第4話 三章

「さて、今日から授業が始まりますが、慣れない環境で大変でしょう。ですが、しっかりと担当教師の説明を聞いて努力して下さい」


 翌日、亜蓮たちは教室を移動して、新垣先生の説明を受けていた。

 服装は昨日の時点で体操服に着替えるように指定されたから、クラス全員が寮から体操服を着た状態で教室に来ている。今日は、座学は一切ないらしい。授業の開始初日から珍しいと言えばそうだが、林間学習のようなものが行われるのだろうか。


「では、ついてきなさい」


 先生が出席簿を掴んで廊下へ出ると、全員がスムーズに整列した。高校生にもなれば、自然と五十音順の席をそのまま二列に並び変えることができる。そのまま校舎を移動する。


「渡り廊下なんて、初めてだよ」


 隣にいる藤川は、どうやら離島の出身らしい。まあ、野生児感があふれていることの説明には、十分だった。むかしから父親の漁でとれた魚を大量に食べていたおかげで体が大きくなったと言っている。将来は、彼も漁師をやるらしいけれども、この学園を卒業した後にその選択肢が残っていれば、ぜひとも夢を追ってほしいと思う。

 渡り廊下から見える景色は、やっぱり自然ばかりだった。その間はわずか一分ほどだろうか、先生の歩調がかなり速いせいもあって、全員の迅速な移動が完了した。


「つきました。全員、シューズを履き替えて入ってきなさい」


 先生はそう言うと、ある教室の前で立ち止まった。どうやら、その奥の廊下も長く伸びているけれども、まったく教室のプレートが掲げられていないという事は、ここより奥は全てが今から入る教室だということだろうか。だとすれば相当な広さだ。校舎の半分ほどはあるだろう。衣装から考えても、体育を行うことも考えられる。

 亜蓮達は少しの緊張感と、それを凌駕する高揚感をもって部屋へと入っていく。

 全員が入ったくらいのタイミングで、先生が部屋の端にある電気のスイッチを入れた。


「なんだ、ここは」


 体育館ならば、イメージするのは木の板が張り詰められた壁と床だったけれども、あたりは一面が黒い壁だ。イメージするのはデスゲームの映画とかだろうか。単色で埋め尽くされた部屋はどうも圧迫感があって、長い時間ここにいれば気が狂いそうだ。


「ここは何の教室だろうな?」


 教室はかなり広く、収容人数にはかなり余裕があるように見えた。現在、生徒が四十人と新垣先生がいてもかなり余裕がある。各々が距離をとって準備体操をできるくらいに。しかも、その教室には机も椅子もない。ただただ平面が広がっている。やはり体育なのだろうか。


「さあ、でもなんか特別な授業だろ。学園の創立には『阪奈エレクトロニクス』が参加してるから、それで最新技術を使った授業だとしても驚かん」


 阪奈エレクトロニクス。現在の日本を半導体分野においてリードする企業。もちろん、それに加えてソフトウェア開発など功績は大きく、病気の蔓延によるリモート教育制度の整備を国から任されたのも、阪奈エレクトロニクスだった。


「では、この教室についての説明から始めます。ここは毎週、三回ほど授業で来ることになるため、教室の場所と授業の準備をできるだけ早く覚えてください」


 そう言って、先生は壁の一部分にあるくぼみに手をかけた。それを引くと、なにやらボタンらしきものが出てくる。先生は迷いなくそれを押すと、教室の上部からプロジェクターが現れた。


「おおっ、すげえ」


 なぜ、みんなが驚いたのか。今どき、プロジェクターを利用した授業など別に驚くほど珍しいわけではない。小学校でも設置されている。

 それは、プロジェクターから放たれた光が、その先にある壁面にではなく、虚空に映像を生み出していたからだ。まさにアニメやドラマのような光景だった。


「これが、ホログラムと呼ばれるものですね。まだ実用化されてからそこまで時間は経っていませんが、すでにうちでは生活の中に溶け込んでいます」


 生徒たちは、食い入るようにその映像を見ていた。特に男子生徒の目つきは真剣そのもの。いくつになっても、最新技術に興味を示すのは男の性だ。


「これは……さすがとしか言いようがないな」


 改めてここが、日本国内で最先端の技術を持つ場所であることを認識させられた。医療、工学、化学、などそのほとんどが日本で最も優れており、それらを惜しみなく投入して作られた学園。

