第4話 瑠奈の正体

 一


 翌日――火曜の昼。

 昼休憩中の陽美は、休憩用の控室で、同じく昼休憩だろう従姉――真島節子まじませつこに電話をかける。

 寝ぼけ眼で。

 トゥルルル……。トゥルルル……。

 ガチャ。

 三コール目でかかった音がする。

「もしもし」

 休憩中の為か、少し抑えた声で電話の主、節子が出る。

 真島節子――

 刑事部の捜査一課に所属している刑事だ。階級は巡査部長。今年で三十歳。

 髪型以外は陽美と似ている。髪型はショートボブだ。

「あ、節姉せつねえさん。今いいかしら?」

 陽美も節子に合わせて声を抑える。因みに今は控室にいるのは陽美一人なので、特に誰かに聞かれる心配は無いが。それでも念の為だ。

「あれ、陽美? どうしたのさ」

「あのね。ちょっと聞きたい事があるんだけどね」

「うん」

「昨日蝋人形化した事件があったでしょ?」

「ああ、あれね。昨日だけじゃないね。ここ最近、その事件が第一優先に回っているのよ。特にあたしが所属しているトコでは」

「その被害者の人達のことについて教えて欲しいんだけど」

「どうして?」

 節子の声が少し強張る。

 職業柄、あまり個人的な事を話すのを躊躇っているからだろう。

「ちょっと……気になったのよ。あたしの婚約者の友達やあたし自身の友達もその犠牲者らしくて。……それで」

「ふーん……。……まあ、いいわ。従妹に免じて特別よ」

「ホント? 有難う!」

「ちょっとファイルを調べて、改めて固定電話からかけるわ。また連絡するよ」

「うん」

 陽美は節子が電話を切ってから、通話を切った。



 その頃昌教は――

「ふう。眠い……」

 彼の職場では、シフトに入っていれば土日でも行く事になっている。まあ、今は火曜だが。

 図書館は、大体は月曜日が休館になっていることが多い。

 それは昌教の職場も例外ではない。

 昌教は、欠伸をしたり、目蓋のカーテンがどんどん下りて来るのを、こすって下りるのを妨げている。

 本来なら、明日に備えてのんびり過ごすことが多い昌教だが、今は親友を元に戻す為、あまりそれが出来ない。

 しかも、睡眠の時間がプライベートの時間や小説を書く時間に少し削られてしまっている。だから、欠伸も絶えなくなっているのだ。

 人に見られていない、かつ、ぶつかっていないのが幸いだ。

「うう、いかんいかん。隼人を助けるまでは気を抜かないようにせねば」

 本を二、三冊棚に戻すと、首をブルブルと激しく横に振る。

(兎に角、仕事が終わったら一旦家に戻って、あのカードの意味を調べるか)

 

 何とか終わらせて、眠さでふらふらになりながらも帰路についた昌教は、例の図書館の本を開いて、手帳に挟んでいた逆位置の『悪魔デビル』を調べることにした。

 手元にミルクと砂糖を入れたコーヒーを置きながら。

「では。逆位置の『悪魔デビル』――浅はかな考えによる行動、一度の過ち、魔が差す、があるな」

 昌教は顎に指を当てて考える。

「浅はかな考え……。魔が差す……。隼人のお父さんである拓真さんの日記から考えると――隼人が中学時代、少なくとも何らかの事件に関わっていたのだろうな。東条英雄という人も」

 昌教は隼人が中学時代に何かがあったことは、確信が持てた。

 だが、まだこれだけでは、過去に何があったのか、まだ具体的には分からない。

 これはあくまで昌教の考えに過ぎない。

「過ち……か」

 ふと昌教は悲しい顔をしながら、まだ湯気が十分じゅうぶん残っているコーヒーをすする。

(私は関係ないのは分かっているのだが……。アイツは……私と出会った時どう思ったのだろうか。一体……)

 だが、すぐに首を横に振る。

(いやいや。今は暗い事を考えている時間は無い。今宵も行かないといけないのに)

