第5話 改めての再確認


 一旦現世へ戻った二人は、図書館跡前で話し合っていた。

「では、私のこの傷が治り次第、向かう事にしよう」

「うん。それじゃああたしは、帰って明日節姉さんに聞いてみるね」

 と明日の確認をしていく。

「でも、瑠奈。大丈夫?」

「え?」

 陽美の不安は、昌教も察した。

「ああ。もう、あっちに勘づかれているようだからな」

「……」

 瑠奈の顔に不安が染まる。

「そうだ。一旦あたしの所へおいでよ。今あたし一人暮らしだし、親遠いし、ゴールデンウィークも終わってるから大丈夫よ」

「そうですか。……では、お願いします」

 瑠奈は陽美に会釈する。

「分かった。では、頼むな」

「うん」

「もう、夜も遅いな。今日は引き上げるか。陽美、瑠奈。お休み」

「うん。お休み」

「お休みなさい」

 三人はそれぞれ散っていった。

 もう藍色の上に黒の幕がグラデーションに染まっている。

「……もう休もう」

 昌教は、目を伏せながら図書館跡の方を振り返って、か細い声で言う。


(……。もう五日か。後半分か……)

 自宅に帰ってきた昌教は、非常に疲れた顔で床につく。

「明日は休みで良かった……」

 少し安心した声で言う。

 ボフッと枕に頭を埋める。でも、すぐには眠りの世界には入れなかった。

 それは、

(……私は、無事に隼人たちを元の姿に戻してあげられるだろうか。陽美と瑠奈が協力してくれることは、とても有難い。でも……)

 昌教の口角が更に下を向く。

(私は二人の役に立てているだろうか? あの二人は聡明だ。私がいなくともやっていけるだろう。……私はどうなのだろう?)

 再び目蓋を開けて、先程傷を負った左手の甲を、下弦の月に照らす。

 その左手には、瑠奈が巻いてくれた包帯が、丁寧に巻かれている。

(……分からない。……陽美は、本当に私で良かったのだろうか? 陽美は賢い。美人な方だし、明るい性格で老若男女問わず好かれている。私の両親に会った時も、二人とも陽美に対する印象はとても良かった。「こんなに素敵な人を婚約者にするなんて、昌教は幸せ者ね」なんて母さんから言われた。そりゃあ、私だって奇跡と思った)

 一旦深呼吸して、

(……一体何故なのだろう?)

