第6話 友達と仕事

<兄> ♠️

午前6時52分、準急池袋行き。

まだ本格的に混む前だが、座るのは難しく、吊り革につかみ本を読む。

ある程度混んでいる電車の中というのは、何かをしていないと意味もなくイライラしてくるものだということを数年前に学んだので、多少眠いが、文字列を追う。

今日読んでいるのは、野崎まど著「タイタン」。

どんな話か説明するのは難しいが、ざっくり言ってしまえば、仕事の話だ。

今から約200年後の未来、タイタンと呼ばれるロボットみたいな概念が人間の代わりに全ての仕事を請け負ってくれているという設定。

夢のような世界だが、想像が難しくもある。

小説では、タイタンが健康チェックや娯楽を用意してくれるとあったが、生きる目的が維持できるのだろうかと、ちょっとした恐怖を感じる。

まあ、今の俺は小説家なんていう、無くなっても人が生きる上でなんのダメージを負わないであろう、一応世の中から仕事と認定されているだけの役立たずだが、俺も4年ほど、しっかりとした仕事に就いていた。

毎日朝早く起きて、満員電車に揺られて多くの人と協力して仕事をしていた経験がある。

現在、小説家として飯を食わせて頂いているが、いつだって後ろめたさがある。

こんなもんが、社会に必要なのかと、感じてしまう。

前職の時は、ストレスも疲れもえげつなかったが、俺たちがいなくったら、結構大変なことになるという自信があった。

しかし、別に俺が書くのをやめたところで、誰かが困る想像ができない。

俺程度の作家の代わりなんて、いくらでもいるだろう。

サービス業、農業、製造業などの人達が一斉にボイコットをしたら、この国は滅ぶ。しかし、小説家が全員ボイコットしたところで、困るのは、出版社と読者のみ。

そんな生業を、仕事と呼んで良いのか考えていたが、この「タイタン」が、一つの答えをくれた。詳しいところは、野崎まどさんの知的な文章を呼んでほしいからここでは語らないが、俺の稚拙な表現で満足してほしい。

小説などの娯楽を作る我々は、「心を動かしている」ため、仕事の定義に含まれる。

らしい。

人に影響を与えるのが仕事なので、物理的にではなくとも、心を動かす作品を生み出すのは、仕事になる。

そうなってくると、別の疑問が生まれる。

俺は、読んでくれた人に、影響を与えているだろうか?

良い影響でも悪い影響でもかまわない。

何かを感じてくれているだろうか。

そんなことを考えながら電車に揺られていると、いつの間にか目的地である池袋に着いた。

持ってるリュックが他の人の邪魔にならないように、手で持って移動する。

ふと視線をズラすと、端の席に座っていたサラリーマン風の人の膝に同じくスーツ姿の男性の足が当たってしまっていた。

わざとではなく、移動の際にぶつかってしまったという印象。

外を歩いていれば、そのくらいのことはある。

しかし、ぶつかられた方が、ぶつかってしまった方に、強烈なキックを繰り出した。

それを受けた方が、すぐさまやり返す。

巻き込まれたくなかった俺は、速やかに他の乗客と同時に電車から降りた。

階段に向かう道中、ほぼ無意識に振り返ると、電車から出た後も、2人は蹴り合っていた。


何故、こんな朝早くに小説家が電車に乗っていたかというと、人に会うためだ。

池袋在住の、俺の唯一の友達は、ちょっと引くくらい忙しいので、会える機会が多くない。しかし、今日の午前中は時間ができたので、できるだけ早くから遊ぼうと、連絡がきたのだ。