 それがこの学校だった。


「ちなみに、これは去年のものなので、あまり参考にならないかもしれませんが、この教室はこんな感じで、このように使うことができます」


 そう言って先生が再びボタンを操作すると、ホログラムに映像が流れた。


「あれって、うちの生徒。去年ってことは先輩か?」


 そこに映っていたのは、亜蓮たちと同じような体操服を身にまとった男子生徒だった。正確に言えば、体操服の首元に入ったラインの色が違う。どうやら、学年を識別できるように色が変えられているらしい。亜蓮たちは赤色で、先輩は黄色だった。

 そして、どうやら先輩は四方をホログラムの壁で囲まれているようだった。

表情は見えないが、その動きには恐怖が見える。足が震えているのが映像越しでもわかった。何が行われているんだろうか、全員の視線が映像へとくぎ付けになる。


「いったい、何をしてるんだ?」


 そう言った瞬間だった。一瞬で、映像の中にいる彼の首が吹き飛んだ。


「は?」


 亜蓮は思わず口から、言葉が漏れる。

 映像は、首が飛んだ生徒が倒れて、あとから首が地面へと落下する。だんだんと恐怖が、驚きが、教室に蔓延し、それらが悲鳴となって爆発する。はずだった。


「うるさくするのはやめてください。説明をしますよ」


 声は、先生のものしかない。全員が口をあけて喉をふるわせているはずなのに、声が出ていなかった。驚きすぎて声が出ないわけじゃない。しっかりと声帯は震えている。なのにまるで金魚が口をパクパクさせているように滑稽だった。

 まるで、世界から音が消えたように。先生はそれを気にせず、冷静に話を進める。


「簡単に言えば、皆さんには疑似的な殺し合いをしてもらいます。先ほどの映像はその授業風景ですね。ただ、授業ではなくてレクリエーション的な雰囲気で軽く考えてください」


 殺し合い。そんなに恐ろしい言葉が日常生活で聞けるとは思っていなかった。

 先生はやはり、用意された台本を暗記してただただ機械の様に読み上げているだけだ。

 しかし、亜蓮にはそれよりも気になることがあった。 


―――疑似的とは、どういうことだろうか


「みなさん、ちゃんと聞いていますか?」


「ん?」


 そこでみんな、声が出るようになっていた。しかし、叫ぶ者はいない。


「疑似的な殺し合いですからみなさんが死ぬことはありませんよ」


 その言葉が、どれほどの安堵をもたらしたのか、計り知れない。


「先ほどみた映像でホログラムの壁がありましたよね。あそこの中はいわゆる仮想空間。VRといったものですね。みなさんにはVRの中に入って殺し合いの練習をしてもらいます」


「で、でも俺たちは殺し合いなんてできませんよ」


 誰かが先生に向かって反論する。しかし、先生はそれに対して無視を決め込んだ。


「大丈夫ですよ。なにも戦うのなら、あなたたち高校生にお願いするような内容でもありませんし、そもそも武器をもって戦う時代なんてとっくの昔に終わっていますからね。みなさんには頭を使って戦ってもらうことがこの授業の目的です」


「頭を使う?」


「あなたたちには、ちゃんと戦うための武器を用意してますよ。ほら」


 そう言って、先生は壁にあるボタンを押す。

 すると、教室の隅にとりつけられたスピーカーから大音量のクラシックが流れ始めた。


「ちょ、うるさい!」


 みんな、耳を手で塞いでいる。頭にがんがんと鳴り響く。クラシックですらも、人にここまで不快感を与えることができるのかと思うほどだ。

しかし、次の瞬間に先生が指を鳴らすと、音は止まった。


「ん?」


 最初、指を鳴らすことに反応して機械が音を止めるようにシステムが作られているのかと考えてたが、それならここで音を消す理由がない。


「あなたたちにも能力はちゃんと授けられていますよ。例えば、藤川君。あなたに能力を解放したからちょっと立って立ち幅跳びをしてもらえる?」


「立ち幅跳び? 別にいいですけど」


 藤川は不思議そうに思いながらも、全員がいないほうに腕を三度ほど振って飛んだ。すると、それはあまりにも異常なほどに跳んだ。いや、飛ぶという表現が正しいのかもしれない。

