第6話 黒百合の秘密
一
三人が昌教のマンションの外を出ると、夏程では無いが、それなりに眩い日差しが三人の体にまともに当たる。
「うぅ、暑いな……」
昌教は腕で目元を覆う。
流石に全体に鍔のあるクリーム色の帽子を被っている。
強い日差しは、昔から苦手なのだ。
「眩しいです……」
同じく強い日差しが苦手なのか、瑠奈は顔をしかめる。
「はい、瑠奈」
と陽美は持っていた、昌教と同じクリーム色の日傘で瑠奈を入れてあげる。
因みに陽美のこの日傘は、雨にも使える折り畳み傘なのだ。いわゆる晴雨兼用だ。
「有難うございます」
と瑠奈は喜んで入る。
昌教のマンションを出て、
「それじゃ行きましょ。こっちよ」
と陽美が左の方を指さして歩いていく。
昌教も横に並んでついて行く。
歩いていると、三人の靴の音が規則的に響く。その音は、どちらかと言えば乾いている方だ。
その規則的な音を立てながら、歩いて十五分くらいしたところで、陽美が歩くのを一旦止めた。
「確かこの辺りよ」
と陽美が右手を差し出したそこは、朱色が少し錆びた鳥居だ。
周りは住宅と鳥居のすぐ傍に溜池がある。
「この先、なのか?」
「ええ」
「入って、みますか」
と三人は鳥居に一礼をして、くぐっていった。
鳥居の奥は、昌教の予想通り神社になっている。
この神社は、見たところ、栄えすぎでも、寂れすぎてもいないごく普通の神社だ。
受験と商売の神様がいるらしく、店を構えている所や、冬は受験生が多数参拝するらしい。
左に先程の溜池が見える。
「それで、問題の場所は?」
と昌教が訊く。
「うん。確か、こっちだわ」
と陽美が神社の裏手に回る。
神社の裏手には、百合が赤や白や黄色、黒に桃色と彩り豊かに咲いている。
でも、ただ咲くだけではなく、同じ色が横に五輪ずつ規則的に咲いているところが、人工的に手入れされていると分かる。
因みに手前から、先程書かれた順だ。
「綺麗ですね」
「そうだな。裏手だから、割と穴場だな」
と瑠奈と昌教も、ため息が出る。
「そうよね。あたしも来た時は、ちょっと感激したくらいだもん」
と言い、
「そして、ここが蘭と英雄の秘密の場所の筈よ」
と陽美が、変わったところをきょろきょろと探す。
昌教と瑠奈も、同じく探していく。
だが、
「駄目。見つからないわ」
「そうだな。手がかりが無いとな」
「どうしましょう」
と三人は、一旦手を洗って、自動販売機で飲み物を買う事にした。
昌教はアイスコーヒー。陽美はオレンジジュース。瑠奈はお茶にした。
三人はグイ、グイっと五百ミリリットルのペットボトルの半分を飲む。
「ふう。喉が乾いてたから美味しいわ」
「はい。さっぱりします」
「これから夏が来るな」
と昌教は帽子を脱いで、その帽子で顔をパタパタあおぐ。
陽美と瑠奈が、木陰の庭石に座って休んでいると。
ピリリリリ!
と陽美のスマホが鳴る。
陽美が取り出して、画面をタッチする。
「もしもし」
「あ、陽美かい?」
慌てた様子を必死に隠した声で節子が出る。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「陽美、さっき昌教さんから東条家についても調べた方が、って言ったよね」
「うん」
「昌教さんの推察。大当たりよ。いや、ピンポイントと言っても良いくらいだよ」
「え?!」
「色々あるんだけど……。兎に角、出来るだけ分かり易く説明するけど」
「うん。大丈夫よ。一つずつで」
「分かった。まずは、東条家でまた新たな蝋人形が生まれたんだ」
「新たな蝋人形!?」
陽美の言葉を聴いて、昌教と瑠奈も目を吊り上げて陽美のスマホを注視する。
陽美は拡声モードにして、二人にも聞こえるようにする。
「そう。名前は東条
三人の目が見開く。
節子が続ける。
「彼女の日記を見つけたんだけど……流石に私もぎょっとしたわ」
「何が書いてあったの?」
「野々宮家に対する恨みつらみが、まるで呪文やお経のように、びっしりと書かれていた」
『――』
三人は言葉を失った。
(東条家が野々宮家に対する『吊るされた男』や『隠者』はそのことなのか?)