 昌教は頬をペチペチと叩いて、マグカップの半分くらい残ったコーヒーを、ずーっと一気に飲み干して、瑠奈に連絡を入れる。

「もしもし、瑠奈。……ああ。今宵も……」



「お待たせ。瑠奈、陽美」

 昌教がパタパタと小走りで二人の元へやって来た。

 場所はもう図書館跡の中の扉の前だ。

「あ、来たね、昌教君」

 陽美が前腕だけ振る。

 瑠奈は軽く会釈する。

「ちょっと寝てた?」

「え?」

「寝癖が……左上に」

 瑠奈が指差したそこは、ちょっとハネている。

「あ……」

 昌教は自分の髪に触れて、それに気づいて少ししゅんとなる。

「良いのよ。別にあたしは気にしないし」

「私も」

「……」

 必死に手櫛で直して、二人の近くまで来る。

「で、では、入る前にまずは情報交換からにするか」

「そうね」

「どんなことが分かりましたか?」

「ああ。私の方は……」

 昌教は例のタロットの位置の意味について二人に話す。

 そして昌教の解釈である、隼人が中学時代に何かがあったことも。

「成程。確かにありうるわね。そうでないと、あのお父さんの日記にもあんなこと書かれないもんね」

「……。それで、陽美さんの方は?」

「うん。あたしの方は……」

 陽美は昨日行った会社の被害者の二人について話した。

 

