第28話 アドバイスと自覚
<兄> ♠️
<いました!>
空梨さんからの激励?を反復していたら、ご老人からのLINEが届いた。
<誰がですか?>
<妹さんがです!>
ご老人が日課である朝の散歩をしていたら、富士そばで泣きながらかけ蕎麦を食べている妹を発見したそうだ。
なんで、妹が京都にいるのか疑問に思ったが、正に小説みたいな展開に、俺も興奮してきた。
<なんて声かけるべきですかね>
<まず、泣き止んでから登場するのが良いと思います。泣いてる最中に現れても、向こうの調子によっては、ちゃんと驚いてくれないかもしれません>
<なるほど>
<で、泣き止んで、店を出ようとしてから現れましょう>
<それは、何故ですか?>
<油断してるからです。泣いた後ってのは、賢者タイムみたいに、余計なことを考えない奴が多いです>
感情を出し切った人間は、ほんの数分間、一種の悟りのようなものを開く。
普段、疑り深い人も、その時ばかりは、素直になれる魔法の時間だ。
せっかく泣いているのだ。それは利用しない手はない。
<起こったことは、ただの偶然だけど、運命っぽく魅せる。これだけであとは深そうなことを言えば、相手が勝手に深読みしてくれますよ>
俺の小説の感想に、旧約聖書をオマージュしただの、デビュー作と実は世界観が繋がっているだとか、あのシーンは、日本とアメリカの関係を描いているなど、作者の俺が目から鱗の考察をする読者が稀にいる。
マジかよ。そんなに深い小説だったのかと驚いて、なんかネットで盛り上がって、結果的に売り上げが伸びることがあった。
こんなにありがたいことはない。
俺としては、締め切りがヤバかったから、自分でもよく分からない表現でお茶を濁しただけなのだが、賢い人達は、本来のおれの話を何倍にも広げてくれる。
作品とは、値段がついて売られるようになったら、作者のものではなく、読者のものになる。
<だから、登場だけ格好良くして、後は妹がほしそうな言葉をかけてあげて下さい>
冷たく聞こえるだろうがら人を救うってのは、こういうことだ。
<なるほど。私も、彼女には言いたいことがあるので、それをぶつけてみます>
その返信を読んで、俺は飲みかけの缶コーヒーを飲む。
甘ったるいコーヒー。
コーヒーの本来の味なんてかけらもしない。
けど、安くて、多くの人が飲んだことのある味。
このジャンクな味が、俺の作風に絡んできている。
ご老人は、テンプレではなく、きちんと言いたいことが出てくるんだな。
<頑張って下さい>
雑な応援をして、スマホを仕舞う。
ああ。
俺は、小説を技術で書いているんだな。
そして、本物は、もう書けないんだろう。
「先生、なんか良いことあったんですか」
空梨さんがトイレから戻ってくりなり聞いてくる。
「ん?なんでですか?」
「いや、今まで見たことない顔をしていたので」
「そんな変な顔してました?」
「変っていうか、解放されたみたいな清々しい顔でした」
「・・・そうですか」
結局、俺は傑作を書かねばならないという、勝手に自分でかけた呪いを受けていたんだろう。
「空梨さん、さっきの原稿で勝負しましょう」
「あれ?意外と早く納得しましたね?」
この人を前に良い格好をしても仕方ないので、さっきのLINEの話をした。
「ははは!二人とも持ってますねー」
そう、俺は、ああいう人間がより輝くようにする狂言回しになろう。
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