第5話 プロットと予感

<兄> ♠️

走る意味を考えたことがある。

初歩的なメリットは、早く移動できるということ。

しかし、「なら車を使えば良いじゃねーか」という心無いことを言う人もいるだろう。

他のメリットを考える。

意識が高い陸上選手は、「風を感じられるから」と、インタビューかなんかで答えているのを、皆さんも見たことがあるだろう。

結論、そんなもんを感じても、楽しくはない。

むしろ、風が強い日に追い風が吹く中、走ろうものなら、風なんぞ百害あって一利なしだ。

だとしたら、俺は何のために走っているのか。自分で自分が分からない時があった。

健康のために走るのは、大人になってからの動機なので、学生時代の俺には当てはまらないだろう。

ここで、中学生になるにあたって、何故陸上部を選択したかを思い出してみる。


「はは、先生らしいですねー」

再び喫茶店にて空梨さんと打ち合わせ。

陸上部の物語のプロローグだけ書いたので見せてみた感想がこれである。

面白い、ではない。

らしい。

自分らしさを見失って久しいけど、空梨さんの中では俺らしさがあるのだろうか。


「とりあえず、この感じで書いて下さい」


そう言って、今日の打ち合わせは終了した。

こんなんでコーヒーを奢ってもらって良いのだろうか。

今まで、空梨さんに与えられた課題をこなして小説を書き上げていたから、自分の体験を書けそうな今回の執筆には、少しばかり不安があった。

学習、分析をして書いていた「商品」から、自分のエゴを詰め込んだ「作品」を書くことになってしまった。

およそ5年ぶりだ。

もっと、それこそ小説のような大きい出来事があってから、取り組んだ方がモチベーションは上がるのだろうが、現実なんてこんなもんだろ。


バイト代が入ってきた。

はじめてのお給金。

自分の力で稼いだお金。

何に使おう。

割と重要な選択だ。自分のために使うか、他人のために使うか。

バイト代は、今時珍しく手渡しだったので、頂いた瞬間に駄菓子を爆買いしたのだが、まだまだ残っている。

貯金をするのも考えたが、一瞬で却下した。

考えた結果、兄さんと食事でも行こうと結論づいた。

お寿司や焼肉、鰻など、特別感のあるものを私の初給料で奢る。中々格好いい使い方ではないだろうか。

よし。帰ったら兄さんに空いている日を聞いてみよう。


「ただいまー」

いつもよりも明るい言い方なのが自分でも分かる挨拶をする。


「おかえりー」


兄さんの挨拶の雰囲気も悪くない。今なら、特に負担をかけることなく、食事に誘えそうだ。

兄さんは作業部屋にいた。

今日はパソコンではなく、ノートと向き合っている。文面ではなく、設定を整理する時は、紙に書くようだ。

設定もパソコンに入力した方が良いと思うけど、兄さんの中でルールがあるらしく、設計図やネームなどといったいわゆる下書きは、昔から鉛筆で書いている。

なにしろ今は作業中だ。食事の話は後で切り出そう。


「おー!じゃあ焼肉行きたい」

食べ終わってお風呂入って、テレビをダラダラ見てそろそろ寝ようかというタイミングでようやく切り出せた。

私がいわゆる生活をしている中、兄さんはずっと仕事をしていた。

まだノートを開いている。

時刻は午前1時。もうすぐオールナイトニッポンが始まる。要するに、ド深夜だ。

この時間になっても風呂すら入らず、食事以外はひたすらノートに何かを書いている。

兄さんは、徹夜はしない主義であると思っていた。

徹夜は、頑張っている雰囲気は出せるものの、効率が悪い。だったら、しっかり寝てスッキリした脳で仕事に臨むべきと考えて、大体夜11時には寝ている。

ちなみに、オールナイトニッポンは、radikoで聞いているから、実際に1時から聞いたことはない。

そんななんちゃってリスナーの私達だが、作業をする時は大体ラジオを聞いている。

しかし、今兄さんは、無音の中、黙々と作業をしている。

だからなんだと思うかもしれないが、この時、私は小粒程度の不安を感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る