 それは今日の夕方。

 節子から電話が来た陽美は、すぐに電話に出た。

「もしもし?」

「あ、陽美? 例の被害者二人の事なんだけど」

 声がやや小さい。資料室にいるのだろう。

「うん」

「まずは名前は……これはニュースで見たから知ってるかな?」

「うん。神田歩夢さんと花村達久さんよね」

「そう。まあ、名前は知ってるか。えっと次は……その二人の出身校なんだけど」

「うん」

「確か、その陽美の婚約者さん――昌教さんの友人。確か……隼人さんだったね。彼が通っていた中学の先輩なんだって」

「中学の先輩?」

「そう。高校は別々だったんだけど。まさか隼人さんのお父様が経営している会社に入っていたなんてね」

「それは確かに凄い偶然ね」

「まあ、交友関係はプライベートなことだから、詳しくまでは載ってないけど」

「そっか」

「あ、ちょっと呼び出しかかったから切るね。また進展があったら連絡する」

「うん。よろしくね」

 陽美は通話を切って、節子が言った内容を、自分のリングタイプのメモ帳に書いた。


「って感じよ」

 陽美が夕方取ったメモを二人に見せながら話す。

「中学の先輩か。確かに私は知らないな。もし高校が一緒だったら、既にある程度は把握しているだろうから」

「中学校もこれから出て来るのでしょうか」

「……ありうるな」

「……そうね」

 瑠奈の言葉に、昌教と陽美も少し緊張した顔で頷いた。

「では、行きますか?」

 瑠奈は金色の取っ手を手に取り、三人は三度黄泉の世界へ入って行った。



 次に三人が来た所は、瑠奈の予想が大当たりした。

「マジか……」

「本当に……」

「学校、よね……」

 三人は呆然とした。因みに瑠奈は、羽根だけ羽ばたかせながら固まっていた。

 そう。学校の昇降口だ。最初の時と同じく。

 ただ、今回はその昇降口を、昌教は知らなかった。

 以前来た菫高校の昇降口と比べると、少し古い印象がある。

 何せ下駄箱が木製で、下駄箱の先の廊下も壁も、高校よりも年季が入っているような灰色だからだ。

「何だか学校で木製だと少し古いイメージがあるわね」

「そうですね」

「兎に角、中へ入ってみるか」

 昌教たちは廊下へ上がってみると、正面のこれまた木製の掲示板がかけられている。

 そこには学校名が記載されていた。

紫苑しおん中学校通達』と。

「紫苑中学……?」

「私の出身校ではないな」

「あたしもよ」

「もしかして、隼人さんの出身校でしょうか?」

 瑠奈が掲示板を周って言う。

「だろうな」

 昌教はすんなり納得する。

 では、紫苑中学の昇降口から廊下へ出ると、掲示板の左隣が中庭とグラウンドがひとまとめになっている。

 右側は職員室や校長室。左は空き教室がずらっと並んでいる。

 高校と違って勝手が分からないので、

「どっちから行こうか」

 と昌教が訊く。陽美は右側を見ながら、

「じゃあ校長室から行ってみましょ」

「分かった」

 とまずは右側の廊下の左の扉――校長室へ向かった。

 二人が廊下を歩くと、ギシ、ギシと板を踏む音が鳴る。廊下も木製のようだ。

 扉は校長室だけドアノブが付いているタイプだ。他の扉は高校と同じスライドタイプだが。

 昌教が短剣を握りしめながら、ドアノブをゆっくりと回して、ドアノブと同じくらいゆっくりと入って行く。

『!』

 入った途端、三人は口を開けて驚いた。

 校長室の正面には机と革製の椅子がある。その一式から見て右の漆塗りの書棚の前に、がいた。

 立っていると言えば良いだろう。

 黒い影は、三人に気付くと、慌てたようにふっと霧のように溶けて消えていった。

 その消える刹那、その黒い影は少しだけ人の姿を持った。

 その横顔は、何処か哀しげだった。今にも涙が流れそうなホクロを持った左目で三人を見ながら。

 その横顔は、何処となく昌教に似ていた。

「あ」

 陽美が黒い影に思わず手を伸ばす。

「何なんだ? あれは……」

「瑠奈。もしかして黄泉の亡者なの?」

