第6話 五章
それから、半月程が経った。
学校のカリキュラムは、能力以外は普通で私立の受験に際して聞いていた授業のレベルとそこまで大きく乖離しているわけじゃない。もちろん、偏差値などにこだわらずに生徒を集めているため、頭の良い人からすれば退屈な授業かもしれないが。
おおよそ、公立高校の授業速度に追加で能力の授業があるくらいだ。
能力の授業と言っても、やはり戦闘訓練だけではなくて座学もある。当然だろうけど、何かしら戦略を持って動くためには、全員がその意図を理解している方が成功率は格段に跳ね上がるだろう。
しかし、なぜ亜蓮達がギフトを与えられて戦いを強いられているのかはわからない。
「よし、全員だな。じゃあ、あの部屋へ行くぞ」
先生は、相変わらず口数が少ない。だけど、十分に意味は伝わる。こちらに話を聞く気があるというのも大前提だが、やはり彼女は賢い。
そもそも、足技のみを独学で学んで二人を相手に戦うのは、並大抵の人間にはできない芸当だ。亜蓮からすれば、先生と何かがあったときに気やすく頼れるくらいの関係性は築いておきたい。でないと、怖い。
担任の新垣先生が全員の出席を確認すると、名簿をもって教室を出ていく。
亜蓮たちは騒ぐことなくその後ろを追う。誰か、仮病でも使って休むかと思ったがそんなことは無かった。
精神力の強さがなせるものなのか、いや。何もわからずに能力の授業がどんどん進んでついていけなくなることへの恐怖だろう。
「ついに、実戦か」
ちょうど一週間前の事だった。
先生はいつも通りに朝礼を終えた。そして、そこで言い忘れていたようなことを伝える程度の軽い口調で、言った。
「来週に行う、王様ドッチボールの詳細を説明する」
それを聞いた時に、亜蓮は意味が分からなかった。別に難しい単語があるわけじゃないし、先生が話しているのは日本語のはずだ。だが、それを理解することを本能的に拒んでいた。しかし、頭と言うのは不便なもので、どうしても知っている単語と文法の羅列を何かしらの意味を持った一つの意思、命令、感情などであると勝手に判断してそれを理解しようと脳内で情報を動かす。シナプスが動くことさえ、感じ取れるほどだった。
まず、最も印象に残ったのが王様ドッジボールと言う単語だった。
王様ドッジボールとは遊びの名前だ。
では、どんな遊びか。各チームに相手チームに隠して王様を決める。それで下準備は完了だ。特段、普通のドッジボールと大きな違いがあるわけではない。鬼ごっこと氷鬼くらいの違いだ。しかし、それが戦略性を大きく深めることになる。
相手チームにばれないように決めた王様。この人物がボールを当てられて、そのボールが地面に落ちるかボールを当てたチームの人物がキャッチするまでの間に何としてでもボールをチームのメンバーが確保しなければ、その時点で敗北が確定する。
これが、王様ドッジボールの肝だ。
順当に考えれば、最も優れた人間が王様である。この場合で言えば、避けるのが上手い人間、あるいはボールをキャッチすることが上手い人間が適任であることは想像に難くない。
しかし、それを敵に悟られるのは一気に不利になる。相手は王様を集中的に狙うことになり、王様はそれをよけ続ける。それを守るために王様ではないメンバーが立ちはだかっても、ただ避けるだけでいい普通のドッジボールよりも誰かを守りながらプレーすることは難易度を劇的に上昇させる。
なら、もう一つの案としては決して目立つわけではない人物を王様に据えるという方法だ。これならば、相手に集中的に狙われる心配はない。そのため、より普段のドッジボールに近い環境でのプレーが可能となるわけだ。
