第13話 不眠症と安心
<妹> 🩶
疲れた。
兄さんの小説は5冊出ており、この10日間で3回読み返した。
付箋をほぼ全てに張っているから、どこが重要なページか分からなくなってきた。
というか、これは本当に面白いのだろうか。
いや、面白いに決まっている。
だって、おばあちゃんが褒めていたんだから。
中学に入学してからも、駄菓子屋には通い続けた。
もう、復讐には未練はなく、ただおばあちゃんに会いたいから通っていた。
平日は学校に行って、バトミントン部で汗を流す日々はそれなりに忙しく、日曜日しか通えないのが不満だったが、おばあちゃんは私がちゃんと中学生しているのが嬉しいらしく、学校の様子をよく聞いてくるので、話を作るためにサボるわけにはいかなかった。
けど、「青春真っ只中の13歳が貴重な休日をこんな寂れたところで過ごさんで、彼氏でも作りな」とたまに言われる。
ヘラヘラ笑って誤魔化したが、絶対に嫌だった。
男子が嫌いとかではないけど、好きと思い込んでイチャつく労力を考えたら、あまりの面倒臭さに吐き気を催した。
一緒にいて疲れない相手が家族以外で初めてできたのだから、そっちを優先するのが賢明だろう。
中学と高校時代の私の心の支えは、おばあちゃんが大半を占めていた。
そして、私が高校2年の頃、兄さんが小説の賞を貰った。
当時の私は現国の授業以外に小説を読む習慣がなかったので、「へぇ、すごいじゃん」くらいの反応しかしなかった記憶がある。
今だったら、ご馳走を作るのに。
しかし、当時の無知な私はこのことを軽い気持ちでおばあちゃんに話した。
「本当かい!?あんたのお兄さんはすごいね!誇りに思いなよ」
と、興奮気味に言った。
どうやら、文芸と映画が大好きなようで、相当な数の作品に触れている。そのおばあちゃんが褒めているのである。
そこで、私は「これは私が思っているより凄いことなのだ」と認識した。
その半年後、無事書籍化した兄さんの処女作を読んだ私の感想は「よく分からん」だった。
全体的にまどろっこしい。
何をごちゃごちゃ書いているのだと、軽い怒りが芽生えたくらいだった。
これは、おばあちゃんもガッカリするだろうなと心配していたが、杞憂だった。
「文章力が高いね。普段から色んな視点で物事を書いている証拠だよ」
みたいなことを言っていた。
他にも何か言っていたが、これまた分からなかった。
そんな大層なものなのかと、もう一度読んでみることにした。
ふむ。
確かに、なんか、深い気がする。
具体的には、思いつかないけど、たぶん。
それから、小説はもちろん映画もあまり観たことが無い私だったが、おばあちゃんと話を合わせたくて、ひたすら読んで観まくった。
多少、睡眠時間を削ったが、些細なことだ。
共通の話題ができたため、会話が増えた。
楽しかった。
そして、兄さんは小説で勝負すると言って上京した。
必要な部品が一つ減った感覚があり、寝るのが苦手になった。
兄さんがいない状況で寝ても良いのだろうかと、疑問がわく。
さらに寝不足になり、日常生活に支障が出るレベルだった。
家族もクラスメイトも心配してくれたけど、「大丈夫」と言い続けた。
おばあちゃんにも聞かれたため、「大丈夫」と反射で返したら、「大丈夫じゃないやつの言い方だね」と言って、私を畳の上に寝かせて、そばにいてくれた。
「休みなさい」とだけ言って、前を見て仕事の資料をめくっている。
「・・・あ、良い感じだ」
確実に眠気がきている。
「・・・」
でも、あともう一歩足りない。
なんだろう。
「ね、ねえ、おばあちゃん」
「ん」
「一緒に寝て」
何を言っているんだ私は。
子供じゃないんだから。
「仕方ないね」
え?
おばあちゃんが横になる。
え?良いの?
背中を向けている。さすがにこっちに身体を向けてはくれない。
私の中で、一つの衝動があった。
今ならやれる。
おばあちゃんに、後ろから抱きついた。
理由は分からない。とにかくやってみたかったのだ。
あ、おばあちゃんの鼓動が聞こえる。
定期的に、心地よいリズムで。
「・・・」
「おはよう」
え?寝てた?
慌てて時計を見ると、もう夕方だ。
そろそろ帰らなくては。
「少しは楽になったかい?」
「うん」
素直に頷くことができた。
頭の中がスッキリしている。
久しぶりだ。この感じ。
兄さんにLINEでもしてみようと思った。
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