「……いいえ。あまり禍々しい気は感じられませんでした」

「そう……。じゃあ、あれは……」

「――」

 昌教は目を見開いたまま硬直していた。まるでドッペルゲンガーでも見たかのように。

「ま、昌教君」

 陽美が慌てて、昌教の顔の前で手をヒラヒラする。

 昌教はまだ硬直したままだ。

「昌教さん!」

 珍しく、瑠奈が目覚まし時計のような音量で、昌教の耳元で叫ぶ。

「!」

 漸く硬直から解けた昌教が、ハッとなって陽美と瑠奈を交互に見る。

「あ、ああ。ごめん」

「い、いいの。でも、確かに今のあの顔……」

「はい。あれは……」

「私に、似ていた、が……」

 三人は暫く黒い影がいた所を凝視していたが、

「と、兎に角、留まっても始まらない」

 と昌教は硬直を何とか解いて、漆塗りの棚へ向かった。

 実はこの黒い影が後の重要な鍵になることになるとは、この時点の三人は知る由もなかった。


 漆塗りの棚は、書棚になっている。

 中は、社長室のキャビネットに入っていた分厚いリングファイルと同じくらい分厚いファイルが、書棚全体にきっちり入っている。

 昌教が右端に置いてある一冊を手に取る。

 中身は、この中学校の卒業生の連絡先が書かれている。勿論、年度別にきっちりと記載されている。

 昌教は、迷わず隼人が卒業した十二年前の欄を開く。

 確かに隼人の名前は載っていた。連絡先は実家の方の連絡先になっている。

 当時は勿論実家暮らしだったのを、昌教は知っている。

 そして東条英雄の名前もあった。

 だが、

「あら? これ、死亡って書いてるわ。それも十一月に」

「亡くなっていたのか。……あの心のオーヴに映った「何故あんなことを」と言った事と関係があるのかもな」

 昌教の表情は、まるで素行調査中の探偵のようだ。

「折角ですし、他の所も調べてみますか?」

「そうね。まだ手掛かりはあるかもね」

 三人は、一旦校長室を後にして別の場所へ行く事にした。

「何処へ行こうかしら?」

「昌教さん。隼人さんが三年の時、在籍していたクラスは何処ですか?」

 瑠奈が訊く。

「確か……あの名簿には三年三組と書かれていたな」

「それじゃあ、そこへ行ってみない?」

「ああ」

 三人は、ひとまず三年三組を目指す事にする。

 校長室と職員室の間に掲示板が掛かっている。そこに校内の案内図が貼られている。

「えっと、今あたし達がいるのは、一階のここね。三年三組は……」

「ここです。二階の西側にあるみたいです」

 瑠奈がそよそよと目的の場所を指す。

「よし」

「三年の教室の二組と三組の間に階段があるな。そこから行こう」

 と昌教は、陽美と瑠奈を促す。

 三人が向かっていったその背後から、例の黒い影が三人を見つめていた。

 その顔は、やはり何処となく昌教に似ていた。

「彼らなら……もしかして……」

 薄い唇から、これまたすぐにでも切れそうな糸のようなか細い声で呟いた。

 その目からは、変わらず涙が出そうだ。



 昌教と陽美は、ギシギシと板の鳴る音を耳にしながら階段を上っていく。

 普段ならあまり気にならないこの木の鳴る音も、この黄泉の世界の中では不気味に感じる。

 まるで、夜の学校みたいに。でも、夜の学校とは違い、警備員や肝試し目的の若者は一切いない。いるのは、いつ現れるか分からない黄泉の亡者だけだ。

 二人はふと疑問に思った事がある。

 それは――瑠奈のことだ。

 ここまで自分達のことに協力してくれる頼もしい存在だが、それでも謎が多い。

 彼女は一体何者なのか? 何故ここまで協力してくれるのか? 何故この世界に詳しいのか? 未だに分からない。

 でも、二人は今すぐには彼女に追及しなかった。

 いずれ分かるだろうと、そう思っているからだ。それに、問い詰めるようなことは二人は好きじゃないからだ。

 兎に角、まずはこの謎を解くことを最優先に考える。


 ランタンで辺りを照らしながら進んでいく。三組の目の前までやって来たその時、

 ガターン!!