しかし、こちらも問題がある。それは大将の能力だ。目立つことが少ないという事は、おそらくその人物は特にボールを投げることも捕ることも特別に上手いわけではない人物を選ぶことになる。最初のうちはいいが、どんどん人数が減ってきたときに反撃をすることができないのだ。これでは、最終的に時間が無くなった際にはコート内にいる人数差で勝敗を決めるドッジボールのルールにおいて、時間も考慮しなければならないためできるだけ避けたい状況なのは確かである。
つまり、ここの絶妙な間をついた人選と相手の推理を出し抜く駆け引きが必要なのだ。
「おい、赤城。プリント」
新垣先生はそういって、ファイルから一枚の紙を取り出した。呼ばれた赤城は少し怯えながらも立ち上がり、そのプリントを受け取る。それを、床に体育座りで整列している他の生徒が揃って見つめる。全員の興味が、何について書かれたプリントなのかということだけだった。
そのプリントを流し見た赤城は、そのタイトルを読み上げる。
「新学期親睦王様ドッジのチーム分けについて」
その言葉が部屋中に響いたとたんに、ざわめきが赤城の方向から広がる。
しかし、そんなことには構わずに、先生は続ける。
プリントには、こう書かれていた。
・チーム分けは寮の部屋を単位とし、くじ引きとする。
・クラスを二組に分けて王様ドッジをする。
・チーム分けは男女平等に分かれるものとする。
・一人が復活できる回数は、二回まで。
・競技中に能力の使用は、用途に限らずすべて許可される。
・制限時間は三時間。
それ以外のルールは、特に無かった。普通の王様ドッジだ。しかし、そのルールはそれぞれが持っているギフトによって大きく表情を変える。例えば、青山の能力である風力を発生させれば、ボールから守ることもできるし、赤城なら瞬間移動で味方を逃がすことができる。このルールだと、運次第では女子も男子も関係なく、ただの的になる可能性があるのだ。
それに気付いたのか、クラスメイト達はお互いの顔を見合わせる。
不安げな顔もあれば、楽しげな笑顔もある。亜蓮は、自分がどっちに近い表情をしているのか、気になった。残念ながら、鏡はこの部屋に無い。
「じゃあ、今からチーム分けを行う。今日の授業時間は、作戦会議にでも使いなさい」
新垣先生は、その反応を満足そうに見渡してから言った。そして、音楽の世界へと入っていく。彼女がどんな音楽を好むのかにも興味があったけれど、それはあとだ。
しかし、先生はピンと何かを思いついたような顔をした。
「追加ルールを決めた」
そして、その一言が、クラス中を大きく揺るがした。
「負けたチームは勝ったチームの言うことを何でも一つ聞くこと」
その言葉を聞いたとき、より一層ざわめきが大きくなる。そして、それはすぐに歓声へと変わった。
「もちろん、しっかりと両親の前でしっかりと言えるようなことに限るがな」
そこで明らかに肩を落とすのは、やめておいたほうがいいと思う。女子が明らかに引いているのがわからないのか。
確かに何でもというところに惹かれてしまう気持ちはわかるのだが。
「とにかく、ここにくじがある。部屋ごとに代表を一人ずつ用意して引いてくれ」
先生はくじの入った箱を床へ放り投げる。そのつくりは乱雑で、先生が適当に数分くらいで工作したのだろうということがわかる。
「じゃ、じゃあ僕から」
そう言って最も近くにいた青山が代表としてくじをひく。四つに折りたたまれたプリントの端で作られたくじを開くと、そこにはAという文字が書かれていた。
「僕たちはAチームなのかな」
まあ、全員の能力どころかチームのメンバーすらもわからないので、どういったリアクションをすればいいのかもわからない。そこからはスムーズにくじが惹かれていき、二十人ずつの計二チームが完成した。
亜蓮は、やはり朝霧さんと同じチームであることが本命だ。あのチームのバランスは、あまりにも強い。指示役がいれば、部屋単位で負けることは無いだろう。