 確かに、藤川は体つきがいいし、運動は得意だし好きだと言っていた。だけど、それは明らかにおかしい距離だ。世界記録を知らないが、それを遙かに凌駕するのは間違いなかった。


「それがあなたに与えられた贈り物よ。藤川君は『身体能力が五倍になる』という能力よ」



「えっ……」


 みんなが驚愕の声をあげる。そりゃそうだ。自分の運動神経が異常だと知ったら誰だって驚くだろう。 藤川本人も自分の体を眺めて、気味悪がっている。


「他にも色々ありますが、今はこれだけにしておきましょう。とりあえず、この授業では殺し合うわけではなく、あくまで練習として行います。ですが、本気でやってください」


 それで、先生は説明を自分のやるべきことを全て終えたかのように話すのをぴたりとやめた。ただ、これでは明らかに言葉が足りない。職務怠慢ともいえるレベルだ。


「あの、先生。質問なんですけど」


「なんですか? 鶴岡君」


 教室の中心あたりに座っていた真面目そうな鶴岡が、勇気をもって手を挙げた。


「もし、その疑似的な殺し合いで負けた場合どうなるんですか?」


「負けてもなにもなし。別にあなたたちに傷がつくわけでもありませんし、死ぬわけ

でもありません。ただ、負けたという記録が残るだけです」


 その言葉に、全員が安堵の声を漏らす。しかし、そんな声もすぐに止んだ。

 何故なら、目の前にいる殺気を放つ先生のせいだ。先ほどまでとはまるで違う。

そう感じさせるほどのプレッシャーを放っていたのだ。

 それを感じ取ったのか、生徒達は少し震えていた。

『死にはしないからといって、手加減なんてすると思うなよ?』と語りかけるように獰猛な目つきをしている。つむぎの本気モードよりもよっぽどやばい。


「他には質問がありませんね。では、授業を始めます」


 それを合図にするかのように、ホログラムの壁が全員を覆う。


「ちょっ! なんだよ、これ」


 ちょうど壁の近くにいた生徒が、思い切り作られた壁を叩く。しかし、その壁はびくともしない。確かに、外は見えるはずなのに出られない。映画で見た監獄なんかよりも、外が見える分だけより絶望的に感じた。


「じゃあ、最初は適性試験を始める。自分の持つギフトは、デバイスで確認するように。まあ、今日はウォーミングアップだから私の攻撃から逃げ切ればいい」


「はい?」


 ここにいる新垣先生を除く全員が、何が起こっているのかもわからないまま。

ホロラグムは完全に出口をふさぐ。

 しかし、先ほどまでの先生とはどうしても雰囲気が異なっていて、それがより混乱をあおった。ここにきて、唯一の頼れる大人だと思っていた人の豹変。それに戸惑わない人間がいるだろうか。

 だが、そんな戸惑いもすぐに消えることになる。


 ドンッ!


 そんな音と共に、一瞬で距離を詰めてきた先生の拳が、亜蓮の真横にいた男子生徒を襲ったからだ。彼の体は面白いように吹き飛んでいき、ホログラムの壁にぶつかって大きな音を立てた。続いて、悲鳴が次々に上がる。


「まずは、一人か。さすがに、全員が私に敗れるのならば、私は担任を降りようか」


 先生はつまらなそうに数を数える。交通量調査のお兄さんのほうがよっぽど感情がこもっているだろう。そんなにも、いくら疑似的だとしても、そこまで人に暴力を振るうことに対する悲しみを忘れられるものだろうか。