 と何かが倒れたような音が、後ろから響く。

「!」

「な、何、今の音!?」

 陽美の甲高い声が、異世界の校舎に響き渡る。

「陽美。シッ」

 昌教が自分の人差し指を、陽美のベージュ色の艶のある唇に当てる。

 陽美は気づいて、目で「ゴメン」と謝る。

「後ろの方……から聞こえましたね」

 三人は一旦三組から離れて、音のした方へ行く事にした。

 教室の扉の窓を、ランタンで照らしながら確認していく。ここの窓は透明で、中が分かるタイプの窓だ。

 一組の教室を照らすと、三人が何かに気付いた。

 ガララ、とスライドドアを開けて入ってみると、机と椅子の一式が一つ、人で言うなら俯せに倒れていた。

 倒れている一式は――ここの教室全体は、教壇を軸にして五つの列で成り立っている。

 件の一式は、窓側から見て二列目の一番後ろだ。

「これが倒れた音だったの?」

 陽美がランタンで一式を照らす。

「風も無いのに、どうやって……」

 昌教も同じ様に照らしていると、

「ん?」

 昌教が何かに気付く。

「これは……」

 そこにあったのは、倒れた時に弾みで出て来ただろう一冊のノートだ。

 製本テープで固定しているタイプのA4サイズのノートだ。表面がところどころ灰色の明度が暗くなっている。

「誰の、それ?」

「それが、名前が書かれていないんだ」

 昌教が表紙を表裏見せるが、真っ白だ。

「内容は……」

 昌教はノートを開いて読んでみた。



 ここも全ての内容を読んでいるとキリが無いので、要点だけ纏めて載せるとしよう。

 もうこの世に未練は何もない。

 両親の事だけは確かに気がかりだが、聡明な親なら、自分のこのことを分かってくれるだろう。そう信じている。

 あんな奴らとこれから先、同じ世界、空間にいるくらいなら、もういっそ……。

 でも、せめてある物――自分の宝物としているアレだけは、あそこに入れておこう。

 幼い頃、秘かに見つけた自分と蘭だけの秘密の場所へ。


 とこんな感じだ。

「ん? これって」

 昌教がノートの最後の裏表紙の裏側に、小さく名前が書いてあった。

「『東条……英雄』……」

 そう呟いた昌教の指が微かに震えていた。

「え? 東条……英雄って、あの隼人さんのお父さんの日記に書いてあった、あの」

「ああ。これを見る限り、彼の死因は自殺の様だな」

「みたいね。それにしても」

 陽美が昌教からノートを取って、ある欄を見返す。

「蘭って……もしかして佐々木蘭のことかしら?」

「ああ。君の高校時代からの親友の」

「うん。ほら、言ったでしょ? 親友が蝋人形化されたって」

「ああ。そうだったな」

「あの。佐々木蘭さんって?」

「ああ。瑠奈には話してなかったわね。佐々木蘭――あたしと同い年で、看護師をしているの。蘭とは大学から知り合ったんだけどね」

「英雄さんのことは何も聞いていませんか?」

「ゴメンね。彼の事になると、あの子暗くなって話をしなくなるから」

「そうですか」

 陽美の目が少しだけ曇る。

「……ん?」

 昌教が倒れている机の引き出しを起こそうとしていると、ある物に気付いた。

「何だこれは?」

「どうしたの?」

「これ……コピー用紙みたいだ」

 昌教が取り出して見せたものは、四つ折りにしたコピー用紙だ。

 だが、ノートと比べると、これはまだ新しい。最近書かれたものなのだろう。

 昌教が開いて見てみると、

「あの蝶は一体何処へ行ったのだろう? 父が言うには、止めを刺し損ねてしまった、と忌々しそうに呟いた。あの娘が持っている例の物は、ある儀式で必要な物なのだ。必ず探して見せる、と父はまるで野心家の社長のような顔でそう言った。あんな父の顔は見たこと無い。何だか怖い……」

 昌教がノートの時よりも目を見開いて、コピー用紙の内容を読み上げる。

 すると、瑠奈の体が縮みこまって、触覚が体を一周するように丸めだす。

「ど、どうしたの瑠奈?」

「……まさか、君……グリム・エンペラーを知っているのか……?」

「必死に逃げていたので、はっきりと顔は見ていないのですが……」

「そっか」

「……」

 瑠奈は少し震えながらも、触覚を広げながら、

「昌教さん。陽美さん。……全て、お話します」

 昌教と陽美は同時に瑠奈の方を見る。

「私は……現世の人間ではありません」

『え』

 昌教と陽美は驚いた。が、薄々感づいていたので、そこまで大げさに驚きはしなかった。

「私は、この黄泉の世界の守護精霊なのです。長年この世界の平穏と安寧を護っていました。あの時までは、この世界も穏やかでした。ところが一月前、グリム・エンペラーなる者が現れたのです」

 瑠奈の目の奥から、怒りの色が微かに滲み出る。

「この世界を君に変わって私が護ってやろう。君は速やかに立ち去るがよい、と。私は勿論抵抗しました。ですが、あちらの方が力が強く、私は敗北してしまいました。その後は、何とか追手から逃げ切るのが精いっぱいで」