そして、その望みは現実となった。
「あ、Aだ」
部屋を代表して、柳生さんがくじを手に取った。現時点で、他のクラスメイトが同じチームになりたいと思うのは、藤川と足利さん、あとは先生との戦闘中に足利さんは無差別に爆弾を放っていたけれど、それからみんなを守っていた、鶴岡。
彼の能力はおそらく、バリアとかそのあたりだろう。人が縋るには十分に魅力的だ。
結局、亜蓮たちAチームには、朝霧さんたちのチーム。
敵であるBチームには、鶴岡と銀木さん、足利さんのいる部屋も敵方だ。
「青山君と戦うのか。手加減してね」
銀木さんは、ひらひらと手首だけで白い手の平を動かしていた。もう、青山は骨抜きらしい。もしも、彼女と一対一になれば普通に負けそうである。
この時点で、青山が王様候補から外れた。同じく藤川もだ。
ルールにおける五行目。
・競技中に能力の使用は、用途に限らずすべて許可される。
これが意味することは、おそらく能力を使ってボールを持たない相手だとしても攻撃をしかけてもいいという事だ。そうなれば、藤川は最前線で戦ってもらうことになる。
同じ理由で、朝霧さんも考えられない。
「また、何かを考えてる」
亜蓮がすでに思考を巡らせていると、隣に見知らぬ男子が腰を下ろした。
「やあ、僕は工藤。能力はこんな感じ」
そう言って彼が見せてきたのは、彼自身のデバイスだった。
そこには、【状態変化(タイプC)】と表示されていた。
「どういうこと?」
「あれ? 僕は山下君が指示を出してくれるものだと思っていたけれど」
そう言われて、亜蓮はあたりに視線を飛ばす。すると、それを期待するかのようにこちらを見つめる数本の視線が刺さった。亜蓮は、とりあえず戸惑う表情を浮かべる。
「そ、そんな。俺なんかじゃ」
「いやいや、君が藤川君たちに指示を出して先生と戦っていた時のコンビネーションはすごかったよ。きっと、君以外は戦う事すら考えていなかった。少なくとも、僕は君に指揮官をやってほしい」
工藤がそう言って微笑む。近くにいた数人も小さく頷いた。完璧だ。
「わかった。至らないかもしれないけども、頑張るよ」
ここまでは、想定通りだ。亜蓮は、前回の戦いでここまでの地位を手に入れた。先生を相手にしっかりと勝ち切れたことは大きいだろう。もしも負けていれば、亜蓮はきっと勇敢に立ち向かったクラスメイトで、次の戦いでも積極的に戦ってくれるという信頼が得られた。
だけど、なんとか勝利をもぎとったことで、亜蓮は優秀な指揮官であるという信用を得た。
信頼と信用。この意味は大きく違う。半分が同じ文字であるのが、不思議なくらいに。
「さっそく、作戦を練ろう」
信頼は、ちょっとした言動や行動で崩れ去る。なぜなら、それを担保する材料が無いからだ。きっと、彼ならばなんとかしてくれるだろうなんて、亜蓮は信じられない。
信用は、こちらがミスをしない限りは崩れない。彼ならばなんとかしてくれるだろう、なぜなら彼は以前に先生にも勝ったんだから。後ろの文章があるだけで、状況は大きく変わる。
作戦会議はやはり、亜蓮の主導で動いた。
一週間後、亜蓮たちは裏山にいた。各地にあるスピーカーから先生の声が聞こえる。
「ルールを確認する。各チームに決められた王様がボールに当たって、それが地面についた場合に敵チームの勝利とする。そのほかの人間は残基を2として計算し、当てられると各チームのベースポイントに戻されてゲームを再開する。ボールは、最初は3つ。各チームに1つずつと山のどこかにある。それからも状況に応じて私がボールをフィールドのどこかにボールを出現させる」
亜蓮は説明を聞きながら、すぐに考えていた。
