第24話 情報共有と意気投合

<兄> ♠️

「××先生のサインをもらえないでしょうか」


「いや、サインなんてするほどご立派なもんではないですよ」


「いや、それくらいの価値は先生にあります。ファンの方がそう呼んでるのに否定するのは、謙虚と言えば聞こえは良いですが、裏切りですよ」


「裏切り・・・?」


なんか、強い言葉が出てきた。

裏切ったつもりは全くなかったが、謙虚もいき過ぎるとウザいというのは理解できるので、今後気をつけるとしよう。

場所は変わって、旅館のフリースペース。

旅館の方に友達ですと言ったら通してくれた。

関係性を考えるのが面倒で、20代後半の男と甚平を来た女性のご老人が友達だという、妙な嘘をついてしまったが、普通に対応してくれた。

たぶん、研修かなんかで、今は「お客様の多様性を尊重しろ」みたいなことを言われているのだろう。

便利だな。多様性って概念。

なんでもかんでもそれで説明できるほど、この世の中は単純じゃないと思うんだが。

咳払いをしないでと言っても、「多様性」には含まれないだろうなと感じる。

自分達の知識にない変なことを言う奴には、この言葉では受け入れられない。ニュースで取り上げられているジェンダーのことなどを受け入れてあげている自分に酔いたいだけで、理解できないことを言う人間には、こちらが説明しても、脳が受け入れずに、「甘えるな」と言うことだろう。

彼らは、意識の高いとされていることをしている自分が大好きなだけで、別に社会のことなどどうでもいいと感じている。

閑話休題。

とにかく、詳しくご老人の話を聞くために旅館に連れてきたら、もちろん空梨さんに見つかり、俺が何らかの犯罪をしているのではないかと疑われ、ご老人が庇ってくださり、「なんだ、昨日の300円の方じゃないですか」と、誤解が解けて、妹の話を簡単に説明したら、自分も聞きたいと言ってきた。ご老人も許可したので、空梨さんも同席することになった。

お互い、妹に関する情報共有をした。

ご老人から妹の話を聞いていて最もの気になったのは、「ご老人を置いて逃げた」という部分だった。帰ったらどう言おうかと頭を抱えた。

おれの高校時代の部活の顧問を殺そうとしていたという話もあったが、小学生なのだから、それくらいの悪感情を持つのは仕方ないだろうと、あまり、引っかからなかった。

俺のためにキレてくれたのは、少し嬉しかったが。

結局、顧問の家のポストにカラスの死骸を入れたというオチは、自分でもよく分からないが、微笑ましく感じた。

で、その妹に関する話の結論は、「東京の俺達の家にいけば再開できる」に収まった。

ご老人は、俺達と一緒に行きたいらしい。

いきなり行ったら、どうせまた逃げると簡単に予想できるので、一応、見内の俺がいた方が妹の逃げ道を少しは減らせるだろうと思う。

明日帰るので、その時に一緒に帰りましょうと約束をした。

それからは、雑談に興じた。

好きな小説、映画、漫画の話。

好きな駄菓子の話になった時に、空梨さんが「特にありません」とかぬかしやがったので、今度ご老人の駄菓子屋さんに連れて行くことにした。

俺の通っていた高校のすぐ近くなので、場所はバッチリだ。


「こんなによくしてもらって。しかもサインまで頂けるなんて・・・。せめて、駄菓子をサービスしますね」


遠慮しようかと思ったが、また空梨さんに「裏切りだ」と言われ気がして、「ありがとうございます」とだけ言った。

何度もお礼を言いながら帰っていくご老人を見届けて、俺は執筆に戻る。

無性に、小説を書きたい気分だった。

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