第20話 空梨千広と不意打ち

<妹> 🩶

担当・・・確か空梨さんだっけか。

張り込みしやすいを事前に探していたので、京都の漫画喫茶(京都まできてマンガ喫茶!)に向っている道中、せっかくだから八つ橋でも買うかと適当なお店で普通の八つ橋か生八つ橋どっちにしようかと悩んでいたら、声をかけられた。

女性の声だったから、ナンパの心配はそんなにしていなかったが、今の時代、同性を恋愛対象から外すというのも時代遅れかと、我ながらよく分からない反省をした。

しかし、そんな思考は自意識過剰もいいとこで、振り返ったら、知った顔がいた。

空梨さん。

基本的に喫茶店で打ち合わせをしているけど、何度か家に来て兄さんとあれこれ話していた姿を覚えている。

まさか、妹がしゃしゃり出るわけにもいかないので、軽く挨拶しただけだけど、顔は覚えていた。

印象に残る顔ではないのだけれど、兄さんとは真逆の生きるエネルギーが強い人だと思った。

飄々としているけど、油断したらいつでも主役をもぎ取られる危機感を感じるものを持っている。

別に私は主人公じゃないけど、私の大事なものを欲しいと思ったら貪欲に奪い取る覚悟を感じた。

そのイメージから、私はこの人のことがちょっと怖かった。


「こんにちはー」


「どーも」


フランクに挨拶してきたから、こちらもその感じで返したが、まるで近所であったかの様な気やすさだ。お互い東京在住で、京都で偶然知り合いを見つけたら、もう少しテンションが上がるものではないだろうか。

私も、人のこと言えないけど。


「ご旅行ですか?」


「はい」


「京都は良いですよね。自分のルーツを見つめ直している感覚になれますし」


「はぁ」


よく分からないが、たぶん文学っぽいことを言っている。

編集者も、小説家に影響されてこういう分かった様な分からない様な言い回しが好きになるんだろうか。


「お兄さんは、虎の間に泊まっていますよ」


「・・・」


そうか。

こういうタイプか。

誤魔化しても時間の無駄っぽい。


「そうなんですね。部屋の名前までは知らなかったです」


「こうして旅館の近くにある漫画喫茶を見つけるだけでも、賞賛に値しますので、どうか気を落とさずに」


別に気を落としてない。


「お気遣いどうも。兄の執筆は順調ですか?」


「はい。とても頑張ってらっしゃいます」


まあ、兄さんはどこでも頑張ってしまうのだが。


「ですので、先生の邪魔をしないでくれませんか?」


・・・。

「は?」


「今の先生はブレイク前夜です。現在書いている作品ふベストセラーになるでしょう。これまでの作品のファンも置き去りにせず、新規の読者も取り込める傑作になります。あの人は、自分で思っているより、小説家として優秀です。短期間出版できるレベルの小説を5作書き上げた。これはすごいことです。一発屋と揶揄される方々が多い中、売り上げと評価をどちらも得ている20代の小説家なんて、数えるくらいしかいません。その先生が、ついに本気を出してくれた。そんな大事な時に、あなたの様な地雷を近くに置いておくわけにはいきません」


長々と何かを言っていたが、ほとんど理解できなかった。理解できたのは、最初に言った「邪魔」という単語だけ。

邪魔?

私が?

一番のファンであり、YouTubeで売り上げにも貢献した私が、邪魔?


「確かに、あなたのYouTubeで一時期の売り上げは伸びました。しかし、ここ最近の動画は、元々興味を持っていた人が買わない選択をとる可能性のある酷いものです。他にも、先生の跡をつけたり、果てはこうして京都まで付いてきてしまう。あなたの行動は、先生のための行動ではない。自分の、自分のためだけの行動です」


・・・。

今回は、殺すという選択肢はなかった。

それは、割に合わないことだと、あの人に教えてもらった。


「先生にとっては大変な妹さんなので、これ以上の言及はしませんが、これ以上変なことをしたら、私にも考えがありますよ」


そういって、ヘラっと笑って、私に背を向けて歩き出した。

さて。

どうやって復讐しよう。

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