どうすれば、より有利に戦えるのかを。先週の話し合いであらかたの能力を把握はしたが、入学直後でなかなか他の部屋にいるクラスメイトと会話することも少ない。そのため、お互いに相手チームの誰がどんな能力を持っているのかはほとんど知らない状態だ。
駒がどんな動きをするのかもわからない将棋をしているようなものだ。
そして、ついにその時が来た。
「では、ゲームを始める。5・4・3・2・1・スタート」
その瞬間に、亜蓮の体は光、いやホログラムの壁に包まれた。
「こんな身勝手をするために、授業をさぼらせたんですか」
「ああ、私は残念ながら。音を操ることしかできない」
「あとで主任教員に怒られても知りませんからね」
「私は教育カリキュラムをゆがめる我儘も許されないのか」
新垣凪沙に与えられたギフトは、【超音波】
タイプの存在しない、ギフトのなかでは異端とされる側の能力だ。ランクはA。
「そういえば、更科先生が、先生が久しぶりに楽しそうにしていたと言っていました」
「そうか。私はあんまり、鏡を見ないからな」
初めて、化粧をした十五歳の時くらいだ。鏡の中にいる自分が想像を超えてきたのが。
「雪城と美墨以上の逸材でもいましたか」
学生服に身を包んだ彼女は、それに対する返答次第ではここに残ろうと思っていた。あの二人を超える後輩なんて、恐怖と興味が尽きない。少なくとも、彼女たちならばこのゲームに決着をつけるのにかかるのは三分くらいだろう。そこから、動かなくなった相手チームを狩るのが、どれくらいかかるだろうか。
「まあ、そうだな。もちろん、あの二人に戦闘で敵うわけじゃないけどな」
「どういうことですか?」
「あの二人は、あくまでギフトに恵まれた人間だ。きっと、アイツはギフトを得る前から十分に怪物だろう。私は、人を見る目には自信がある」
「へぇ、ならどうして私なんかに執着を?」
生徒は、自虐をするように言った。彼女はどちらかというと落ちこぼれ側だったのが、先生に気に入られている。それが、なぜかわからなかった。
「能ある鷹は爪を隠すというだろう。私はそれを期待している。少なくとも、君に与えられたギフトが、【テレポート】でないことはわかっている」
まさか、そこまで読まれていたとは。しかし、それをわかっているなら。
「それなら、私は能力で強化されただけの人間ですけれども」
「いったい、誰が最初にギフトの存在に気が付いて、それを一年以上もクラスメイト、教員、ルームメイトの全てに対して隠そうとするんだ」
そうしたのは、自衛のためだ。いまだに、ルームメイトすらも完璧には信頼できない。
彼女たちのことは、信用している。まじめだから、生活面でも学業成績でも戦闘訓練でも優秀な成績を収めるという事は、無条件にこれまでの経験から信じられる。
だけど、信頼はできない。理由はなく、なんとなくで。
「まあ、これでも食べながらゆっくりと見てようじゃないか」
先生が椅子を出現させた。そこに腰を下ろす。ちょうど二人の間にあるテーブル、その上には、ポップコーンと体に悪そうな炭酸が並んでいる。
まるで、映画でも見るかのような調子だ。
「すみません。私はキャラメルのポップコーンは苦手なんです」
「そうか。なら、これでもやろう」
先生がジャケットについていたポケットから取り出したのは、一本のアメリカ発棒付きキャンディーだった。味はキャラメル味。
「いただきます」
もう、文句を言う気もなく、苦手なキャラメル味を口に含んだ。
「くそっ、何かあるとは思っていたけれど。こういうことか」
亜蓮が飛ばされたのは、景色から見て山の中腹。瞬間移動で各地に飛ばされたのだろう。普通に考えればありえない話だけれども、赤城一人でも任意の対象をどこかへ飛ばすことができる。きっと、何かしらの能力者がいるのだろう。
確認した携帯電話は、マップしか確認できない。これでは、連携などとる方が難しい。
まずは思考を整理しろ。フィールドは?
