第14話

「い、今! 猫が喋ったような」

『さっきまで力を失ってて喋れなかったんだけど、少しずつ取り戻して、やっと喋れるまで回復したんだ』

 聞き間違いじゃない。確かに猫の口から聞こえた。驚きあわてる人をよそにレオはまた喋った。


『毛繕い』

 レオが声を発した瞬間、びしょ濡れだったレオンと私の服があっという間に乾いてしまった。


「まるで魔法ね。レオ、あなたいったい何者なの?」

「猫神さまに決まっているでしょう?」 

 ジュリアの問いに答えたのはユリアだった。


「レアキャラの猫神さまに、やっと会えた!」

 ユリアは嬉しそうに目を輝かせ、レオに近づこうとした。それを邪魔するように集まっていた猫たちが間に入った。

 彼女に向かってしゃーっと威嚇している。


「ちょっと! 私は聖女よ? なんでみんな怒るのよお~!」

 ユリアは半泣きで「私はただ、猫が触りたいだけなのに!」と叫んだ。

「ユリアさま、ちょっと落ち着いて……」

 ユリアが泣き叫ぶほどに、猫たちが威嚇をする。一触即発だ。

「もう、ほんとやだ! 王子さまには魅惑が効かないし、猫には嫌われるし、なんなの、このゲーム!」

『これでも僕、レオンを加護しているんだ。君の魅惑は王子には効かないよ』


 レオの言葉にユリアは「加護のせいだったのね」と驚いている。

「げえむってなんだ」と、レオンは眉間に皺を寄せた。


「ゲームも聖女も意味不明だが、猫神さまもよくわからない。加護を受けているはずの俺は、なぜ引っ掻かれ、噛みつかれたんだ?」

 レオンは自分の頭を指さした。


『僕は王家を加護している。だけど、気に入らなければ、引っ掻くのはあたりまえだろ』 

 レオはしっぽを左右にふりながら答えた。


『十年前。レオンは、僕を追い払い、ジュリアを悲しませた。そのことを僕はまだ許していない』

「猫はされたことは忘れないって昔から言うものね」

 ふと猫についての知識を思い出し、零した。


「猫神さま、その節は、申し訳ございませんでした……」

 レオンは素直に謝った。

『そもそも、レオンは僕たち猫への関心が薄い。ジュリアにも冷たい! 僕はそのせいでどんどん力を失って喋れなくなり、仔猫の姿まで退化して衰弱してしまったんだからな』

 

 猫神の、レオンへの怒りは収まらないらしい。耳を後ろに向けてふーっと威嚇している。


「猫神さまを見たのはあのときが初めてで、それ以降見なかったから、信じられなかったんだ。本当にすみませんでした」

 喋る猫に向かって王太子のレオンはただただ平謝り。頭を深く下げた。


「蝗害もそのせい?」

 私はレオの前に跪いて訊いた。


「猫は虫取りの名人。だけど、人の指示に従う生き物じゃない。国内の蝗害を抑えられず、被害が大きくなったのは、猫神さまが力を失っていたから?」


 レオは、ゆっくりと頷いた。

『蝗虫は美味しいんだけど、猫は夜行性だから、蝗虫が活発な昼間は寝ているんだ。僕の声が届けば、王都を出て、狩りに行くこともできたんだろうけど。ごめんね』


 私は首を横に振った。

「猫神さまも猫も悪くない」

 悪いのは人だ。猫神さまを大切にせず、そして、何もしなかった。

 蝗害は、人が起してしまった災厄だった。


「猫神さまについて知識不足だった私たちが悪いんです。ユリアさま」

 傍で泣いていたユリアはいきなり名前を呼ばれ肩を跳ね上げた。


「あなた、猫が好きなのね?」

「そうよ。猫が好き。だから王子に近づいたの」

「猫に、触りたい?」

「ええ、もちろん。両手でもふもふと毛の手触りを確かめてみたいわ!」


 彼女はいき過ぎるところがあるけれど、猫や動物が好きな人に根っからの悪い人はいないはず。

 私は頷いてから、口を開いた。

「さっきから気になっていたんだけど、その匂いもしかしてユリじゃない? それはどこから?」

「ここよ」と、ユリアはスカートのポケットから小さな巾着を取り出し、見せてくれた。

「転移したときに持ってきたの」

「原因はそれね。今すぐ手放しなさい」

 ローリヤに渡すように言うと、「なんで?」と聞き返された。


「ユリは、猫にとって毒です」

 ユリアは今まで一番、目を大きくさせた。


「意外と知られていないけれど、猫にとって毒になる、観葉植物や花の種類は多いの。ユリもその一つで、花や葉には毒の成分があります」


 私はレオを見た。

「レオンさまの誕生日パーティーの夜、レオが会場から逃げ出したのは、ユリの花の匂いに耐えられなくなったから。そうでしょう?」

 レオは大きく頷いた。それを見たユリアは唇をわななかせた。


「私、子どもの頃から親にお守りだって言われて匂い袋を持たされていたの。そういえば、これを持たされるようになったの、捨て猫を拾ってきたあとだったかも。まさか、この匂いで猫が寄りつかなかったなんて……!」

 ショックだったらしく、彼女はすぐにユリの匂い袋をローリヤに手渡した。彼女の傍にいた猫がぱっと放れる。


「まだ、匂いが染みついているかも知れないけど、でもこれで猫に触れるようになると思います」

「匂い……ちょっと待って」

 レオンがズボンのポケットから何かを取り出すと、ユリアに差し出した。

「小枝?」

 ユリアが首を傾げる。

「猫が好きなマタタビだ。さっき一度、塩水に浸かっちゃったけど……」

「マタタビ? 猫さんが興味を持つはずよ。猫は大きな音や、知らない物を嫌がるの。初対面のときは警戒しやすいから、ゆっくりと近づいてみて」


 ユリアは頷くと、レオンから受け取った。縞柄の猫がさっそくマタタビに興味を持ったようで鼻を近づけてきた。


「ユリアさまその調子。顔に手を持って行くと怖がられるから、背中や腰にそっと触れてみると良いわよ」


 アドバイスをすると彼女は言われたとおりに猫の腰に静かに手を伸ばした。猫は一瞬振り返ったが、威嚇することはなかった。


「さ、触れた……!」

 ユリアは声を抑えつつも破顔した。

 家族にアレルギー持ちがいて、ユリアは猫を飼ったことがなかったらしい。

「ゲームがきっかけで、前より猫が大好きになったの。この世界に来られて最初とても嬉しくて、でも、すべての猫に避けられてショックだった」


 一月間猫を追いかけたけどだめで、王子に近づけば、猫に触れると思ったとユリアは言った。 

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