第3話 飲みすぎる上司はだいたいタチが悪い


 潜入から数分。

 まだ入り口から少し入った地点。

 ダンジョンで採れる鉱石を、俺はじっくりと収集していた。


 ダンジョンでは石ころからレアメタルまで玉石混合ぎょくせきこんごうで、これはこれでハマるとずっとやっていられる。この鉱石採取を専門に行っている探索者もいるぐらいだ。


 あとは《ダンジョン配信者》の企画で『レアメタル採れるまでダンジョン潜ってみた』なども、人気で定番の企画だったりする。

 配信は稼げると話題だが、会社にバレるわけにはいかない俺には無理なのだった。悲しい。


「おぉ、ここが超上級エクストリームかよ」

「……ん?」


 採れた石ころを暗闇に放ったとき、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺は心の中で念じ、いくつかのダンジョンスキルを同時発動させる。


『聴覚強化』『視覚鋭敏化』『透視』『気配感知』――


『暗視』のスキルだけでは視界の暗闇が晴れるような効果しかないが、これに『視覚鋭敏化』を組み合わせることで、昼間と遜色のない視野を獲得できる。

 さらに『透視』を組み合わせると、障害物に関係なくかなり先の様子まで見通すことが可能になる。


 俺は腰を落として、目と耳が届ける情報に集中する。


「アレだろ、超上級だと結構デカい魔物出るんしょ? さくっと何匹か狩って金とか白金プラチナゲトってよぉ、三次会でラウンジ貸し切っちゃいましょーやァ!」


 このチャラい系芸人みたいなノリと声はまさか……別所部長か?

 他にも何人か会社の人たちを引き連れている様子だ。というかなんで、こんなところに?


「オレ、最近ジム通ってるからよぉ、シュ、シュ。魔物なんざ余裕だぜ? 狩りまくっちゃうぜ?」


 と言いつついきなりシャドーボクシングを始める別所部長。


 さてはあれか、納会のあとに酔った勢いで「ダンジョンいっちゃいますか?!」みたいなノリになったのかもしれない。

 前にも一度そんなことがあったと、別所部長のアルハラを受けた先輩が話していたっけ。


 つか酔った状態でダンジョン来るなよぉぉ非常識だろぉぉぉぉ。


「今ノリにノってる我が社Dイノベーションですからぁ? オレがぁ若き営業部長の別所様ですからぁ? 余裕で金とかぁ、獲れちゃうと思うんですよねェ!?」


 まさに芸人のようなノリで、引き連れた部下たちに合いの手を求めている部長。

 あぁ、納会に行かなくて本当に良かった……。


 確かに、ダンジョンに出現する魔物の屍骸は白金や金などに変質することは実際にある。しかしそれは超、超、超低確率だ。

 実際は鉄とか銅に変わることがほとんど。まぁそれを売買しても結構な稼ぎにはなるけれども。


 というかマジで、酔った状態でダンジョンに入るなよぉぉ……!!


「べ、別所部長! いくら社長の知人の会社のダンジョンとは言え、深夜ですし危険です。そろそろ、引き返した方がいいと思うのですが」


 俺が言いたいことを代わりに言ってくれたのは、営業部の良心と俺が勝手に呼んでいる海富うみとみ翔也しょうや先輩である。

 さすが、営業部で唯一常識があり、別所部長にもちゃんと意見する好人物だ。


「あぁ? 海富、テメェは黙ってスマホでオレの足元照らしてりゃいいんだよ。京田の次に使えねェくせして、反抗的な態度だけは一丁前かよ。それともあれか、我らが楓乃ちゃんの前だからイキってんのか?」

「そ、そんなんじゃありません」


 しかし海富先輩の忠告は、別所部長の不遜さによって簡単に踏みにじられる。

 あぁーもうっ、別所のクソボケ! ダンジョン舐めんな!


 というか。

 え、山下さんもいるのか!?


「楓乃ちゃ~ん、オレの雄姿に遠慮なく惚れ惚れしちゃってねェ? オレはいつでもどこでも、ここでもウェルカムだからさァ」

「部長、それ以上はセクハラになっちゃいますよ? 私、一滴も飲んでないんですから、結構冷静ですからね」


 やっぱり、山下さんもいる……。


 それにしても、一滴も飲んでいないって、もしかして俺が来るまで飲むのを我慢してくれていたってことなんじゃ……いや、さすがに自意識過剰か。


 でもどうして、理知的な山下さんが、別所部長のこんな暴走に付き合ったのだろうか?


「とかなんとか言ってェ、こんなとこまで付いてきちゃって、まんざらでもないんじゃないのォ?」

「そ、それは部長が『京田を無理やり呼び出してダンジョンに置き去りにする』って言うから、止めなくちゃって思って……」

「えぇ? なになに楓乃ちゃん、まさかあんな無能が好み? えーめっちゃ良い女なのに男見る目だけなくね!? なぁ!?」

「……っ」


 置き去りにされるまでもなく、俺もういるんだけど。


 そんなことより、酔っているからだろう、いつも以上に最低発言を繰り返す別所部長。『気配感知』があるため、なんとなくだが山下さんが悔しがっているのが伝わってくる。


 ……これはもう我慢ならんな。

 俺のことはいいが、山下さんのことを悪く言うのはどうしても捨て置けん。


 この際だ、別所の野郎に一発ブチかまして――


 ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「ッ!?」


 突如、ダンジョン内に地響きのような獣の咆哮がとどろいた。

 その轟音ごうおんは『聴覚強化』があろうとなかろうと、人の心に本能的な不安を呼び起こすものだった。


「な、なんだよ、今の……?」「ま、まさか……」「え、怖い……」


 会社の面々は、不気味な叫びにおののいている。まったく想像していなかった事態に、さすがの別所部長も酔いが醒めた様子だ。

 俺は岩場に隠れたまま集中力を研ぎ澄ませ、さらに《気配感知》の効果範囲を拡大させる。


 そして、気づく。


「これは……まずい!」


 なにが起きたのか、事態を把握した俺は思わずこぼす。

 ダンジョン内で一番危険かつ、絶対に人がコントロールできない現象。


 それは――イレギュラー。


「よりにもよって……!」


 悪態をつきながら、俺は装備を確かめ、戦闘向きのダンジョンスキルを全て発動させる。全身の細胞が活性し、あらゆる感覚が研ぎ澄まされていく。


 そんな俺の耳に、同僚の泣き叫ぶような声が届いた。


「み、見ろ……アレっ!!」


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