山を三つ含んだ、二キロ四方のフィールド。もちろん、そんな狭い領域に山がまるごと入るはずもなく、ちょうどフィールドの端に山がある。狭いとまでは言えないけれども、ギフトによる戦闘を想定した範囲としては、狭い。藤川や足利さんのように単一攻撃ならばまだしも、範囲攻撃があればそれなりに有利だ。少なくとも、亜蓮のチームにはいない。
敵にいるメンバーで能力が判明しているのはわずかに三人。仮に名前を付けて考える。
ギフト名【バリア】の鶴岡。おそらく、守備に向かうはず。
ギフト名【爆発】の足利さん。こちらはどう動くだろうか、彼女はクレバーだ。
もう一人は、偶然だが能力の特訓をしているのを見かけたらしい。
ギフト名【レーザー】の蔵田。見た目は普通だが、運動はそこそこできそうだ。
「とりあえず、誰かと合流しないと。特に、守ってくれそうな」
最悪の場合は、亜蓮も制服の内ポケットに隠した手榴弾で抗戦するが、それは最悪の場合だ。そこまでいかないことが理想である。念のために青山、赤城、藤川にも手榴弾をそれぞれ一つずつ預けている。だが、亜蓮においてはこの手榴弾は特定の相手を想定した武器だ。
「えっと、俺はかなり端にいるみたいだな」
狭いフィールドの中で、四十人もの大人数がランダムな場所に飛ばされたと考えれば、亜蓮の後ろには初期段階では誰もいない。なおかつ、亜蓮はかなり高所にいるだろう。
歴史上のどんな戦いでも、基本的には高所を取っているほうが有利に戦況を運ぶことができる。遠距離攻撃ができることと、何よりも大きいのは相手の動きがわかることだ。英雄と呼ばれたナポレオン・ボナパルトでも最後は高所が取れずに敗れている。
しかし、木の連なる山の中で、相手がどこにいるのかを把握するのは困難だ。どこかで偶発的に戦闘でも発生すればわかるのだが。
「まさか、最初の相手があなただなんて」
そう思っていたときに、爆発音が響いた。見ると、そこには一人の生徒がいた。
全身黒ずくめの服装をした少女だった。
「足利さんか」
「えらく余裕みたいね」
その手には手榴弾のようなものを持っていた。どうやら彼女は形にこだわるタイプらしい。わざわざキャンディーでも良かったのに、手榴弾のおもちゃを用意している。
「ひどく、運命的だね」
「私は、運命って言葉が二番目に嫌い」
一番目を聞きたいけれど、どうやらそう簡単にはいかないみたいだ。亜蓮はすぐさま、作戦を練る。おそらく、彼女はボールを持っていない。理想としては彼女とある程度の交戦をしたうえで彼女に敗れて、ボールを当てられること。
「恨みっこなしね」
そう言って彼女は、素早くこちらに向かって爆弾を投げつけてきた。亜蓮はすぐさま十分な距離を取る。さきほどまで亜蓮の立っていた場所で爆発が起こって、木が倒れている。
厄介な能力だ。彼女によく似合って、近距離でも遠距離でも戦えるのが辛い。
「じゃあ、こっちの番だ!」
そう言って、亜蓮は体を翻して逃げる姿勢を取りながら、左手に一本のキャンディーを、右手に手榴弾を取り出した。もちろん、投げるのは右利きだから手榴弾だけ。キャンディーは少しもったいない気がしたけれども、地面に捨てる。
「へぇ」
足利さんは、興味を持った。そして、亜蓮が手榴弾を投げたのと同時に、キャンディーを投げた。おそらく、相殺を狙ったのだろう。だが、そこまでは亜蓮の計算通りだ。すぐさま亜蓮は、もう一つの手榴弾を取り出してより木々の多い場所へと投げ入れる。こっちだけ、ピンを抜いている。そして、そのまま山をかなり無理して駆け下りた。
駆け下りる音も、爆発するはずの位置がずれていることも、足利さん自身が投げた爆弾によって格段にわかりにくい戦場へと化した。
もしも、彼女が攻撃をよけることに専念すれば、ピンがついたままの手榴弾が投げつけて逃げ出したことになっていた。亜蓮は、最初の賭けに勝ったのだ。
「逃げたか。まあ、一筋縄でいく相手じゃないか」
爆発がまき散らした粉塵が晴れた戦場には、一人が佇んでいた。
「電話がかかってきましたよ」