 瑠奈の体が震えている。

「そうか」

 昌教も、まるで自分のことのように悔しさを声に滲ませる。

 陽美も、

「ホント許せないわ! よし。あたし達で瑠奈を助けてあげるね」

 と胸をドンと叩く。

「有難うございます」

 と瑠奈は体ごと会釈する。



 三人は一組を出て、本来の目的である三組へ改めてやって来た。

 三組は特に異常は無い。一組と同じように不気味なくらいな静けさがあるだけだ。

「ん?」

 昌教が何かに気付いた。廊下側の一番端の席が淡く白く光っている。

「これは……『心のオーヴ』だ!」

 と机の引き出しから、白いトランプのハート型の水晶が出て来た。

 どうやらここが、中学時代の隼人の席のようだ。

 陽美と瑠奈もやって来て、『心のオーヴ』を見ることに。

「これが『心のオーヴ』なのね。結構綺麗じゃない」

 初めて見た陽美は、少しうっとりした目で率直な感想を述べる。

 オーヴは一瞬強く光り出し、そこから隼人を映し出した。

 そこに映る隼人は、顔つきは前回見た時と変わらない。だが、制服は、深緑色のブレザーを羽織っている。

 高校の時は、学ランだったので、中学時代の時と昌教は確信する。

 最初は何てことない、普段知っている顔をしていたが、誰かに声をかけられたのか、首を右に向けた。

 二言、みこと話すと、いきなりジェットコースターのように顔色が途端に青ざめていき、冷や汗をいっぱいかき始めた。

 オーヴの映像はここで終わった。


「何かの知らせを聞いて、驚いたような感じね」

 と陽美は探偵のように考察する。

「前のオーヴの以前の出来事だろうな。高校の時の制服とは違っていたから、卒業はしていなかった時――十一月頃だろうな」

 と昌教が少し暗い目をしながら言う。

 すると瑠奈が、

「! 二人とも、亡者が来ました!」

 とバウンドするように飛ぶ。

『!?』

 二人は瑠奈の声に驚きながらも、すかさず鞘を抜く。

 それと同時に二体の黄泉の亡者が、借金の取り立てのように入って来た。

 亡者はそれぞれに攻撃を仕掛けて来る。今度は鎌になっている。

 昌教と陽美は、必死に防戦していきながら、敵の攻撃の隙を伺う。

「く」

「な、なかなか隙がっ」

 今度の相手は、まるで中級クラスの兵士レベルの強さだ。

 昌教も陽美も、防ぐだけで精一杯になっている。

 亡者達は、体は二人に向いているが、首だけは瑠奈の方に向いている。

 どうやら狙いは瑠奈のようだ。

 それに気づいた二人は、全力で瑠奈を護る。

 すると、

「なっ!」

 昌教の左手の甲を、鎌の鋭い刃が掠めた。

「く……」

 昌教は顔の左側を歪め、左手の甲を押さえる。

「昌教君!」

 陽美が昌教を垣間見た後、更に眉を吊り上げて、

「やったわね!」

 とすかさず亡者の喉仏を突き刺す。

 突き刺された亡者は、またも声の無い断末魔を上げて消えていく。

 昌教も、痛みをこらえつつ、後を追うように、もう一方の亡者の喉仏を突き刺した。

 亡者が消え去ると、一気に緊張の糸が切れたのか、

「つ……」

 傷を負った左手の甲を再び押さえる。左手の甲からは、傷口が赤くなり、そこから血がつーっと垂れる。

 血は流石にモノトーンではなく、しっかりと赤色だ。

「昌教君、大丈夫?」

「ああ。幸い掠り傷だ。ちょっと痛みがあるが」

「ねえ、瑠奈。この傷大丈夫なの?」

 陽美が少し取り乱した感じの声で瑠奈に訊く。

「これくらいでしたら、時が経てば回復します。大体半日くらい、ですね」

「そっか……」

 陽美の顔と声に安堵の色が少し染まる。

「ただ、傷が深ければ深い程、回復に必要な日数もかかります。動けなくなると、黄泉の亡者となってしまいます……」

『――』

 薄々分かってはいたが、改めて言われて二人は生唾を飲み込む。

「あ、あれ? ここに何か貼ってあるわ」

 と陽美が『心のオーヴ』から何かを見つける。

「これ、タロットカードだわ」

「何だって」

 昌教が近寄る。

 陽美が手に持っているカードは二枚。『隠者ハーミット』の逆位置と『吊るされた男ハングドマン』の逆位置だ。

「陽美。これ預かるよ」

「うん。またお願いね。あたしは節姉さんに進展が無いか聞いてみるわ」

「お願い」

「二人とも。そろそろ時間が来ています。傷を治しがてら戻りましょう」

 二人は頷いて、現世へ戻っていった。


「何? 瑠奈らしき者がいた?」

 声が黒い影に向かって言う。

 影は少し震えながら、微かに頷く。

「そうか。どうやら二人の人間と一緒にいるのか。一人は昌教君、だったな。瑠奈が昌教君達に手を貸しているのか。……フフフ、面白い。ならば、いずれここへいざなわせてやろう。大切な人とやらに会わせる為にな」

 声は目を吊り上げ、左側にある牢屋を睨みつける。

 そこには、せめてもの抵抗に、と同じく睨み返す隼人を始めとした犠牲者がいた。

(昌教……。どうか、早く来てくれ……。頼む……)

 昌教の名前を聞いた隼人は、一筋の希望の光となっている親友に必死に祈りを捧げていた。

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