「くそっ!」


 しかし、そんなことを考えるのは後だ。とにかく、先生から距離を取ればいい。

 状況を頭の中で整理する。フィールドは平面、広さはだいたい三十メートルの正方形でそこに現在は三十九人がいる。ちょうどバスケットボールコートの縦幅くらいだ。狭い。だけれども、これだけ狭くても先生が移動するのははっきりと目で追えた。つまり、スピードで彼女についていくことは不可能じゃない。

 先生は、逃げ切れば勝ちだと言った。ならば、十分に勝負ができる。


 そして、もう一つの鍵は、先生の言っていたギフトだ。

 ギフト。単純に直訳すれば贈り物。いや、ここでいうギフトは英語圏での用法が向いているだろうか。

 才能。

 この学園は、いやこの学園を作った企業は全てを与えることができるのか。

 交通も、家屋も、食品も、衣類も、家電も、情報も、文化も、全てを創造するつもりだ。

 その上に、人間に才能を与えるなんて、それは神の領域だ。


「なら、人はみんなが平等にできる。これほど、理想的な世界もない」


 その世界を生きるために、亜蓮は戦うことを決めた。


「藤川! 先生をなんとか抑えてくれ。お前のスピードならば、先生を超えられる!」


 すぐさま、亜蓮は指示を出す。大声で、こんなに大きな声を出したのなんていつ以来か。そんなことを考える暇もなく、脳が動く。シナプスが縦横無尽に駆け回る感覚がはっきりとわかる。なによりも早く、藤川が反応して動くよりも早く考えないと次の一手を。


「わかったよ!」


 藤川が亜蓮の声を聴いて、先生にとびかかった。彼は怖くないのだろうか。いや、そうじゃない。彼があくまで先生を抑えておけるという仮定でここまでの話を進めていた。

 そして、その論理は完成した。ならば、次は藤川が抑えきれない場合だ。


「なかなか面白そうな二人だな。だけれども、甘いよ」


 藤川がとびかかる。彼ほどの大きな体が飛んでくれば普通の人間ならば怖くて逃げだすだろう。だけれども、先生の視線には揺るぎが無かった。彼女は履いているハイヒールのかかとに視線を落としてから、思い切り直角に突き出した。


「ゾウに踏まれるよりも、電車でハイヒールの女に踏みつけられた方が痛いらしいぞ」


 そのかかとは、完璧に藤川の腹を捉えた。いや、そうじゃない。藤川はすんでのところで致命傷を避けた。それを突き飛ばしたのは、大きな風だった。


「間に合った」


 風の発生した先には、青山がいた。青山のギフトは、おそらく風を操る能力。わずか二日ほどなのに、息はあっている。これならば、なんとかできるかもしれない。


「惜しい。腹の中心を貫かれた人間を見てみたかったが」


 ここで、亜蓮の計算は終わる。相手の手札がこれ以上ない限りは、これでチェックメイトになるはずだ。だけれども、オールインはかけない。こんなに簡単にいくわけがない。

 藤川が先生に対して積極的な攻撃を繰り出して、青山が先生の動きと逆方向に風を吹かせてスピードを弱らせている。そのおかげで、明らかに彼女は動きづらそうだ。

 これなら勝てると、亜蓮以外のクラスメイトは思ったことだろう。

 しかし、そんな簡単にいくわけがない。


「仕方がない。ここまでやるとは思わなかったよ」


 その瞬間だった。ここまで響いていたはずの音が。藤川のこぶしが先生の右腕にぶつかって聞こえるはずだった音が聞こえた。


―――これが、ギフト


 その時、明らかに混乱が全員を襲った。青山もそれは同じ。


「これで終わりだ」


 その青山が遅らせたスピードに慣れていた藤川は、先生を逃す。そして、先生は的確に藤川の背後に回った。だけれども、藤川はそれに気づかない。

 人間が情報を得る八割は視覚。いわゆる、目に見える情報だ。だが、それは先生が藤川の背後を取っている時点で使えない。ならば、次に頼るのは聴覚の一割だ。

 しかし、それも先生によって封じられている。


「逆王手とは、こういうものだ」


 そのまま先生の思い切り振り上げた足が藤川にぶつかった。その勢いで、肉が裂ける。風船が破裂するかのように中から血が飛び散った。しかし、ヒールの勢いは止まらない。


「これで二人目か。さあ、次はどうする」


 藤川が、今度はしっかりと腹を貫かれて死んでいた。

 そして、その死体を前にしてもなお何も表情を変えることはなく先生はこちらを見ている。彼女からすれば、真っ先に落とすべきは亜蓮と青山。この二人だけが、戦う意思を持っている。逆に言えば、二人が落ちればこちら側は無抵抗になぶられるだけだ。