モニタールーム内で、ポップコーンを貪り食っていると携帯が鳴った。
「通話ボタンを押してくれ」
隣に座る彼女がボタンを押すと、そこからは少女の声が聞こえた。すごく聞き心地の良い声だ。そして、彼女は必要最低限の言葉を話す。
「足利です。質問よろしいですか」
「かまわないよ」
その言葉に食い気味に電話の向こうにいる彼女は質問をぶつけてきた。
「能力が重複することはありますか?」
当然、この質問が来ることは想定内だった。そもそも、電話を受けた時点で答えてあげてもよかったが、それでは少し味気ない感じがしたのだ。電話は嫌いじゃない。
「そうだな。あくまで私が知る限りだが、同じような能力があるとは聞いたことがないな。タイプの違いはあるだろうが、まったく同じではないだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
それだけ言って電話が切れた。普通、目上の人には会話が終わってもすぐに電話を切らない方がいいと教わった気がするが、そもそも自分がそんなルールを守っていない。
「先生はどちらが勝つと思いますか」
「私は、足利のチームに勝ってほしい。私が山下の思惑に乗って加勢させられたような状態だ。そのまま山下が勝ち切ると、なんだか気分が悪い」
それはその通りだった。返答は、できるだけ中立を保とうとしたけれども、やはり真実を伝えるとどうしても彼の思惑通りになってしまう。
「ちょうどぎりぎり、昨日の放課後だ。あいつが私に確認してきたのは」
昨日の夕方。つまらない事務作業を終えて帰ろうとしていたところに、あいつがやってきた。半月の間に、なつくような生徒は何人かいたけれども、あいつはそうではなかった。
『能力が重複することはありますか』あいつが聞いた。
『ない。少なくとも私はそんなことを知らない』そう答えた。
『わかりました。ありがとうございます』
それだけ言って、帰っていった。
「大丈夫だった?」
戦闘を終えて、呆然と考えていた。はたして、彼を追うべきだろうか。きっと、彼は少しの時間があれば準備を整えて、こちらの手出しができないほどの完璧な囲いを用意するだろう。最善手は、すぐにでもとらえてどこかに捕まえておくことだった。
しかし、強い相手と戦いたいという欲望もどこかにあった。
その二つの感情。間で揺れていたところで、一人の少女が茂みから顔をだした。
「あなたは、氏家さん」
名前までは知らない。そこまで覚えられない。同室ではないことがわかる。
「その、すごかったね。わたし、あそこから見ていたんだけど」
そう言って彼女が指さしたのは湖のほとりにあるくぼみを指さした。そこは、ちょうど小柄な彼女がかがめば、戦場を眺めながら姿を隠すことができるだろう。事実、香澄は彼女がいたことに気が付かなかった。
栗色の髪の毛に、ピンクの髪留め。制服を着ていなければ、間違いなく高校生だとはおもわれないだろう。どこかお嬢様じみた行動が目立つが、大淵さんと呼ばれる彼女とは違う。
「それでね。ほら」
彼女が背中から宝物でも見せるように取り出したのは、スポーツブランドのボールだった。綺麗なままのそのボールがいったい、なんのために用意された物かはすぐにわかる。
「あのね。私はボールをなげたりするのは苦手だから足利さんに使ってほしいなっ
て」
「わかった」
すぐさまボールを受け取る。そのボールは良く手になじんだ。さすがはブランド品だとわかる。くるくると指の上で回して見せると、氏家さんは喜んでいる。
「あと、私は戦うのが苦手だからできれば連れて行ってほしいなって」
彼女はそう言いながら、体を縮こまらせる。確か、全員で能力を共有するときに彼女が語った能力は、少なくとも目立ってはいなかった。私の記憶には残っていないのがその証拠だ。
「わかった。いいよ。でも、守ってあげられるかは別」
「うん、それでもいいよ」
きっと、昔の香澄ならば効率を重視して彼女をくぼみに隠したまま一人で攻撃に向かっただろう。自分が変わっているのが、自覚できた。
その変化は弱さだろうか、それとも強みになるだろうか。