 と心の内に吐露していく。でも、

「……いいや。もう、寝よう」

 と埒が明かないと考え、再び目蓋を閉じて、眠りにつくことにした。

 あまりスッキリしない顔で。



 深更――

 昌教は夢を見ている。

 夢を見ていると分かったのは、今いる場所がはっきりとしないからだ。

 何て言えば良いだろう。景色がはっきりしないのは、黄泉の世界と同じなのだが、決定的に違うのは、色が付いていることだ。

 今いるこの背景は――これも何と例えたら良いだろう。

 言うなら、パステルカラーの絵具が水鉄砲で塗られたような、そんな感じだ。

 それ以外は何も無い。黄泉の世界でもある扉さえも、だ。

 そして誰もいない。誰の声も聞こえない。

 昌教はひとまず歩くことにする。何もしないよりは、不安は少しくらいは和らぐ、と思ったからだ。

 足も床というか地面の感触がまるでしない。

 それでも歩き続けると、急に昌教の歩が止まる。

「これは……」

 そこには、昌教の約倍はあるだろう細長い板のようなものが、ドンとそびえ立っている。

 昌教は首を上げられるだけ上げて、その板を見てみる。

 その板を見て、真っ先に目に飛び込んだのは、真っ赤なマントと金色の玉座だ。

「これは……もしかして」

 その真っ赤なマントのさらに上にあるだろう首を見てみると、五十代くらいの白いひげをたくわえた男性の首がある。

「間違いない。この絵は『皇帝エンペラー』のカードだ」

 毎日タロットの本と睨めっこしている昌教は、すぐにそれだと分かった。

「でも、何で皇帝のカードがここに……?」

 昌教は冷や汗をかきながら、しげしげとカードを眺めている。

 すると、カードが突然内側から、黒く妖しく輝く光が放たれる。

「!?」

 昌教は思わず腕で目を塞ぐ。

 今度はカードの隙間が、本のように横開きに開いた。

 中から現れたものを見て、昌教はまたもや、目を蜜柑の皮のようにひん剥いた。

「!!」

 何とそれが自分だったから。

 いや、昌教でもない。その者は、左目の横にホクロがあったから。因みに昌教にはホクロは無い。

 その者も、しっかりと色はある。肌や目も。

 その者は、無表情で昌教と対面している。

「……」

 昌教は硬直している。

「……」

 その者も何も喋らない。まるで石膏像のように。

「あの……」

 重い口を開いて、昌教はその者に声をかける。

「……」

「貴方は……何者?」

「――」

 すると、その者の目の奥に悲しみが籠る。

「え?」

「貴方は……今、幸せ、か?」

 その言葉にビックリした昌教は、ガバッと体を起こす。

「……夢、か……」

 夢の引継ぎのように冷や汗を全身にかきながら。

 荒い呼吸をしながら、ベッド脇の正方形の台に置いてある目覚まし時計を見てみると、時刻は午前六時五分前。

 空も朝陽が昇ってきたようで、カーテン越しだが、壁が明るくなっている。

「……何だったんだ、あれは……」

 昌教は指を額に当てて、首を左右に振る。

「はあ……。今日はシフトが入っていなくて良かった……」

 心の底から安堵した声で、息を吐くように呟いた。

 その後は、喉の渇きをベッド横の台に置いてある五百ミリリットルのペットボトルのミネラルウォーターに手を伸ばす。

 まだ四分の三ほど残っていたので、ペットボトルの半分くらいまで飲む。

「ふう……」

 コトンとペットボトルを台に置いて、再びボフリと枕に頭を埋める。

「……貴方は今、幸せか、か……」

 昌教は、先程夢の中の人物が言っていた言葉を言い返す。

(……どうだろう。環境面では、別に困ってはいない。借金は抱えていないし、家族とも不仲ではない)

 今までのことを、目を瞑りながら振り返る。

(人間関係は……職場の人達は皆気さくで良い人ばかりだ。陽美や隼人は……)

 二人の事になると、眉間に微かだが皺が寄る。

(……分からない。二人が私の事をどう思っているかは。……どうなのだろうか?)