―――だけど、指示が出せない。しかも、情報が足りない。


 藤川が動かなくなった今、物理的に先生を止める役が必要だ。そのサポートは青山が勝手にしてくれるはずだ。先生の動きは若干だが鈍い。だけれども、駒が足りない。さっきギフトの存在を知ったばかりで亜蓮は能力が把握できないから、誰を使えばいいのかもわからない。ならば、それぞれの能力を目で確認するしかない。

 しかし、先生がそれをさせるわけがない。


「さあ、誰が生き残るかな」


 そう言って、新垣先生はこちらに向かって飛んでくる。しかし、狙いはどうやら亜蓮ではない。不幸にも、亜蓮と先生の間で床に座り込んで恐怖に震えていた女子生徒の首が、とんだ。これで、三人目。時間にしてわずか五分も経っていない。授業時間は残り四十分。


「三人目。また、スーツをクリーニングに出さないといけないな」


 彼女はもうすでに退屈そうだ。まずは、その退屈な感情を消す必要がある。

 人間とはもろいものだ。感情に身を預けられる。ならば、それを狙おう。



「私は、後ろで指示を出しているだけの人間が嫌いだ。戦争をしている国の人間は皆が、戦場にいるべきだし、人間の命に上も下もない。だから、次は君を狙う」


「ずるいですね。自分ばかりが自由に話して」


「大人とはそういうものだ」


 十分に、上と下を区別しているじゃないかという文句は、口から出たけれども音にはならなかった。すでに、先生がギフトで音を消された世界だ。そして、先生はまっすぐにこちらをめがけて飛んでくる。もう、ここは賭けだった。


 正直なところ、亜蓮はもうすでに詰みの状態だった。

 手札がない。青山だけが指示を出さなくてもひたすらに先生の動きを抑えている。しかも、彼はサッカーで県代表にも選ばれたということは運動神経や身体能力も常人のそれを超えているだろう。きっと、簡単には落ちない。だから、青山を計算から除外する。


―――戦闘員が欲しい


 そして、それを手に入れるために亜蓮は囮になることを決めた。

 できることならば、目の前で首を飛ばした少女。彼女を救うために戦う意思と能力を持つ人間が前に出てきてほしかった。もしも、このまま出てこなければ、一人ずつどんどんやられていくだけだろう。ここまで、音という伝達手段が優れているとは思わなかった。


―――結局、一か八かになるのか

 トランプだってそうだ。バカラというゲームがある。簡単に言えば二択のどちらかに張って、二択に対してそれぞれ二枚のカードを配る。最後に、合計の一桁目が『9』に近い方が勝つ。そして、ギャンブラーは罫線を引いて傾向を分析して、次の賭ける先を決める。

 だけど、いくら罫線を引いて傾向を分析したところで、確率は平等に半分だ。


「さあ、四人目だ」


 亜蓮は、先生の攻撃に対して無駄だとわかっていながらも顔の前で手をクロスさせた。しかし、痛みはやってこなかった。少し、まぶたの裏側にまぶしさが残るだけだ。


「ラウンド2か。いいぞ、今度は三人がかりだな」

 ちょうど、亜蓮の前に守るように立っていたのは、一人の少女と、足利さんだった。


 その少女の能力か、足利さんの能力か。わからない、閃光弾だろうか。目がちかちかしていた。それはどうやら、先生の方がひどいらしい。当然だ。顔の前で腕をクロスさせて、まぶたも閉じていた亜蓮ですらそう感じるのだから。


―――いまだ!


