第11話 分析と思い込み

<妹> 🩶

早朝に走ってきたと思ったら風呂でのぼせて時間をかけて起き上がったと思ったら何のために起き上がったか忘れたと言う。

なんか、私の思う兄さんのイメージではない。

常に何かしらの考え事をしている顔は、私の友達からは怖いとよく言われていた。笑うとそれなりに愛嬌があるのだけど、日常で笑うことはあまりない。バラエティ番組を見ている時は笑うこともあるが、知り合いが冗談を言っても愛想笑いを頑張ってやっているが、愛嬌なかけらも無い口角だけ動かして目は笑っていないという、不気味な表情が出来上がる。

これは対人関係において、割と不利になる。

目上の人や年上から好かれる為には、自分の話を楽しく聞いてくれる少し馬鹿にできる人になる必要がある。もちろん、兄さんもそれは分かっている為愛想笑いを頑張っているのだが、逆効果になることさえある。

こいつ、心の中では俺のことを馬鹿にしてるんじゃないか。

そう思ってしまう人の気持ちも分かる。

見透かされている気がするのだ。

自分さえ気づいていないことにこの男は感じ取り、自分を軽蔑している。

と、身構えてしまう。

だが、実際には兄さんは人を分析するほど人に興味がない。フィクション大好きなので小説や漫画のキャラクターや好きな芸能人の分析はするかもしれないが、知り合いにはしない。

興味がない以上に、人様のことをとやかく言うほど大それた人間ではないと考えているのではないかと思う。

だからか、私は兄さんに説教されたことがない。

6つ違いの兄妹だとしたら、妹が粗相をしたら叱りそうなものだが、怒られたことがない。

ただの一度も。

私が5歳くらいの頃に兄さんのゲーム機を無断で借りて、遊び終わった後に何故か本棚の一番上の空いているスペースに置いていた。その後、何かの拍子で落ちてしまったゲーム機は、再生できなくなった。

その時でさえ、兄さんは怒らなかった。

もちろん悲しそうな顔をしていたけど、何も言わなかった。

両親には怒られた。当時の新型ゲーム機だったので、3〜4万はしたものを壊してしまったのだから当たり前だ。

そして、この時に気づいたことがある。

怒って当たり前の時に怒らないというのは、優しさではないということだ。

説教は、やりすぎたらいけないが、今後の相手のことを考えたら、一般的なルールを教えるくらいは、分かるまで言うべきなのだ。

しかし、それは中々の体力と時間がいる。

兄さんの中で、説教をすることで相手が同じ失敗をしないようにするより、説教をせずになぁなぁにして平和に過ごす方が価値があると考えている節がある。

面倒くさがりと同時に、基本的に何でも許せる器のデカさがある。

だから、相手のことを見透かすとか、そんなエネルギーを大量に使う様なことはしない。というか、できない。

何を考えているか分からないと感じた人は、安心して欲しい。

あなたのことは考えていない。

だから、期待してはいけない。

妹であろうと、この人は特別扱いしない。

結果長いこと一緒にいる奴くらいの気持ちだろう。

私は家族を必要以上に神聖視しているけど、兄さんは平等だ。

今日ランニング中にすれ違った知らない人と私が溺れていて、どちらかしか助けられないとして、物理的な距離が近いのがすれ違った人なら、兄さんはそっちを選ぶ。

別に進んで見捨てはしないけど、助けられる可能性が高い方を選ぶのだ。

そして、私が死んだらしっかり悲しむ。

自分のせいだと責任を感じるし、不眠症くらいにはなるだろう。

でも、私を追って自殺は絶対にしない。

脳に刻み込まれた私の最後の姿を忘れられないまま、生きていく。

そして、これは私の願望だけど。

私の死を糧にして小説を書いて欲しい。

大した夢もなく生きている私だけど、強いて言えば、私の最終目標はこれだ。

死でなくとも、兄さんに多大な影響を与えて小説を書かせる。

これはとても難しい。

あの平等主義者の印象に残るのは大変なことだ。

でも、私が一番好きな小説家が兄だったことは、私の人生最大の幸運だ。

やり遂げる。


「あー。そうだ。本棚の埃を拭こうとしたんだった」


「・・・」



今の兄さんのこの雰囲気はなんだろう。

何か違和感がある。

基本的には変わらない。

でも、私の大好きなあの作品達を描いていた時とは確実に違う。

フラフラとティッシュを取りに行く兄さん。

考えられるとしたら、ランニングだ。

ランニングで、身体も心も健康になってしまった。

ダメだダメだ。

身体はともかく心が健康な小説家なんて、魅力が半減だ。

このままではまずい。

私が何とかしなくては。

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