 昌教はこれ以上考えても埒が明かないと思い、重くなった体をゆっくりと起こす。


 簡単な身支度を済ませて、トーストと目玉焼きとヨーグルトを食べた後、昨日見つけたタロットカードを手帳から取り出す。

「えっと、確か『隠者ハーミット』の逆位置と『吊るされた男ハングドマン』の逆位置、だったな」

 例の借りた本で調べていく。

「まずは『隠者ハーミット』だな」

 昌教はそれのページをめくっていき、指でなぞる。

「えっと、意味は……心を閉ざす、疑心暗鬼」

 昌教はメモを取っていく。

「次は『吊るされた男ハングドマン』だな。これは……苦痛、悪化、受け入れがたい現実、か」

 昌教はペンを走らせて書いていくと、途端に表情が曇る。

「東条英雄のことと合わせると……、もしかすると、これは……英雄本人というよりは、英雄に関わる人が置いているのでは……」

 だが、それが何者なのかは、まだ確信にまでは至れない。該当しそうな人には心当たりが出来たくらいだ。

 昌教が腕を組んで考えていると、突然、ムームーと静かな機械音が鳴った。

「ん?」

 昌教がスマホを手に取って画面を見ると、

「!」

 画面には陽美の名前が。

 昌教はのろのろと指を動かしてメッセージを開く。

『昌教君、おはよう。さっき節姉さんから連絡が来てね』

「連絡?」

『うん。詳しい事を話したいと思うの。今日の昼、昌教君の家で話したいんだけど、良いかな? 瑠奈も連れて』

「……」

 昌教は少し震える指で

『ああ。分かった。では、また』

 と返信して、スマホを少し遠くに置いた。

 昌教は両手を額に当てて首を伏せる。



「こんにちは、昌教君」

「こんにちは」

 昼の一時過ぎ、陽美と瑠奈がやって来た。

 今日は陽美は前からこの日に有給休暇を取っていたので、私服のクリーム色の膝までの長さの長袖のチュニックに黒の十分丈のレギンスで来た。

 瑠奈は変わらず黒のロングワンピースだ。

「あ、ああ。こんにちは。どうぞ」

 昌教は目を外の方へ向けて、二人を中へと通す。

 三人が昌教の部屋へ入って、昌教は冷たい麦茶を二人に出す。

「有難う」

「有難うございます」

 二人は、まるで双子のように麦茶を二口すする。

「さて」

 と陽美がグラスを置いて、

「あたし達がここへ来たのは」

「これまでのおさらい、か?」

「流石昌教君。察しが良いわね」

「そうか」

 陽美は昌教を褒める。だが、昌教は少し固い笑顔にだ。

「それでは、まず分かっていることから振り返りますか?」

 瑠奈が進めてくれる。

「ああ。まず私達が今回の事件に関わったきっかけは、隼人が蝋人形化したことだ」

「ええ。そう言えば隼人さんの体はどうしてるの?」

「あの時は、隼人の部屋に置いたままにして、会社を調べた日の翌日に拓真さんに事情を話したら、急いで隼人の体を預かって下さったよ。今は、隼人の実家にある」

「そっか。確かにあそこに置いたままだと、後々大変だもんね」

「ああ」

「そこから私と昌教さんが出会いましたね」

「ああ。そこで私は初めて黄泉の世界へ行った。そしてグリム・エンペラーとも。ただ、直接会ってはいない。声だけだが」

「そうですね。最初は昌教さんと隼人さんが通っていた菫高校へ来ましたね」

「そう。そこで、私は最初の隼人の心のオーヴを見つけた。それと同時に見つけたのが、正位置の『タワー』と逆位置の『戦車チャリオット』のカードだ」

「その意味は?」

「今ならこう思う。英雄さんの自殺によるものが失望や負傷。恐らくだが、英雄さんの家族なのだろう人が、利己主義と怒りをぶつけたのだろう」

 と昌教は、自分の予想を述べていく。

「成程ね」

「そう言えば、隼人さんを助けるには、『愚者フール』が持つ黄泉の秘薬が必要とも言っていましたね」

 昌教は頷く。

「その『愚者フール』とやらについての手掛かりはどうなの?」

「今の所零だ」

「そっか。まだまだ探る必要があるわね」

「そして今までの犠牲者は」

 と瑠奈。

「ええ。隼人さんに蘭。後は隼人さんの会社の先輩の神田さんと花村さん。後ね、今朝節姉さんから電話があってね」

 と陽美が言う。

「また新たな犠牲者が出たのか?」

「ええ。今度は高島慎太郎たかしましんたろうさん。五十一歳。中学の数学教師なんだって。今は隣の市の中学校にいるんだけど、どうやら隼人さんが中学時代に、隼人さんが通っていた所に勤めていたそうなの」