 そのタイミングで、動けば勝てる。しかし、二人は動かなかった。代わりに、足利さんはポケットから、大量の飴玉を取り出す。それを、思い切り先生へと放り投げた。


「爆発系か。なかなかいい能力だ。しかし、直線ならば私に当たらん」


 足利さんの放り投げた飴玉は、次の瞬間に大きな光を帯びた。そして、次々と爆発する。それと同時に彼女は、自身の携帯電話を落とした。そこには、指示が書かれていた。


『今から攻撃を加えることができるのは五回まで。アプリでレーザーポインターを用意したから、攻撃が必要になればレーザーで教えて』


 彼女のホーム画面の壁紙には、そのメモをスクリーンショットした画像があった。

 まさか、先生が音を消してからここまでのわずかな間にアプリをインストールして、指示するためのメモを書いて、さらに壁紙に設定してロックを外したのか。

 ありえない速度だ。彼女もまた、底が見えない。

 そして、もう一人の少女は、動きを見せない。彼女だけは能力がわからない。手にはヌンチャクを握っているが、慣れているようには見えない。


「懐かしい。私はケットル星人か」


「は?」


「なんでもない。こちらの話だ」


 先生は本当に自由に音を操る。彼女は、無口だというわけではなさそうだ。

 なんだか、常に話す言葉を誠実に探しているのだろう。

 ヌンチャクを持った彼女は、それをすぐに投げ出した。その攻撃は、先生には当たらない。しかし、次々と武器が出て来る。右手にはナイフ。左手にはスタンガン。

 もしかすると、彼女は任意の武器を取り寄せることができるギフトだろうか。


「まずは、こっちだな」


 先生が狙ったのは、武器を使う少女。まあ、これは当然だ。足利さんの能力は中距離から遠距離。ならば、先に近距離を倒せばいい。三十メートルの四方からよーいどんで勝負を始めるのならばともかく、二人の距離は三メートルも離れていないし、先生が追いかけるつもりが有れば再び距離を取ることなんてできない。


 しかし、少女はどうやら格闘技の心得があるらしく。うまく、左手のスタンガンをぶつけてダメージを回避する。だが、そのスタンガンのダメージも入っていないらしい。それとも、アドレナリンが彼女から痛みを忘れさせているのだろうか。

 ともかく、先生は楽しそうだった。そこまでは狙い通りだった。彼女はもう、冷静な思考を失っている。ならば、多少の無茶をしてでも二人を落としに来るはずだ。その時を、先生が直線で彼女を狙う線に、ポインターを合わせる。


―――決まれ!


 そう念じながら、スイッチを押す。しかし、反応速度は先生の方が数倍ほど早い。空中で無理に体をねじりながら、スタンガンに左手をぶつけて床に転がる。それをしてでも、亜蓮のポインターに警戒をしたのか。これは使える。亜蓮はすぐさま、自分の携帯にもレーザーポインターのアプリをインストールし始めた。

 色は青色。便利な世の中だ。七色もアプリごとに使い分けられる。

 ただ、問題は青色がダミーだという事が、足利さんに伝わるかどうかだ。すでに、赤色のポイントに対して足利さんが爆弾を投擲したことから先生はその意味を把握したはずだ。


 先生に致命傷を与えるには、ダミーの存在は必要不可欠。だけれども、それを適当にやると、チャンスを逃す。残り、四回でどこまでやれるか。ここまでの戦い方を見るに、武器を持った彼女のギフトは戦闘向きではない。だから、ここまで能力を見せていない。しかし、武器では先生の脅威にはなるけれども怪我を与えることは難しい。

 武器は足利さんの持つキャンディーボムだけだ。


「ちょこざいな!」 


 先生の攻撃を躱した武器を持つ彼女は、そのまま先生の足を止めるように、蹴りを入れてバランスをとる。ぶつかった足が鈍い音を立てるが、お互いにひるんではいない。しかし、その視線はどこをむいているのかわからなかった。

