第21話 ラーメンとご老人

<兄> ♠️

執筆スタイルは人それぞれだと思うが、俺の場合は、ラジオかクラシックを聴きながらだと集中できる。

ラジオは、好きすぎる番組は避けて、興味がないわけではないけど、真剣に聞くほどではない番組をチョイスする。

クラシックは、歌詞がないことが良い。俺は特別音楽に詳しいわけではないから、「今のフルートミスったな」とかは思わない。せいぜい、「みんな楽器上手だなぁ」くらいだ。馬鹿の感想である。

よって、ラジオに並ぶ執筆中に丁度良い認定をしている。

で、今俺が聴いているのはクラシック。

タイトルは分からない。でも、楽しい曲だ。

京都の旅館でクラシックを聴くという、ミスマッチなことをしていることに多少の罪悪感を感じながら書き続けること5時間、空梨さんが部屋に入ってくる。


「お疲れ様です。そろそろご飯に行きましょうか」


やった。

ろくに観光もできないので、メシくらいしか楽しみがない。

旅館のご飯を食べる予定だったが、俺がどうしてもラーメンが良いと駄々を捏ねたら、近くの評判の良いラーメン屋さんを探してくれた、編集者の鏡の空梨さんだ。

これは足を向けて眠れない。


「歩いて10分ですー」


俺は、急いで外着に着替えた。



「メンマは、もっと評価されて良いと思うんですよー」

メンマがこれでもかとのったラーメンを食べながら、空梨さんは言う。


「もちろん、ラーメンの主役にはなれないのは分かります。けど、あいつがいなかったら、めちゃくちゃ寂しい気分になるんです」


「分かります。チャーシューも味玉も海苔もあるのに、メンマがないと気になりますよね」


小刻みに頷きながらラーメンを啜り、半分が食べ終わったところで、餃子とキムチを注文していた。

こんなに食べる人だったっけ。

いつもの喫茶店で会う時は、コーヒーのみだったので、何かを食べているイメージが無かった。

しかし、良い食べっぷりである。一世一代のギャンブルに勝ったのかと妄想してしまうくらいの豪快さだった。

お互い食べ終わり、そろそろ出ますかと話していると会計をしていた甚平を着たご老人が、「300円足らん・・・」とぼやいていた。

店員さんも、そのぼやきが聞こえていた様だったが、困った様な笑顔で立ちすくんでいた。

300円か。まあ、いいか。

財布を取り出して、100円玉が3つあることを確認して、ご老人のもとへ行く。


「あの、よろしければ、どうぞ」


この状況をどう打開すべきか真剣な表情で考えるていたであろう顔が、驚きに変わる。


「良いんですか?」


こんな若造に敬語を使ってくれるご老人は女性だった。


「もちろんです」


「ありがとうございます。絶対に返します」


律儀なことを言いながら小銭を受け取るために右腕を差し出してくる。

その時、刺青が見えた。

おー。

カッケー。

支払いを終えたご老人が俺のところに駆け寄り、「今、手持ちがないんで、連絡先を教えて下さい」と申し訳なさそうに言う。

別に300円くらいもらってくれて良いのだが、このご老人とまた会えるのならと、自分のスマホを出す。

ご老人は、慣れた手つきでIDを交換した。


「本当に、ありがとうございます。明日には連絡します」


最後まで律儀な老人を見送って、席に戻る。

「ちょっと面白い人でしたねー」


静観していた空梨さんが水を飲みながら言う。

返事はしなかったが、同感だった。

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