【超短編】ブランクを舐め全てを失った男
茄子色ミヤビ
【超短編】ブランクを舐め全てを失った男
二人の中年が廃校になった高校のグラウンドにいた。
彼らが着ている陸上部のユニフォームは30年以上昔のものだ。
全体的に色褪せ文字の部分はボロボロと剥がれ…なにより着ている本人たちの体型は当時の見る影もないが…二人は丹念に手首を回したり飛び跳ね、アップを続けている。
それはこれから始まる大勝負の準備運動だった。
ちなみにアップだというのに互いに見栄をはり二人の息は相当荒い。
彼らが向かうゴール地点には、これまた見事にまるまると太った中年が旗を持ってあくびをしている。
始まりは三カ月前の高校の同窓会だった。
場所は陸上部OBのミキモトが経営するの居酒屋だった。
ミキモトが「どうせならうち使えよ!値引きはしねぇけどな!」と強引に自分の店に決めさせたのだ。彼の店は横柄な接客態度が原因で順当に客足が落ちていき、随分前から閑古鳥が鳴いており、同窓会だろうがなんだろうが少しでも金を落として欲しかったのだ。同窓会の幹事は後でグチグチ言われるのも面倒だとその提案を承諾した。
そして開催を迎えた同窓会で宴もたけなわというとき…店に入ってきた二人の姿に皆は大いに盛り上がった。
陸上部のWエース、オオタとタナモト。
当時の大スターが二人揃って参加したのだ。
改めて乾杯が行われ、二人を中心に同窓会は一番の盛り上がりを見せたのだが…そこでミキモトが余計な話題を差し込む。
「あれ?国体に怪我して出られなかったのどっちだっけ?」
オオタとタナモトの得意種目は100m走だった。
お互い勝ったり負けたりを繰り返し、国体で決着を付ける予定だったのだが…オオタが怪我をして出場できなくなったのだ。
オオタが手を挙げると「まぁ、怪我も実力のうちだよな」とミキモトがケラケラと笑いながら言った。どうだ?ユーモアがあるだろう?と言わんばかりに。
あぁ昔からこういう人だったなと…参加者全員が思ったが、その後も無事に盛り上がり同窓会は無事に終了。そして店を出て解散となったとき…タナモトが口を開いた。
「やろうぜ100m」
店長のミキモトも続き「お~俺が審判やってやるぜ!」とまたゲラゲラと笑いながらそれに続く。ミキモトも元陸上部であり(彼らのように活躍は出来なかったが)よくゴールの判定員をしていたのだ。中年が急に運動をすれば何が起こるか不安になった皆だったが、向かい合う二人の姿に輝いていたあの頃が重なり…「おう」と頷いたオオタを誰も止めることはしなかった。
二人の勝負を見届けるべく、グラウンドに降りる階段に同級生たちが集まっていた。前日から準備を進めてくれた彼らによって、コースは30年前のように綺麗に整備されていた。
そして観覧者の中心には当時陸上部顧問だった老人がいた。鋭い眼光はすっかりなりを潜めニコニコと笑うその老人は、この試合の開催を聞きつけ強く観覧を希望してきたのだ。
「そろそろ始めっぞ~」
ミキモトが大きな声あげ旗を振りると皆が静まり返り、当時のマネージャーがスターターピストルを持ってスタート位置まで駆け寄った。
あの同窓会からの三カ月。
ちなみに勝負に挑む二人は、たまたま明日が会社の健康診断ということもあり余計に二人とも気合を入れて身体を仕上げてきていた。
そして「よーい」という声が響き
パンッ!
とスタートの合図は鳴らされた。
結局、それは泥仕合になった。
スタートダッシュを得意としていたオオタはつまづき
伸びのある走りをしていたタナモトはみるみる速度が落ちていった。
しかしピストルの音を聞いた瞬間から、試合を見ていた者たち全員にあの頃の記憶が甦っていた。夕焼けと土の匂い…陸上部の後ろで練習する野球部の姿すら鮮やかに甦っている者もさえいた。
そしてゴールフラッグは揚げられた。
お互いがお互いの後ろ姿を見ることなく走り切った100mだった。
地面に座り込んだ二人は真っ青な顔で酸素吸入器を使っている。
そこへ皆が駆け寄り声を掛ける。
その内容はタナモトが国体で三位をとったときよりも興奮に満ちていた。
そして陸上部顧問だった老人がニコニコとミキモトに声を掛ける
「どっちが勝った?」
決して無粋なことではないと全員が思った。
結果に拘るこの先生だったからこそ、二人は強く輝くことができた。
勝負を終えた二人も、この結果がどうであろうと満足だと思っていた。
そしてミキモトの口から結果が告げられる。
「あ、あの…久しぶりっていうか…30年振りの審判で…良く見えなかったっていうか…あの…すんません~」
ミキモトは30年前と変わらず自分の失敗をへらへらと笑いながら謝罪した。
その謝罪を受けた老人は「馬鹿者!」と30年前と変わらない怒声をあげ、この試合の打ち上げ会場の変更を皆が心の中で決めた。
【超短編】ブランクを舐め全てを失った男 茄子色ミヤビ @aosun
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