やっとできた自由な時間を俺と遊ぶことに費やそうと思ってくれたことが、素直に嬉しい。

と、いっても、この時間からでは空いている店が少ないので、まずは、そいつの家に向かっている。

池袋といえば、「デュラララ!!」というアニメのイメージが強い。

池袋を舞台に首無しライダーや暴力を嫌う化け物、自称人間大好きな情報屋さんが好き勝手に生きている街。

総じて言うと、不気味な街。

海外からの観光客は、新宿などに比べると、全体的に暗い印象があるらしい。

雰囲気、色彩、天気、人々。

彼らの言うことがわかってしまうくらい、何かが足りない街なのだ。

関係ないとは思うが、この場所は事件や事故が多い。

街て同じく、何かが足りない奴らが集まる町が、この池袋。

俺は、この街が嫌いではない。


池袋は、東口と西口で雰囲気が変わる。

東口は、いわゆる都会といったイメージ。

西口は、風俗や飲み屋がそこかしこにある、怖い大人がいそうなイメージ。

俺の唯一の友達は、西口のとあるアパートの2階に住んでいる。

そこそこお金があるはずなのに、もう10年近く引っ越していない。

かつてのオードリーの春日さんをイメージしてもらうと分かりやすい。

そんな部屋で、男2人でだべるという、大学生みたいなことを、それこそ10年続けている。

西口に到着したら、まず公園がある。有名なドラマのタイトルにもなった、west gate parkだ。

遊具などはなく、池フクロウとかいう、ルーツの分からないキャラクターの盆栽があるだけの広場だ。

公園を右に歩き続けると、居酒屋、落語の寄席、個室ビデオ、漫画喫茶などが並ぶ通りに出る。

芸術と風俗が混ざった統一感のない空気が好きだ。

その通りを抜ると、チラホラ住宅街が見えてくる。昔ながらの八百屋さんや花屋さんといった、こころが穏やかになる店もある。

本当に都内なのかと疑いたくなるほど活気がないエリアに、例のアパートがある。

2階の部屋だから、当然、階段を使わないといけないのだが、自分の重みで崩れ落ちないか心配になる。毎回、出来るだけそっと上がっているが、危なかったことはまだない。意外と強い奴なのかもしれない。

もちろん、エレベーターなんていう、超絶便利なものはない。

階段を飛ばしたりせず、一段一段慎重に上がっていく。

203号室に到着。

無駄にでかいインターフォンをならす。

中の足音が微かに聞こえる。


「オィスー」


「ウ」


簡略化しすぎた挨拶をしてから、室内に入る。

手洗いなどを済ませる。他人の家の洗面所を使うのは、少しばかりの罪悪感がある。

人が汚れを落としている場所。それは、最大のプライベートスペースなのではないかと思う。

しかし、こいつの家の洗面所は、罪悪感をそれほど感じない。

何故かと考えた結果、「別にこいつのプライベートスペースに入ったところで、別に申し訳ないとかはないなー」と、無意識に感じていたのだと分かった。

気を使わない。といえば聞こえはいいが、実際には自分と対して変わらない人間に敬意を持つのが難しいだけである。

この203号室の様子も、俺の所有している部屋と似ていて、本だらけだ。

本棚に入り切らない小説や漫画が、床やテーブルに散らばっている。

本棚を見ればその持ち主がどんな人間なのか分かるというが、ジャンルが多すぎて何が何だか分からない。

サスペンス、SF、ミステリー、ホラー、恋愛もの、バトル、日常系、エロ、エッセイ、ドキュメンタリー・・・。

強いて言えば、サスペンスが多い気がするが、数えたわけではないので、断言はできない。

その数は、余裕で千冊は超えるだろう。おそらく、千五百ちょいといったところか。

大きな地震がきた時が怖い。

まあ、俺たちの家も似たような状態だから、人のことをとやかく言えないのだが。


「コーラとポテチ、あとしっとりチョコでいい?」


もう28歳になるが、2人とも、中学生みたいな食の好みをしている。


「うん」


贅沢を言うのなら、しっとりチョコではなく、ぷくぷくタイの気分なのだが、流石に申し訳ないので、素直に食べる。


「コーラぬるいから、氷入れてくれ」


コーラ、というか炭酸の飲み物に氷を入れた時の音が好きだ。そう言うと、「分かる分かる」と帰ってくる。この気を張らない会話、少し妹と話す時と似ている。

一緒にいて、疲れない関係を結ぶことを最優先にしたい。


「ねえ知ってる?」


某有名CMみたいな切り出し方をする親友。


「妹ちゃん、YouTubeでお前の本を紹介してるぞ」


「・・・おん?」


「先週くらいに、なんとなくYouTubeでお前の本のタイトルを検索してみたんだよ。ほとんど、ヒットしなかったんだが、唯一、妹ちゃんがべた褒めしてる動画が見つかってな」


