第26話 暗殺者のゼロ

死神のカナ。


私の異名はゲーム内では誰もが知っている呪いに近い。


しかしこのゲームの中には私と同じように奇妙な異名を持つプレイヤーが他にも二人存在していた。


そのうちの一人が、今まさに目の前にいる少年。


暗殺者のゼロである。




その少年は私が狙っていた敵チームを一瞬で全滅させた。別にそれが不満だったわけではない。たまたま近くにいたから狩ろうと思っていた、ただそれだけのこと。私の頭の中には別の感情が疼いていた。

 気がつけば私は彼に飛びかかっていた。短剣を握り締め、彼を殺しにかかる。今まで自分よりも強いプレイヤーには出会ったことが無い。だからこそ興奮していたのだ。目の前の彼の存在に。

「おいおい、いきなり突っかかってくるのかよ。あぶねぇなぁ」

少年は私の攻撃に気づいていたのか、あっさりと交わされてしまった。しかしすぐに体制を立て直し再び攻撃を仕掛ける。そのつもりだった。

「あれ?どこ...」

私が後ろを振り返ると少年の姿はなかった。

「アンタ結構素早いんだな〜俺じゃなかったら間違いなく即死だぜ?」

どこからか声が響き渡っていた。駅の中で音が反響しているせいでどこにいるのかわからない。

「隠れるなんて随分臆病じゃない。男なら正々堂々と戦ったらどうかしら?」

わかりやすい挑発で相手を誘い出そうとした。

「それは俺のスタイルじゃねーから無理だな。俺のスタイルは」

声が途中で止まった。私は360度に全神経を使い警戒した。さっきのアイツの敵の倒し方は隠密からの流れるような奇襲。もしそれがあいつのスタイルなら必ずもう一度そうしてくるはず。

「こうやるんだよ」

警戒していた。なのに気づかなかった。私の反対側からあいつは現れた。そして私が気付いた時にはもう遅かった。アイツの銃は私の背中に到達しており、そのまま私は倒されてしまった。

「もしリベンジしたいんなら、明日この時間にもう一度ここに来な。待っててやるからよ」

私が消滅する瞬間、彼はそう言っていた。


このゲームは一度負けてもすぐにマップに戻ることができる。だが私はそんな気にはなれなかった。人生で初めての敗北を実感していたのだ。


負けた


悔しい


何故負けた?


アイツは何なんだ!


ご飯を食べている時も、お風呂に入っている時もそんなことをひたすら考えていた。悔しいと言う感情ももちろん大きかった。でもそれ以上に何故負けたのか?どうして私はアイツの攻撃に気づくことができなかったのか?それをただずっとひたすらに考えた。


明日この時間にもう一度ここに来な。


最後の言葉が私に突き刺さっている。明日もう一度あの駅に行けばまたアイツがいるかもしれない。そう思いながら私は眠りにつこうとするがなかなか眠ることができなかった。今のこの気持ちが何なのかすらわからない。


屈辱?


嫉妬?


興奮?


この複雑な気持ちを一言で表すことなんてできない。そんなことを考えていたらいつの間にか朝になっていた。

学校が終わるとすぐに家に帰りゲームを開いた。昨日アイツと出会った時間まで、まだ30分以上もある。私は駅の中で昨日のことを思い出していた。アイツが実際に移動していたスペースを覚えている限り移動してみる。いろいろなことを繰り返しているうちに気がつけば30分は経過していた。しかしアイツはまだ来ない。

「自分から待っててやるって言ってたくせに、遅刻なんていい度胸ね」

気がつけばそんな言葉を口にしていた。何でアイツのことばかり考えているのか。私はアイツに恋でもしているのだろうか。この感情の意味はやっぱり理解できなかった。

すると駅の入り口から誰かが入ってきた。しかし一人ではない。かなりの人数がいる。

「あれって...」


それは昨日私が倒そうとしていた。


アイツに横取りされた敵チームだった。

昨日の今日で何故ここに?私は一瞬そう考えたが、いざ冷静に考えてみると答えは簡単。アイツらにとっては昨日、突然姿すら確認できなかった敵に一瞬にしてやられてしまったのだ。昨日もう一度ここに来ていた可能性もあるが、そんな屈辱的な仕打ちを受けて黙っていられるはずがない。

「もしかしてアイツか?」

「昨日はよくもやってくれたじゃねーか。今日はこっちの番だぜー」

そんなことを言いながらこちらに近づいてくる。まぁどうせ私の倒そうと狙っていたんだから気にはしない。


それに.....



「うわぁ!なんだコイツ!」

「おい!そっち行ったぞ!」

「無理無理!早すぎるって」

こんな奴ら、私の敵ではない。昨日のアイツの攻撃に比べれば、こんな奴らの攻撃なんて優しすぎるものだ。

すぐに連中を全滅させようとした。残っているのはあと一人だけ。

「まっ待って!頼む!これ以上死んだらペナルティ喰らうんだよ!」

ペナルティとは、おそらくアイテム消失の事だろう。だったら最初から私に挑んでなど来なければよかっただろうに。敵に同情する必要なんてない。私はとどめを刺そうとした。

「おいおい。そこまで言ってるんだから助けてやったらどうだ〜?つってもまぁ、俺も昨日やっちまったけどよ」

私はすぐに後ろを振り返った。

この声、この口調。昨日のアイツが来たのだ。

「随分遅かったじゃない。時間にルーズは男は嫌われるわよ?」

「これでもずっと上から見てたんだぜ〜?単にお前さんが気づかなかっただけだな」

最後の一人は走って駅の外へと逃げて行った。だがもう最後の一人なんてどうでも良い。

「ずっと私を見ていたの?ストーカーかしら?」

「いやいや、なんだか真剣に考え込んでたみたいだから邪魔しないでやってたんだよ。そんで敵が入ってきた時はちょうどいいって思ったな〜」


 ちょうど良い? 一体何の事だ?と言うかずっと見ていた?じゃあ何故私は気づかなかった?


「お前さん、昨日見た時からもしかしてって思ってたけど、やっぱり大当たりみたいだな〜」


さっきから何の話をしているんだ?


「お前、死神だろ?」

「っ!」


気付かれた?さっきの攻撃を見ていたからか?いやそれだけで自分の異名まで当てられるとは思えない。

「その反応!やっぱりお前なんだな!いや〜探した甲斐があったわ〜」

その男は持っていた銃をしまうとこっちに近づいてきた。

「俺はゼロ。一応暗殺者のゼロって呼ばれてるお前と同じ結構有名人なんだぜ?」

「ゼロ。って暗殺者のゼロ?!」

私もネットで何度も名前を見たことがあった。ゲーム内の三強と呼ばれていた存在。


死神のカナ


破壊のキル


そしてもう一人


暗殺者のゼロ


コイツがあのゼロ?信じられない。でもそれが本当なら昨日の強さにも説明がつく。暗殺者のゼロの姿を見たものは一人もいない。何故なら姿を見る前に自身がやられてしまうからである。そうネットには書いてあった。

彼は私に手を差し出していた。きっと握手のサインだろう。だが私はこんな事をしにきたのではない。

「私はあなたを倒しにきたのよ。仲良しこよしするつもりは無いわ」

「おいおいツレねぇなぁ〜せっかく会えたのによ〜まぁでも、戦うってんなら受けて立つぜ?俺ももう一発やりたかったからなぁ」

彼は銃を構えた。

私も短剣を握りしめる。

初めて出会えた強者。

そんな相手とまた戦える。

私の興奮は止まらなかった。

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