「隼人の中学時代の先生か……」

「そうなの。一応、その人の事も聞いたんだけどね……」

 陽美が節子に聞いたのはこうだった。


 昌教の家へ来る二時間前だった。

 その時、陽美は自分の部屋を掃除していた。

 この頃税理士としての仕事の忙しさがピークだったものなので、ろくにじっくりと掃除をする余裕が無かった。

「陽美さん。良かったら手伝います」

 と、大変そうな陽美を見て、瑠奈も家具や机の雑巾がけを手伝ってくれた。

「有難う瑠奈。ここ最近忙しくって」

「構いません。居候させていただいている身ですから」

 と段々暑くなってきている部屋の空気を浴びながら、掃除を続ける。

 もう少ししたら梅雨に入る前の空気は、何処となく暑い。夏に入る前の前座みたいな暑さと言って良いだろう。

 そんな空気が肌に当たっているから、陽美と瑠奈の髪の生え際からは、ふつふつと汗が伝って来た。

 流石にエアコンを入れるのはまだ早いので、代わりに扇風機を点けている。

 十時ごろから始めて、約一時間が経って、

「ふう。こんなものね」

 陽美が腕で額に湧いた汗を拭う。

 瑠奈もふう、と吹くように息を吐く。

 二人が磨いた陽美の部屋は、何処となく空気に含まれる光が二割程増したようだ。

「やっと綺麗になったわ。瑠奈、有難う。ホントに」

「いいえ」

 瑠奈は腰まである長い髪を、ポニーテールにしてアイスコーヒーを持って来てくれた。

「あ、有難う! 喉乾いてたのよ」

 と陽美がアイスコーヒーに手を伸ばして、スマホを手に取ったその時。

 ピリリリ。

 と電話のコール音が鳴る。

「誰でしょう?」

「うーんと、あ、節姉さんだわ」

 陽美はスマホを押して、

「もしもし」

「あ、陽美」

 少し疲れたような声で節子の声が返ってくる。

「うん。どうしたの?」

「……。実はまた新たな犠牲者が出たのよ」

「えぇ!?」

 陽美はぎょっとする。瑠奈も、何だ、と思ってすぐ傍に寄る。

「被害者は高島慎太郎さん。五十一歳。隣の市の中学校の数学教師よ。昨日の夕方、その人水泳部の顧問をしているんだけど、昨日部活があるのに来ていない生徒さん達が不審に思って、代表で部長と副部長の子が被害者のマンションまで行ったの」

「うんうん」

「そこで蝋人形化していた被害者を見つけたってわけ」

「成程ね」

(あの……。その方、ご家族は?)

 と瑠奈が耳打ちで聞いてみる。

「あ、成程」と言った顔をする。

「そうだ。その人ご家族さんはいるの?」

「えっと、奥様は一昨年亡くなられているね。子供は息子さんが二人いて、どちらも県外で仕事している。だから、今一人暮らしだそうよ」

「そうなんだ」

「それと……」

 節子が少し歯切れが悪そうにする。

「どうしたの?」

「実はこれ、この件で気付いて改めて捜査した時にね、どうやら被害者にはある共通点があったんだ」

「え!? それって何?」

「被害者の傍には――タロットカードの『皇帝エンペラー』のカードが置かれているのよ」

「な、何ですって!」

 陽美の顔が、蛇に睨まれた蛙のようになる。

「これは、部長をやってる子が見つけたんだけどね。その時、私の同僚が思い出したように、今までのこの事件の現場写真を見直したんだ。そうしたらあったんだよ。今までの現場にも。『皇帝エンペラー』のカードが」

「そ、そんな……」

 陽美は新たな発見に、いきなり百万円の指輪をもらったかのような顔で固まる。

(陽美さん)

 瑠奈はそんな陽美の目の前で手をヒラヒラする。

 それに我に返った陽美は、

「ど、どうしたの陽美?」

「あ、ううん。ゴメン。急だったから」

「そう……。それじゃまた私は仕事に戻る。また何かあったら連絡するね」

「うん。有難う」

 と通話を切った。

 その直後、大手のプレゼンを終えたような感覚で、陽美の身体全体からどっと疲れが湧いてきた。

「……ふう」

「大丈夫ですか?」

「う、うん。何とか」

「このこと、昌教さんにも報告した方がよろしいですね」

「ええ」

 陽美は、今節子から聞いた情報をメモ取っていく。陽美の字は、滑らかだが割と大きめの字だ。

「よし。兎に角、昌教君に電話よ」

 と昌教に電話をかけた。


 こういうことだ。

「そうか……」

 昌教もまるで幽霊に会ったかのような顔をして、先程までの二人の話を聴き終える。

「そう言えば……」

 昌教がふとあることを思い出した。

「あの時は隼人に目が行っていて、忘れていたのだが、隼人の枕元にあったのも……『皇帝エンペラー』のカードだった……」

「え!? ホントなの?」

「ああ。すまない。あの時は隼人に集中していたから」

 母親に叱責された子供のような顔で詫びる昌教。

「……」

 陽美が、いつもと様子が違う昌教に少し疑問を抱いた。

「どうしたの昌教君。何だからしくないわよ」

「――! そ、そうか?」

「……何か思う事があるの?」

「……」

 ずいっと顔を寄せる陽美の顔を、後ろめたさの所為か、いつもと違って見られない。

「昌教君!」

「――!」

 昌教は観念し、深呼吸をし、陽美の方を向き、

「……分かった。まずは結論から言う。陽美、私は――君の元にいて……相応しいだろうか?」

「え?」



「私はずっと悩んでいた。私達は大学の時に知り合って、そこから付き合って、もう少しで結婚することにはなっている。だが、私はずっと思っていた。君のような子が、何故こんな平凡な私を選んだのか、と」