 彼女は常に、違う方向をむいて攻撃を繰り出す。だからこそ、先生もうまく回避ができないから、なんとか受けるしかない。しかし、こういう細かいダメージが蓄積して先生が崩れるのを待つか。いや、それは最後の作戦だ。できれば、指示を出したおかげで足利さんが攻撃を当てることができることが理想だ。


―――もう一回、彼女が攻撃を当てた瞬間を狙う。


 そして、その機会はすぐに訪れた。


 「ここで決めるぞ!」


 先生は明らかに気合十分に、こちらへと向かってくる。しかし、その目は周りが見えていない。チャンスだ。ここで、しとめる。亜蓮は、自身の携帯のアプリに入ったレーザーも赤色に切り替える。そして、二つの光線を先生に向けて飛ばした。そのレーザーは、しっかりと彼女の体を捉えていたはずだった。


「甘いよ。二回も見れば、よけ方もカウンターも分かる」


 突如、空中で先生が思い切って方向を変えてこちらへ向かってくる。足利さんはすでに投擲体勢に入っているせいで、ちょうど体の右側ががらあきだ。そこに向かって、先生は足を突き出す。鋭いハイヒールのかかとが怖い。

 だけれども、ここで何もしなければ先生の言う後ろに立って指示を出しているだけの人間だ。大丈夫だ。ここで死んでも、死ぬわけじゃない。大丈夫だ。心臓か脳天でもない限りは、即死はない。大丈夫だ。計算によれば、すぐに足利さんが先生を倒してくれるはずだ。

 それだけ考えて、亜蓮は飛び出していた。ちょうど、先生の向かう先に。進行方向を妨害するように。


―――痛い!


 先生の履くヒールの先が、胸に刺さった。もう声を出したくても、痛いと泣き叫びたくても口からは血があふれるばかりだ。しかし、先生に少しでも傷を与えられたら、良かった。


「五人目か。即死にしてやれなかったのはすまない」


 先生はこちらに向かって、手を合わせる。

 馬鹿にされていると感じてもおかしくないだろうけど、亜蓮の思考は敗北を悔しがるだけだった。彼女の持つ能力とギフトが、自分の想像よりも上を行った。

 だから、一対一でならば負けたよ。


 そう思いながら、亜蓮はなんとかレーザーポインターを起動した。

向ける先は一つ、それを彼女が理解してくれることを祈ろう。

いや、彼女ほど賢ければその意味は理解できるだろう。そこで、意識が途切れた。



「大丈夫か?」

 亜蓮の体が揺さぶられる。床が少し冷たい。ん? そう言えば。目を開くと、そこには青山の姿があった。隣から申し訳なさそうに赤城も顔を覗き込んでくる。なにか、後ろめたいことでもあるのだろうか。


「ごめん。俺、みんなが戦っているのにも関わらずに動けなかった」


 なんだ、そういうことか。同部屋だからと言って全員が無理して戦う必要なんてない。それに、亜蓮自身も戦っていたとは思えなかった。


「本当に、仮想現実なんだな」


 あのとき、先生の足に体を貫かれたときの痛みは本物だった。

 けれども、その場所に手を当てても怪我はない。怪我の痕跡もない。


「みんな、無事だったから別にいいだろ。それより、足利さんは」


 どちらかというと、自分よりも彼女の方が心配だった。果たして、残したメッセージはしっかりと伝わっただろうか。いや、伝わったからここにいるんだろう。


「ちゃんと無事よ。あなたの指示が正確だったおかげでね」


「それは皮肉かな。とりあえず、ありがとう」


「ありがたいと思うなら、何か形で示して」


 亜蓮は、彼女の手を握って引き上げてもらう。最後の瞬間に亜蓮がポインターで指示したのは、足利さんの腹部だった。

 亜蓮が死ぬ前に考えていたのは、足利さんのギフトに関する詳細。一つの案は、彼女が触れたものを爆弾として扱える。もう一つの案は、キャンディーを爆弾として扱える。もちろん、下手な賭けを打てばこちらが不利になることはわかっていたから、亜蓮はそのどちらでもいいと、二分の一の両方に賭けたのだ。


