第27話 蕎麦と涙

<妹> 🩶

結局、朝まで歩き続けてしまった。

歩いていると、「何もしていない」という罪悪感を少しだけ和らげることができる。「今は歩いている」と進展していない現状を誤魔化すことができる。

スマホで時間を確認すると、5時50分。

こんな時間に外にいるのは、朝帰りっぽい人や、夜のお仕事の方、後は、おじいちゃんおばあちゃんくらいだ。

私も、さすがに眠くなってきた。

もう、漫画喫茶の10時間パックはとっくに終わっているので、またお金を払わなくては。

無駄遣いしてしまっているなぁ。

まあ、こうして京都までの新幹線代も払ってしまっているのだから、今更か。

自嘲気味に笑いながら、新しい漫画喫茶を探す。

その前に、昨日から、何も食べていないので、何かお腹に入れたい。

京都っぽいものを食べたいが、そうそうお店は、まだ空いていない。

仕方ないので、富士そばで一番安い天ぷらとかが何も乗っていないかけ蕎麦を食べた。

これ以上、無駄なお金を使うのは控えよう。

でも、富士そばは、変わらず美味しくて、わけも分からず泣いてしまった。


「・・・美味しい。美味しい」


こんなところまできてしまったけど、昔から知っている味に安心した。

幸いなことに、朝早すぎるためか、私しかお客さんがいなかったので、30代前半くらいの男性の店員さんしか見られていない。

店員さんも、無視してくれている。

黙って蕎麦の準備をしている。

クマがやばい泣いている女に関わりたくないだけだと思うが、今の私には、その無関心が嬉しかった。

食べ終わる頃には、多少落ち着いた。

お腹の中に、温かい温もりを感じた。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を自分のティッシュで拭く。お店にはもちろんペーパーが置いてあったが、私の汚い液体をあの店員さんに処理させるのが嫌で、使わなかった。

富士そばは、食べたらダラダラ居座らずに、さっさと出るのがマナーだ。食器を下げて退散するとしよう。

立ちあがろうとした時に、他のお客さんが隣の席に座った。

他の席が山のようにある中、わざわざ私の隣に座った。

こういうタイプは電車でもいて、平日の昼間に、他の席も空いているのに、隣に座るおじさんがいた。

人と物理的な距離をとることに関心のない人もいるのだと知っていたので、そこまで嫌悪感はなかった。

もう出るのだから、こっちのストレスにま問題はない。

食器を持とうとしたら、件の人物が話しかけてくる。


「久しぶり」


女性・・・お年を重ねた女性の声だった。

私は、この声を知っている。

この、ホッとする声を知っている。

視線をその人物に向ける。


「探したぞ」


おばあちゃんだった。

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