 陽美と瑠奈は昌教の言葉に、黙って傾聴する。

「私は怖かった。臆病だったのだ。このことを打ち明けて、君にどんな反応を返されるのかを想像すると、怖くなって言えなかった……」

 陽美と瑠奈の目だけが少し悲し気になる。

「実は、昨夜夢を見たのだ。『皇帝エンペラー』のカードから、私に似た男が現れて、私にこう言った。「貴方は今、幸せか?」と」

「――」

「夢を見る前にも思ったのだ。君や隼人、そして瑠奈が、私の事をどう思っているのかをずっと思っていた……」

 息を吐ききるように、思っていたことを全て吐露する。

「……」

 陽美は目を瞑って黙り、一分後、

「ねえ、昌教君。これ、覚えてるかな?」

 と陽美は一枚の写真を取り出す。

 そこに映っているのは、今の体型からは想像もつかないくらい二回りほど横に大きい陽美の姿だった。

「ああ。これは……出会って間もない時の、だな」

「これ、陽美さんですか?」

「そうよ。実はその時のあたし、ちょっと外見では分からないけど、内臓にちょっと、いや、結構キツイ病気を抱えてたのよ」

「後で聞いたのだが、あれは飲んでいた薬の副作用だったな」

「うん。高校生の時にその病気にかかってね。薬を飲んでからは、副作用でみるみる太っていって、周りの男たちは勿論、女の子も、少数の子を除いては気味悪がられて敬遠されてしまったの。あの時は、仕方ないとはいえ地獄だったわ」

 陽美が、当時を思い出して苦々しそうに言う。

「大学行ってからもだったわ。でも、周りが気味悪がる中、高校からの友達を除けば唯一普通に接してくれたのが、昌教君だったの」

「ああ……。私は大学で初めて会ったから……。それに、元々容姿にこだわるタイプでは無かったからな。私はあくまでその個人の内面を見て判断するタイプだからな」

「うん。それもあるけど、昌教君の事を本気で好きになったきっかけは、二回あるの。一回目は、大学一年の秋に、脳貧血を起こして立てなくなったことがあったの」

「ああ。誰もいない教室でうずくまっていて、何だろう、と思ったら、冷や汗かいて考える人のように震えていたから、救急車を呼んだあの時か」

「そう。それが一つ目」

「幸い、酷い病気でなくて安心した」

「二つ目は?」

 と瑠奈。

「大学二年になってから、やっとその病気も治って、薬も飲む必要が無くなったの」

 すると、陽美の目が少し鋭くなって、

「ところが、薬を止めて元の体型に戻った途端、今まで無視していた男たちが一斉にあたしに言い寄って来たの。本当に嫌だったわ」

 その後、元に戻った目つきで昌教を見て、

「でも、昌教君だけは、変わらず接してくれたの。それで昌教君に一目惚れして、ってわけ」

「ああ……。そう、だったな……」

 昌教も思い返して、あの時の状況が脳裏に浮かび、赤くなる。

「へえ……。そんな出会いだったんですね」

 瑠奈が純文学小説を読んだ後のような関心をする。

「そ。分かった昌教君。あたしは貴方無しではいられない。あたしが結婚を考えられるのは――昌教君しかいないの!」

「――!!」

 昌教は目を蜜柑のように剥いて固まった。だが、すぐに、

「そ、そうか……。有難う……」

 昌教はうつむきつつも、必死に言葉を紡ぐことが出来た。

 いつもは冷静な昌教の、珍しい一枚が見られた、とにやにやする陽美。

「おめでとうございます」と瑠奈は小さいながらも、はっきりした音で拍手を送る。

「私も昌教さんや陽美さんと出会えて良かったです。私一人でしたら、ずっと黄泉の世界を救えず、私も消えてしまっていたと思いますから……」

「そうか……」

 瑠奈の言葉に、昌教は柔らかな笑みを浮かべた。

 陽美が瑠奈の頭を撫でると、一瞬首に下げてあるペンダントがきらりと光る。

 それに気づいた瑠奈は、

「陽美さん。そのペンダントは?」

「ああこれ?」

 と朱色の楕円形の石がついた金色の細かいチェーンのペンダントを手に取り、

「例の病気になった時に、お父さんとお母さんが買ってくれたペンダントよ。これを付けていると、不思議と心が落ち着くの。あの頃からの私の大切な宝物なの。この朱色が太陽を思わせて、心が温かくなるの」