「自分の体もろとも爆発するなんて、まるでテロリストね」


 そこで考えたのは、先生に足利さんの腹を貫かせる方法だ。ここまで、先生は足技を主体として戦っていた。しかも、その間に手がどうしているのかというと特に次の段階を準備しているわけでもない。これは、彼女が誰かに格闘技を習ったのではなくて、あくまで我流で習得した足技ということを意味していた。なら、とりあえずは足を再起不能にすればいい。それを意味してポインターでお腹を指したのが、ここまで伝わるとは。やはり、彼女はすごい。


「ちなみに、私の能力は手に触れたものを爆発させる能力。もちろん、自分の体も含めて」


「そうか。それは便利だ」


「本当はもう少し、可愛い能力が良かった」


 それは彼女なりのジョークだろうか。亜蓮はとりあえず笑っておいた。そのタイミングで、授業の終わりを告げるチャイムがなった。教室の端にいた先生は満足そうな顔をしていた。


「先生、一つだけ聞いてもいいですか?」


「ん? 別にいいよ」


 やっぱり上機嫌だから、質問が通りやすい。亜蓮は、気になっていたことを質問した。それは、脳の端にずっと残り続けていて思考を妨害するほどだったから、そういうものは出来る限りは早く取り除いていた方がいい。


「どうして、僕たちはこんな【ギフト】なんて与えられて戦わないといけないんですか? それに、集めた人間の特徴がバラバラすぎます」


「それは、質問が二つじゃないのか?」


「まあ、そこはサービスしてください」


 亜蓮がそう言って手を合わせると、先生は少し考えてから話し始めた。


「まず、どうして戦うのかというとここを鍛えるためだ」


 そう言って、先生は人差し指でとんとんと自身の頭を突いた。


「脳みそですか」


「そうだ。脳については一般的にまだまだその仕組みがわかっていない。だが、過去の実験でラットが心停止をする直前に膨大な量のガンマ線が放出されて脳の活動が一気に活性化したんだ」


「つまり、人間も死ぬ直前には膨大な量のガンマ線が放出されるという事ですか」


「そう。それによって、君たちの能力が底上げされることを期待している。例えば、山下も足利もそうだが、これが例えば私が殺意なんてなしに蹴りかかっていただけならば、咄嗟の判断で私を倒せたと思うか?」


 そう言われて考えるけれど、答えはわからない。正解を見てから数式を解いて、別の解法を見つけ出す方が最初から白紙に計算式を並べるよりもよっぽど難しい。


「この学園では、あまりにもリアルな死の恐怖を実感させることで人間が至ることのできる最高の境地まで、脳を活性化させる。それを自由に操ることができれば人類はついに、次のフェーズへ至ることができる」


 なるほど、筋は通っている。なら、生徒の選び方にはどういう意味があるのか?


「二つ目の質問だが、それは対照実験だよ。理科の授業で習っただろう?」


 ここまでばらばらになって、その理屈が成立するのかとは思うけれども学園側がそう判断したのならば、そうなのだろう。手の届かないところにまで思考を及ぼしても仕方がない。


「ありがとうございます」



「へえ、久しぶりに楽しそうな彼女を見た」


 新垣凪沙が職員室へ戻ると、同僚の尾形と更科がコーヒーを飲んでいた。

 凪沙は二人とはそこまで仲良くない。別に嫌っているわけでもないけれども、仲よくしようとも思わないから、笑顔を作る必要もない。


「あの雪城、美墨のコンビを前にしても表情を緩めなかったのになあ」


 雪城と美墨の最強コンビ。その二人を相手にしても淡々と倒すだけだったのに。それを楽しませるような相手がいたのだろうか。更科は興味が尽きないというふうには話す。


「そういえば、尾形先生のところには活きの良い生徒はいたかな」


「そうだなあ。やっぱり、落合だろうか」


 その名前には覚えがある。確か、新入生で最も偏差値が高かったはずだ。


「そういう更科先生のところは」


「うちのところはまだまだかな」


 三人のクラスが、同時に一対四十の勝負を行った。

 どうやら、全てのクラスに先生を倒せるほどの生徒がいるらしい。

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