狡猾な日陰者

三鹿ショート

狡猾な日陰者

 私は、自らが望んで現在の立場を得たわけではない。

 ただ、因縁をつけてきた相手を追い払っただけである。

 だが、その相手は良からぬ集団の首領だったらしく、支持を失ったその相手に代わって、私が新たな代表となってしまったのだ。

 集団を構成する人間たちは、世辞にも良い人間と呼ぶことができるような人間ばかりではなかった。

 短気であり、短慮であり、暴力的であり、愚か者である。

 そのような人間たちの首領と化せば、同類に見られてしまうだろう。

 しかし、悪い気分ではなかった。

 多くの人間を自分の手足のように使役することができるということは、想像していたよりも良い物だった。

 だからこそ、私はその地位にしがみついた。

 幸いにも、私よりも実力のある人間は存在しなかったため、私の幸福の時間は現在も続いている。


***


 夜の世界を歩いていると、近くの公園から声が聞こえてきた。

 聞き覚えがある声だと思っていると、果たして私の仲間である人間たちが、一人の少女を囲んでいた。

 性質の悪い人間たちに囲まれた少女は俯き、身体を震わせている。

 私は溜息を吐くと、仲間たちに声をかけた。

「何をしている」

 仲間たちは身体を一瞬跳ねさせてから、私に対して怯えたような視線を向けた。

「自分たちと住む世界が異なる相手には手を出すなと言ってあるだろう」

 語気を強めたわけではないが、仲間たちは今にも泣き出しそうな様子だった。

 だが、仲間の一人がおずおずと手を挙げると、少女に目を向けながら、

「実は、此奴が我々を侮辱するような言葉を発したのです。それに対して怒りを抱くことは、仕方がないことだと思うのです」

 そう告げられ、私は彼女に意識を向ける。

 人差し指で突けば倒れてしまいそうなほど華奢で、怯えた様子を見せている彼女が、そこまでのことをするとは思えなかった。

 しかし、仲間たちの手前、手を打つしか無かった。

「では、私が何とかしておこう。きみたちは帰宅することだ」

 私の言葉に、仲間たちは即座に頷くと、素早くその場を後にした。

 彼らの姿が消えてから、私は彼女の隣に腰を下ろすと、

「どういうつもりかは不明だが、感心しない。私がこの場に現われなければ、どうなっていたことか」

 そう告げると、彼女は涙を流しながら、

「私は、孤独なのです」

「何故、そのようなことを言うのか」

「私は彼らと同じ学校に通っていたのですが、私があまりにも能無しであるために、人々は私の相手をすることがなくなってしまい、自分の居場所を失ってしまいました。それゆえに、自宅に籠もる日々を送っていたのですが、久方ぶりに彼らを見て、怒りを抱かせれば、私のような人間でも相手をしてくれると考えたのです」

 彼らと同じ学校ならば、私とも同じはずである。

 だが、見覚えがまるで無い。

 一体、何時の頃から学校へ通っていないというのだろうか。

 しかし、私が彼女のことを考えたところで、何の得にもならない。

 立ち上がり、二度とこのようなことをするべきではないと釘を刺し、公園を去ろうとする。

 だが、彼女は私の衣服を掴むと、懇願するような様子で、

「私を、あなたの交際相手にしてくれませんか」

「何故、そのような話になる」

「あなたの交際相手ともなれば、あなたの仲間である彼らも、私のことを相手にしてくれるでしょう。そして、その態度は、あなたに対するものと同じようなものであるに違いありません。私は、誰かに敬われたいのです」

「断る。きみの願望を叶えることは、私の人生において何の益にもならないからだ」

 振り払おうとすると、彼女は途端に小さな声で、

「ここで私が叫び声をあげたら、どうなることでしょう」

 その言葉に、私は己の動きを停止させてしまった。

 それが彼女を増長させてしまうことになり、彼女は口元を緩めながら、

「どのような説明をしたところで、不良集団の首領であるあなたの言葉を信ずる人間など、存在するでしょうか。あなたが従ってくれなければ、私は気に入っているこの衣服を破いても構いません」

 彼女は自身を能無しと評価したが、他者を利用するための思考を働かせる能力は持っているらしい。

 無実の罪を着せられることと彼女を交際相手にすることのどちらを選べば良いのか、それは後者だろう。

 彼女は自分が他者に相手にされることを望んでいる。

 私の交際相手だと名乗らせるだけで満足するのならば、素直に従った方が良いだろう。

 私は大きく息を吐き、彼女を受け入れることを伝えた。


***


 現金なもので、彼女は翌日から学校へやってくるようになった。

 出会う人間全てに、私と交際関係にあるということを伝えていった結果、放課後には彼女の存在は学校中に知れ渡っていた。

 彼女は実に満足そうな様子で、褒美とばかりに私に接吻をしようとしたが、私はそれを拒否した。


***


 時代というものは、終焉を迎えるものである。

 私よりも腕節が強力な人間が現われると、私は首領の立場を失った。

 それまで多くの人間を支配していたが、一瞬にして、私は一般人へと戻ったのである。

 悔しくないかと言えば嘘になるが、それよりも、嬉しさの方が勝っていた。

 何故なら、彼女が私から新たな首領に鞍替えしたからである。

 鬱陶しいことこの上ない彼女から解放され、私の気分はこれまでに無いほどに良好なものと化した。

 やがて、彼女にうんざりした新たな首領が、私に地位を譲ると頭を下げてきたが、私はそれを断った。

 たとえ億万長者になろうとも彼女という存在が付属するのならば、私はどのような地位であっても辞退する所存である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狡猾な日陰者 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