第15話

「ユリアさまは、どうやってこの世界に来たの?」

「それがよくわからないの。ゲーム全ルート、全猫種攻略、しかもハッピーエンド千回目を貫徹で達成した朝、制服に着替えて部屋を出たらこの世界だったの」


『それが聖女になる本来の条件だからね』


 レオンは私に向き直ると続けた。

『僕、君たちがいた世界が好きなんだ。だからよく遊びに行ってたんだけど、トラックに轢かれそうになったところを、ジュリアが助けてくれたんだ』

「トラック? もしかしてレオは、私が助けた猫さんだったの?」

 前世で最後に見た猫は確か、金色の猫だった。


『うん。助けてくれて本当にありがとう』

 レオはぺこりと頭を下げた。

『僕の代わりに君は死んでしまった。だから、僕は君の魂を救いこの世界に連れてきて、身体を与えたんだ』


私は驚いて、レオの前に座り込んだ。

「私こそ、お礼を言わせて。猫神さま、助けてくれてありがとう」

 手を差し出すと、レオはごろごろと喉を鳴らしながら頭をこすりつけてきた。

 

『猫はしてもらったことは忘れない。この世界に連れてきたけれど、ジュリアは好きに生きて欲しい。選択肢を与えるために、王子を噛んだんだ。このまま王太子妃にならないで、この地でひっそり暮らしたいならそれでもいいよ。どうしたい?』


 シャンデリアからレオが降ってきたときを思い出した。


潮風でなびく髪を抑える。私は一度目を閉じて考えたあと、レオンを見た。


「決める前に、殿下と、お話しがしたいです」

 レオンは真剣な顔で頷いた。

「俺も、ジュリアと話がしたい」


レオは『わかった』と言うと、たくさんの猫を引き連れて走り去って行った。ローリヤはユリアを促し、二人も下がった。

 

 レオン殿下は私に「少し待っていて」というと、砂浜で待機していたメイソンの元へ向かった。彼から馬の手綱を受け取り、戻ってきた。

 馬の鞍に結びつけている花束を手に持つと、砂浜に片膝をついて跪いた。


「ジュリア。これを」

 花束は、オレンジ色のガーベラだった。

「ジュリアオレンジの意味は輝く太陽。君は、俺の希望です」

 胸が熱くなった。

 

花束は毎年、誕生日にもらっていたけれど、いつも無言で渡されていた。

 花言葉、知っていたのね。

 ガーベラは花の色によって前進や、思いやりなど意味が変わる。どれも前向きなものばかりで好きだった。


「ガーベラは、俺の一番好きな花だよ。ジュリア」


 私は差し出された花束をそっと受け取った。


「ジュリア、馬に乗って。行こう」

「行こうって。どこへ?」

「君が一度は行ってみたいと言っていた場所だ」

 レオンは猫の島を指差していた。


「潮がさっきより引いている。今なら渡れそうだ。話はあとにして、先に島の猫を見に行こう」


 小さいころ、猫島について知ったとき、興奮して彼に話したことがあったのを思いだした。

猫島についてはその一度きりだったのに、覚えてくれてたんだ。


「猫、見に行きたい」

「じゃあ早く乗って」

 私とレオンは馬に乗ると、砂浜を駆け、島へと渡った。



 猫島には、住民より十倍多い数の猫がいた。屋根の上や、草むらと、みんな思い思いの場所でのんびりと寝ている。

 私たちが近づくと、しっぽを立てて近寄ってきてくれた。レオンは残っていたマタタビを細かく折ると、猫たちに与えた。集まった猫を座って眺める。


「かわいい。みんな、やさしい顔をしてる。ここでのびのびと暮らしているのね。レオンさまあそこ見て、仔猫が固まって寝てる!」

 話しかけながらレオンを見た。彼は猫ではなく、私を見ていた。目が合うとにこりと微笑まれた。

「うん。かわいいね」

 ぼっと顔が熱くなった。思わず立ち上がり、顔を逸らす。もらった花束に視線を向け、飾られたリボンの先に結びつけられている物を見つめたあと、振り返った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る