 と両手で優しく握る。

「そうですか……」

 と探偵のような目でペンダントを見る瑠奈。



「話の途中、すまないが、話の続きに戻そうか」

 と昌教が言う。

「あ、そうね。えっと、何処まで話したっけ?」

「新しい被害者のことを話したところでした」

「あ、そうだったわね」

「では、次は――隼人の心のオーヴのことだが」

「えっと、今まで二つ見つけたわね」

「ああ。中学から高校にかけての過去が映った。何かを知って随分罪悪感を抱いていた」

「あの紫苑中学で見つけた名前、東条英雄さんね」

「その人が隼人さんとどんな関係があるのかは、今の所は確信までは掴めてはいません」

「そうだな。その中学で見た黒い影だが……これは私の勘なのだが、あれが……東条英雄なのではないか、と」

 昌教が緊張した面持ちで言う。

『え!?』

 陽美と瑠奈は口を開いて驚く。だが、彼の言葉に否定しなかった。

 二人も薄々あの黒い影の正体で最も濃厚なのが、東条英雄だと思ったからだ。

「東条英雄さん……。彼、十二年前に亡くなっていますよね」

 と瑠奈が言う。

「ああ。……東条家。調べる必要がありそうだな」

「オーケー。節姉さんにも伝えるわ」

「そして、被害者の傍には必ず『皇帝エンペラー』のカードが置かれている事だ」

「これは、間違いなくグリム・エンペラーの仕業です」

 と瑠奈は断定する。

「そうだな。わざわざ名乗っているようなものだ」

「今まで見つけたタロットカードは」

「まずは逆位置の『戦車チャリオット』と正位置の『タワー』だ。これも私の想像なのだが、まず逆位置の『戦車チャリオット』。これは後から思ったのだが、東条英雄の事に関する怒り。正位置の『タワー』は、東条英雄のことに関する事ではないか、と」

「うん」

「次に見つけたのが、逆位置の『悪魔デビル』だ」

 昌教が指さしたそれは、陽美は首を傾げながら、

「ねえ。これって、隼人さんのことを指してるんじゃないかしら?」

 と陽美もそのカードを指さす。

「え?」

「これも、あたしの想像なんだけどさ、もしかして隼人さん、東条英雄と何かトラブルがあったんじゃないかしらって」

「う~ん……。ありうるな。隼人のお父さんの拓真さんの日記や、紫苑中学で見つけた日記から想像するに、陽美の考えは間違っていないだろうな」

「そして昨日見つけたのは、逆位置の『隠者ハーミット』と『吊るされた男ハングドマン』だ」

「これは、どうだったの?」

「ああ。やはり、隼人と東条英雄は何らかの因縁があったことが、この『隠者ハーミット』で明らかになった。『吊るされた男ハングドマン』に関しては、グリム・エンペラーの間接的なメッセージだと思う」

「あたしもそう思うわ」

「私もです」

 三人は文机に並べられた五枚のタロットカードと睨めっこする。

 すると、陽美がハッとする。

「あ、そう言えば。紫苑中学で見つけた東条英雄の日記に、蘭との思い出の場所にある物を埋めたって書いてあったわよね」

 昌教もハッとする。

「ああ。そう言えば、忘れてた。それ……濃厚な手掛かりになるかもしれない。だが……蘭さんが人形化してしまった以上、それが何処なのかが分からない……」

「それは安心して。蘭からは直接教えてもらってはいないんだけど、大学三年の時に、一度蘭の後をついていって行った事があるのよ。蘭は気づいていないけどね」

「い、いつの間に……」

「へへへ」

(相変わらずちゃっかりしているな)

 と婚約者に軽い溜息をつきながら、

「では、すぐに行くか。そこへ」

「ええ。まだ扉が開くまでは時間があるわ。それに、ここからはそんなに遠くは無いし」

「では、案内よろしくお願いします」

「ええ」

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