「ここらへんにあるはずなんだけどな」
しばらく探しているうちに、亜蓮はあることに気が付いた。亜蓮たちがいるこの裏山は、校舎からは少し離れたところに位置している。今朝方、教室へと向かう途中に通った道に、小さな建物が建っていたことを思い出した。
それは、なんのために存在しているのかわからないような場所だった。でも、フィールドの内側であることは間違いないだろう。とりあえず、亜蓮のやることはすぐさま身を隠すことだ。もう、四発しかない。
その場所に到着したのはいいけれど、看板はついていない。
ドアノブを回すとどうやら鍵はかかっていないようでドアが内側へと開いていく。
「ひぃい!」
小屋のドアを開くと、中からは埃の匂いがした。埃っぽくて、薄暗い。天井を見ると、蛍光灯がついているようだが点灯していない。まるで廃墟のような場所だ。それと同時に視線へとストライプのパンツが視界に飛び込んでくる。彼女が持つ、人形には見覚えがあった。
「大淵さん?」
そこにいたのは、【傀儡化】の能力を持つ大淵さんだった。しかし、様子がおかしい。どうやら、彼女は朝霧さんという柱が無ければ、彼女として存在できないようだ。彼女は、お嬢様であることを義務付けられた人だから、それには使用人が必要なのだろう。朝霧さんがいないことが、あまりにも怖いらしい。
「だ、大丈夫だよ」
とりあえず手を開いて、無害であることをアピールするけれども、彼女は人形に顔をうずめて怯えるばかりだ。とりあえず、目のやり場に困るからスカートを直してほしい。
それと、亜蓮には不幸なことにタスクが追加された。
藤川、朝霧さん、大淵さんは仮にばらばらに飛ばされたとしても単一戦闘なら十分に善戦できると思っていたから、思考から省いていたのだ。しかし、これでは大淵さんのことは悪い意味で除外して作戦を考えなければいけない。なら、朝霧さんを見つ
けるしかない。
「結局、ジョーカーは彼女か」
いくらクイーンでも、場札が二枚ならジョーカーと合わせてださなければいけない。
そんなことはつゆ知らず、朝霧は偶発的な戦闘に巻き込まれた。
「お嬢様のところへ行かないとなのに」
「また、私のことを無視したね」
向き合った敵の蹴りが、綺麗に入った。そのまま、三メートルほど吹き飛んだ。
それも、なにか画面内で起こっていると錯覚するほど現実味が無かった。
使用人である彼女もまた、大淵鈴蘭という存在が無ければ存在できない。
「どうしたのよ。私なんかを相手にするには本気を出すのがもったいないってこと?」
目の前にいる彼女は、不満そうな顔で言う。確かに、彼女から見た玲奈は先生とも 互角に戦えるソルジャーだったはずだ。それが、今はまともに攻撃を当てることもできていない。
「いえ、そんなつもりはありません」
「なら、さっさと攻撃してきなよ」
「私に、戦う理由がありません」
玲奈があの時、先生を相手にあそこまで善戦できたのは、ひとえに自分たちが倒れれば次は鈴蘭がやられるという事実からだった。そんなことはさせないという使命感が、体を突き動かしたのだ。しかし、今はそれが実感できない。近くにいないからだろうか。
「そう。つまらないの。じゃあ、再起不能にしてあげる」
そう言って彼女は、飛び上がった。彼女の動きは目で追えない。もしも、この場所に鈴蘭がいれば、もしも彼女が危険にさらされるようなことがあれば勝てるだろうか。
きっと勝てるはずだ。玲奈はそう信じている。
飛び上がった彼女は、後ろの木に足をついた。そして、その反動で加速して弾丸のように向かってくる。その彼女が突き立てた爪が、玲奈の左足をそれは綺麗に切断した。
バランスを失って倒れた玲奈に、彼女は言った。
「次は、本気のあんたと戦いたいわ。はやく、リスポーンしなさい」
彼女の名は、世良真澄。ギフトは【身体能力向上(タイプC)】
たとえるなら、飛車のような動きができる。優秀な駒だった。
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