第16話 トイレとパソコン

<兄> ♠️

「京都?」


「うん。俺と空梨さんの行きたいところの共通が京都しかなかった」


沖縄とか言われた時はどうしようかと思った。良いところだとは思うけれど、遠すぎる。

しかし、近すぎるのも、今回の趣向に合わない気がする。特別な環境に身を置いて執筆を捗らせようとしているわけだから、東京から遠すぎず、近すぎないところが良い。

その条件に当てはまったのが、京都なわけだ。

小説家の憧れの地と言って良いだろう。森見登美彦なんかが京都が舞台の話をよく書いている。


「ふーん。お土産買ってきてね」


「もちろん」


そういえば、妹がこの家に来てから、半日異常帰らないことはなかったな。

妹も、俺が居たらやりにくいこともあるだろうし、1人を満喫してストレスを発散してほしい。

なんか、最近機嫌悪いし。



新幹線の中は、作業するのに適している。

家と違って娯楽が少ないし、行ける場所も制限されているから、仕事くらいしかやることがないからだ。

前の席に座る空梨さんも、黙々とパソコンをいじっている。

パソコンをいじっているからって仕事をしているとは限らない。じゃあ何をしているのかって聞かれても、それこそ無限の可能性がある。

ネットサーフィン、ゲーム、出会い系サイトetc・・・。

空梨さんのイメージからして、ゲーム辺りが妥当だと思い、答え合わせのために、次に空梨さんがトイレに行った際に見てみよう。

普段、俺の妄想をこの世で最も読んでいるのだから、これくらいは許されるだろう。

空梨さんは大のコーヒー好きで、常時飲んでいるイメージがある。今まスタバのアイスコーヒーを飲んでいる。俺には、いつもの打ち合わせで使っている喫茶店のコーヒーと何が違うのかイマイチ分からない。

コーヒーには利尿効果があるから、空梨さんはトイレの回数が少し多い。別に数えているわけではないが、「トイレですー」と席を立つ空梨さんを容易に思い出せるくらいその台詞は聞かされている。

ところで、女性はトイレに行くときにあんなにも堂々と宣言できるものなのだろうか。お花摘みは正直言って笑ってしまうが、もう少し上品な言い方はできないのだろうか。


「トイレですー」


出た。


「・・・はい」


笑いを堪えながらなんとか返事をする。

俺の変化は気づかなかったようで、軽い足取りで移動を開始する。

空梨さんの姿が見えなくなる。

さて。

どうせゲームだろうけど、どんなジャンルかは把握しておこう。

空梨さんの俺のより新しいであろうパソコンの画面を覗き込む。

予想に反して、ゲーム画面ではなく、文字列が並んでいた。それなりに長い文章らしく、空梨さんが戻ってくるまでに全部読むのは難しそうだったので、目についた段落を試しに読んでみる。

<美しい男だった。その美しいで今まで多くの人間を傷つけてきただろうその男の名前を私は知らない。知る必要はない。名前など、私たちの前では意味がないのだから>

分かったような分からないような感じだなぁ。

というか、これ、小説?


「先生。人のパソコン勝手に見ないでくれます?」


震えた声が聞こえて振り返る。

そこには、いつもの余裕がなくなった、笑顔を作ろうとしているが失敗している空梨さんがいた。

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