことにする。恐る恐るだが、山下さんは抱きかかえられたままバイザーを上げてくれた。


 彼女の整った顔が、より鮮明に視界に飛び込んでくる。


「俺です。京田です」

「えっ、ど、どうして」

「すいません。来るのが遅れてしまって」


 まずは謝る。飲めずとも俺が納会に顔を出していれば、こんなに怖い目に遭うことはなかっただろうから。


「ただ、もう安心です。俺に任せてください」

「…………私ずっと、飲まないで待ってたんですからね」


 俺に抱えられながら、不貞腐ふてくされるように言う山下さん。

 うわこれ、可愛すぎだろ……。


 安全圏へとダッシュしながら、俺は顔がにやけそうになるのを必死に堪えた。


「山下さんはダンジョンから出ててください。そうすれば安全です」


 ダンジョンの入り口まで一気に走り切り、山下さんを降ろす。柔らかさと温もりが大変名残惜しいが、そんなことを言ってる場合じゃない。


「京田さんは、大丈夫なんですか!?」


 心配そうに上目遣いで、俺のことを気にしてくれる山下さん。

 一番怖い思いをしたのはあなただろうに、気丈な人だ。


「大丈夫、問題なしです。イレギュラーの対処は、“副業”で慣れっこですんで」

「副業……?」


 ちょっとだけカッコつけて、山下さんへ笑みを返す。

 小首を傾げる山下さんから視線を外し、ヘルメットのバイザーを下げてから、再びダンジョンの方を睨みつける。


「ギギャアアアアアアアアアアア!!」

「来いよ、ドラゴン」


 ドラゴンが、体勢を直してこちらに向かって来た。

 俺はスーツの胸ポケットにセットしておいた、標準的なダンジョン武器である『警棒』を構える。


 さらにダンジョンスキル『警棒格闘術』『武器効果範囲増大』を発動させる。

 警棒を握った右手に、力がみなぎるのが分かる。


「ギィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 叫びながら、力任せに突進してくるドラゴン。

 おぉーおぉー、ありゃ怒ってるな。

 俺は腕を後ろに引き、力を溜め込む。


 そして。


「ギギャアアアア!!」

「うるせっ」


 力任せに、ドラゴンの顔に警棒を叩き込んだ。


 ドグッ、という肉に金属がめり込んだような音の後。


「ギ……アァ……………………」


 どしーん、と。

 ドラゴンが横倒しになった地響きがダンジョン内を揺らした。


「い、一撃だなんて……!」

「うわ、山下さんまだいたんですか!?」


 振り向くとそこには、まだ山下さんが立っていた。

 外に出るように言ったのに。


「あの……京田さんて、一体何者なんですか?」


 山下さんから発せられる、ごもっともな疑問。

 急に冷や汗が出てくる。

 俺、ドラゴンより怒った女子の方がコワイ。


「え、えとぉ、そのぉ、これは副業でして……」

「うちの会社って、副業禁止ですよね?」

「う、うぅ……」


 そうなのだ。我がDイノベーションは、副業禁止である。

 俺はこの理由があるから、会社の近くでは潜らないように心がけていた。しかし、今回は色々なこと、それこそイレギュラーな事態が重なってしまった。


 俺がむぐぐ、とバツが悪く黙っていると、山下さんは急に声を潜めて、顔を近づけてこう言った。


「――私の家に、来ませんか?」


 思わず、息を飲んだ。



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