「そして、日記には更にこんなことが書かれていたよ」
「ど、どんな……?」
「英雄さんは……隼人さんによって自殺した……と」
『な、何だって!?』
陽美と昌教は同時に驚く。
「あ、昌教さんも一緒なんですね」
「ええ」
因みにお互いも顔馴染みだ。
「隼人が……彼を自殺に追いやっていたとは……」
「直に手を下してはいないだろうけど、そんな風に書かれていたんだ」
「そう、ですか……」
昌教の声が、途端に糸のような声になる。
だが、これで野々宮拓真の日記や、東条英雄のノートに書いてあったことに合点が行った。
そして、隼人の心のオーヴの映像にも、だ。
昌教の顔は、ショックとやはり、と言った感情が混ぜこぜになっている。
「後は、優季恵さんの旦那様の事なんだけど」
「う、うん」
「彼、一か月前から消息不明になっているのよ」
「え?」
「それも突然に」
「一か月前って確か……」
「そうよ。例の蝋人形化事件が始まったと同時期さ」
「何だか……無関係ってわけじゃ、無さそうね」
「うん。私もそう思うよ。この、一か月前から今にかけての日記には、息子を失って辛いのに、あの人までいなくなってしまうなんて、東条家が何かしましたか? こんな運命は残酷過ぎますって書いてあったくらいだもの」
『……』
陽美も昌教も、そして瑠奈も絶句した。
「陽美、昌教さん?」
「あ、うん、ゴメン」
陽美が慌てて答える。
「日記から、更に新しい情報もあったんだ」
「どんな?」
「被害者の共通点よ」
「え?」
「まず最初の被害が出た病院なんだけど、そこの看護師や医事課に東条英雄の同級生がいた、と」
「成程」
と昌教。
「そして、株式会社星奏の被害者二人。こちらは、どうやら東条英雄とは同じ部活の先輩後輩だったの。因みに吹奏楽。英雄はかなりの実力の持ち主で、それにより二人が嫉妬し、彼に嫌がらせをしていた、と」
「そういうことだったのね……」
陽美が少し忌々し気な声になる。
「教師の方は?」
「どうやら担任だったらしいね。でも、東条英雄のことに関しては我関せずだったらしい」
「うわ、最低じゃん」
「見てみぬふりをするとは、確かに教師失格だな」
「ホント!」
昌教と陽美は少し声が荒くなる。
瑠奈も皆の話を聴いて、少し目が吊り上がる。
「これは私個人的にも最低だ、と思ったよ。そして、あんたの親友の蘭については――」
「うん」
「英雄の幼馴染みだそうだ。でも、英雄の事をとても気にかけていたみたい。優季恵さんの日記にも蘭のことは、少し心配していたみたいだから」
「そうなの……」
「そう言えば、今までの人形化した被害者の内、他の人達は引きつった顔だったんだけど、蘭と今回の優季恵さんだけは、随分と安らかな顔をしていたね」
「あ、そう言えば、蘭の顔……。まるで死に化粧をした仏さんみたいだったわね」
それを聞いた陽美は、合点がいったような顔をする。
昌教も隼人の顔を思い返す。
確かに彼の顔は、妙に引きつっていた。
「でも蝋人形化したのは不思議ね」
それは陽美も昌教も同意見だ。
「そして最後。当時英雄が使っていた部屋の机を調べたら、一枚のメモが見つかったの」
「一枚のメモ?」
「そう。「今の自分の気持ちに相応しいこの花言葉を持つ花に、アレを埋めた。その花言葉は恋と呪い」と」
「恋と呪い?」
怪訝そうな声を出す陽美。
「うん。そう書いてある」
「……分かった」
「以上だね。もしも、行方不明のなっている旦那様――東条
「……分かった。有難う節姉さん」
「有難うございます」
「良いよ。それじゃ、私はまた捜査に戻るから」
と節子との通話が切れた。
二
陽美は通話の切れたスマホを握りしめながら呆然としていた。
それは、昌教も瑠奈も同じだった。
これまでの被害者のつながりが分かっただけでなく、隼人の過去を――負の過去を知る事になったのだから。
今の三人は、いきなり借金を背負わされたような気持になっている。