「・・・」


「なんだよ。その顔」


自分がどんな顔をしているのか、分からない。

喜んでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、興奮しているのか、驚いているのか。

その全てのような気がするし、全くの無感情な気もする。

曖昧な気持ちのまま、スマホで自分の駄作を検索してみる。

一番最初の動画に、妹の姿がある。

タップする。動画が始まる。


「今日は、おすすめの小説を紹介します」


今日は、ということは、これが初投稿ではないのか?ふと画面の下辺りを見ると、チャンネル名「本の人」登録者数30万人・・・。


「30万人!?」


たまらず、大声が出てしまう。

あまり、YouTubeには詳しくないが、もうYouTubeだけで食っていけるくらいの数なのではないだろうか。


「な、すげーよな」


バカみたいな感想を親友が言っているが、とりあえず無視する。

スマホの小さい画面に写っている妹は、俺もよく知る気だるい表情で、しかし、聞き取りやすい声で俺の本のプレゼンをしている。


「〇〇さんの<クズの骨>です。〇〇さんの処女作であり、最も、らしい小説です。簡単にあらすじを説明すると、障害者施設で働いている主人公が、パワハラをしてくるパートのおっさん、まあ、パートなんでパワハラではないんですけど、そいつに精神攻撃を1年間受け続けます。理事長の息子だから、その嫌がらせは、表に出ません。そんなクズを殺すべく、完全犯罪を企てる話です。で、何がすごいかって、主人公の葛藤がまあ人間臭い。23歳の面倒な性質を何個も抱えている奴なんですが、常識を捨てきれない甘さも持っています。小説、つまり架空のお話なんだから、サイコ野郎として書いて、残酷な拷問シーンでも入れれば、もう少し売れただろうに、中途半端にいい奴という、物語の主人公としては、魅力に欠けるキャラクターで勝負しました。先程、人間臭いと表現しましたが、この主人公、考え方がコロコロ変わります。最初は、殺人計画を一生懸命たてるのですが、徐々に、<殺人を犯したら、どんなリスクがあるか>を真面目に考えて、やっぱり殺してやると初心に帰るのですが、1人じゃ無理があると思い、親友に協力を仰ぐ。順調に計画が進むが、親友の人生に黒星がつくことを今更ウジウジ悩み・・・。と、一貫性がなく、すぐに流されます。こういった行動に、イライラすることもありました。ですが、弱い人間だから、有害である他者を殺そうという、短絡的な思想になることを描いているのだと考えられます。著者の他の作品では、いわゆるヒーローと呼んでも差し支えない格好いい主人公が出てきます。個人的には、この著者は、弱くて中途半端な主人公を描く方が得意なのだと思います。間違ってもジャンプ作品の主人公になれない、ラノベの主人公にもギリギリなれない男の思考を徹底的に書いています。また、悪役であるパートのおっさんも弱い人間です。悪役にも、ある程度の魅力を出さないと、最近は売れるのが難しいのですが、リアルにいる、百害あって一利なしの人間です。自分に自信がないから、他者を攻撃して、一瞬の優越感に浸ることで精神を守る、傍迷惑な人種。己の常識に反するものは、決して受け入れず、浅い持論こそが正義だと本気で思っている馬鹿、それがこの小説のラスボスである。倒しがいのない、魅力がない悪役。しかし、現実では、こんな奴に溢れていることを示唆しています。もう40年ほど生きた後だったら、悪いところを直す柔軟性がない、孤独なおっさんが真面目な若者を潰す職場は、たくさんあるでしょう。あなたの仕事先にもいるでしょう。ベテランだということのみで偉そうにしている無能が。9割のスタッフに煙たがられているのに、パワハラをやめない。上層部から注意されても、1週間大人しくしたら、またパワハラを始める異常者が。自分よりも立場が弱い(と、思っているが、こいつが一番弱い)若い人には強い言葉を使うが、上司を前にすると、真面目な言葉遣いになる恥知らずが。いるでしょう。そんな人間の醜さも、執拗に描いています。はたして、凡庸な主人公は、弱いクズを殺すことがでいるのか。〇〇さんの結論は、ぜひ小説を読んでください。概要欄から購入することもできます。では、また気が向いたらお会いしましょう」


10分間、1人しゃべりだけで乗り切るストロングスタイルだった。

字幕もないし、BGMもない。しかし、声のトーンや間が良いので、最後まで飽きずに見ることができる作りになっている。

コメント欄にも、「××ちゃんのおすすめだったら、読んでみたい」と、書いてくれているのを見かけた。

視聴回数15万回。

15万の人に自分の作品のことを知ってもらうには、相当の努力が必要だ。元々、これほどの影響力を持つのは、出版社でも難しい。

他の動画でも、小説や漫画、映画にアニメなど、幅広く紹介しているようだ。


「どうよ。どんな気持ち?」


そういえば、親友が横にいたのだった。

どんな気持ちって。


「まあ、色々言いたいことはあるけど、普通にありがたいよ」


宣伝ってものが、小説家のほとんどが苦手だ。

基本的に、内向的な人が多いため、分かりやすい宣伝をするのが、恥ずかしいと感じる。

俺(私)みたいなもんが、人様に「買って下さい」と圧をかけるなんて、おこがましい。と、思ってしまうのだ。

しかし、これは謙虚とかではなく、ただの職務怠慢だと言える。

自分で生み出した作品が後に世の中でどういったポジションに嵌るかを、サポートしていくまでが、作者の仕事だろう。

多くの人の目に触れることが必ずしも良いこととは限らないが、まずは、読まれなくては話にならない。

物語にならない。

その第一歩が、知ってもらうこと。

出版社は、このことが大きな仕事の1つなのだが、難しい。

出版社の人間は、学があるが、ユニークな人ばかりというわけではない。

俺のような、パッとしない実績の小説家の作品を片手間に宣伝できてしまうほどの才覚がある人はいない。

はっきり言う。いない。

そんな才能を持っていたら、芸能事務所やらインフルエンサーとかに目が行くだろう。

だから、YouTuberが勝手に宣伝して勝手に売れるなんてのは、シンプルにありがたいのだ。

著作権だなんだと言う奴もいるが、作品が進化するのに、そんなもんは二の次だ。


「それ、妹ちゃんに伝えたら?」


「うぇ?」

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