「まさか……こんなことだなんて……」
と最初に口を開いたのは、瑠奈だった。
意識が飛びかけた昌教と陽美も、やっとのことで頷いた。いや、頷くだけで精一杯だった。
「あ……そう言えば、最後のあのメモに書かれた内容。あれは……」
「あ、うん。今の自分に相応しいこの花言葉を持つ花に、アレを埋めた。その花言葉は恋の呪い、だったわね」
「ああ。この花言葉を持つ花、か……」
昌教は首を傾げる。
「う~ん……。一体どれなのだろう?」
昌教は花にはあまり詳しくない。
花言葉になると、尚更だ。
「あたしも……あんまり詳しくないのよ……」
と陽美もお手上げ状態。
すると瑠奈が、
「黒百合……」
とそれを見ながら呟いた。
『え?』
昌教と陽美が同時に瑠奈を見る。
「以前、黄泉の世界が平和な時に、彼岸へ行く魂の中に、花言葉に詳しい人がいました。その方は、「私が彼岸へ行く時は、私の誕生花である黒百合を最後に手向けて欲しい」と言われました」
「へえ。それで」
「勿論手向けました。最期にポツリと呟いたのが、この花言葉でした」
「成程」
と昌教は首を縦に振って感心する。
「それじゃあ、黒百合のところを探してみましょ」
と陽美が、奥から二列目の黒百合が咲いている辺りの土を触って確かめる。
昌教と瑠奈も加わる。
カツン。
昌教の爪が、何か固いものに当たった。
「! これか……」
昌教が更に掘っていくと、土で汚れたお土産のクッキーの缶が出て来た。
「これに……」
「開けてみよ」
と陽美に言われ、昌教が蓋をパカッと開けると。
『!!』
三人は目を大きく見開いた。
「これが……」
「英雄と蘭が大切にしていた物……なのね」
「では……アレの正体は……」
三人はお互いの顔を見合って頷いて、土を元に戻して、手を洗って昌教の家へ引き上げていった。
三
昌教の部屋にて――
「傷が治った明日――決着を着けに行こう」
「ええ。もうこれ以上、こんな悲劇を生みたくないもの」
「では、明日の夕方。いつもの場所で」
「ああ。頼むよ」
陽美と瑠奈は、一旦昌教と別れて家へ帰っていった。
その二人の後ろ姿は、随分凛としているように昌教には感じた。
(……もう二度とあのような悲劇は起こさせない。必ず……止めねば)
昌教は、手に持っているモノを見つめる。
「もう返すのね」
「ええ。あらかた読みましたので」
「分かったわ。返却有難う。また借りたい時は声かけてね」
「はい」
昌教は、女性の先輩スタッフにあの本の返却手続きをしてもらっていた。
昌教の職場では、返却手続きは、必ず誰か別のスタッフにしてもらうことになっている。一人で返却手続きは出来ないのだ。
「……皇さん。少し眠そうだけど、大丈夫?」
先輩スタッフが、少し心配そうに声をかける。
「あ、はい。大丈夫です」
昌教は少し慌てた声で答える。
「無理しないようにね。それじゃあ、二階の返却お願いしますね」
「分かりました」
昌教は少し引きつった笑みを浮かべて、二階へ上がって行った。
二階へ上がる足取りが、少し重いように見える。
深緑色のワゴン――ブックトラックから、四冊ほど手に取って、ふと止まる。
(……正直言うと、少し怖い。一体そこには何が待っているのか。どのような結末になるのか……)
昌教の顔からは、僅かながらに恐怖が滲み出ている。
(だが、ここまで来たからには、どんな真実が来ようとも受け止めるつもりだ。……行こう。私が逃げ腰になってどうする)
昌教は一旦本を置いて、あまり音を立てないようにパチパチと頬を軽く叩き、仕事に戻る。
今度の足取りは、重さはあるが、フラフラは無くなっていた。
(……そうだ。今回はアレを持っていくか。私の宝物のアレを)
昌教は強く頷いて、また歩を進めた。
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