第4話 挨拶とスポーツ

<妹> 🩶

12月17日水曜日。

人生初のバイトの日。

16時から19時までという、なんともホワイトな雇用形態なので、必要以上に緊張することもないけど、午前中の大学では、駄菓子屋のことが頭の片隅にあった。


「ねー。〇〇ちゃん聞いてるー?」


唯一、私と仲良くしてくれている友達から、不満げに聞かれる。


「聞いてる聞いてる。一番くじが当たらないんでしょ?」


「そう!たけみっちはもう良いのよ。どらけんが欲しいのよ」


私はたけみっちが一番好きだけどなぁ。

やっぱり、顔のハンデから女子人気はあまりないたけみっち。

でも、いいんだ。ヒナさえいれば充分なんだ。あの人は。

それから、15分ほど、どらけん愛を聞いた後、「私、今日人生初バイトなんだ」と言ってみた。

こう見えてこの人は、高校時代から色々なバイト経験があるらしく、今もファミレスで働いている。一度誘われて行ったことがあるが、立派な戦力として扱われていて、ちょっと格好良いと感じてしまった。

注文したメニューにサービスでポテトをつけてくれた時は、天使かと思った。

そんな、格好良い天使に、働く上でのアドバイスをもらいたい。


「〇〇ちゃんがバイトかー。立派になったねー」


本気で涙ぐんでいる。知り合ったの半年前とかだから、前の私を知らないだろうに。

・・・まぁ、すごい進歩ではあるのかな。


「まあ、とりあえずあいさつだけは、しっかりね」


「分かってるよ」


「そうは言うけどねー、意外とこれができない人、多いんだよ?」


珍しく、顰めっ面を見せる。


「あいさつするメリットってさ、相手の人に良い印象を与えることができる一番簡単な方法だと思うのよ。やっといて損はないのにやらない人ってのは、性格が悪いって言うよりも、頭が悪いんだと思う」


「頭が?」


「うん。さっき言ったメリットが分からないんだよ。想像力がないから、あいさつする労力を無駄だと判断しちゃう。それが続いたら失うものの方がでかいのにねー」


確かにそうだ。

その日のテンションによっては、あいさつするのも嫌だったり、嫌いな人をスルーしちゃったりという気持ちはわかる。

しかし、ほんの1秒のことなのだから、「感じ悪い」と思われるより、さっさと済ませてしまった方が全然いいだろう。


「〇〇ちゃんは、可愛いから、そこだけ気をつければ大丈夫!」


「かわいかないよ」



「おはようございます!」


「ん。お疲れ様さん」


講義を3限まで受けてから向かったバイト先で、アドバイス通り、あいさつをきちんとしてみた。当たり前のことなので褒められはしないが、店長さんに悪い印象は与えていないと思う。


「ちょろっと仕事を教えるけど、まあ、テキトーにやりゃあいい」


そう言って私にレジの打ち方や、当たりのある駄菓子の景品やお金の扱い方を教えてくれた。


「それじゃ、あたしゃ2階にいるから、わからないことがあったら来なさい」


そう言って、店と一緒になっている一軒家の階段を上がっていく。何するんだろう?盆栽いじるのかな。

そんな適当なお年寄りのイメージをしてから、もう一度駄菓子が並ぶコーナーに移動する。

あー。

やっぱり、美しい。

配列がこれ以上ないくらい完璧だ。

私の実家の近くにも駄菓子屋さんがあったが、こうも見事な配列ではなかった。いくらでも眺めていられる。

しかし、お金をいただく以上、働かなくてはならない。

とりあえず、外に落ち葉が溜まっていたから、掃除しておこう。

良い駄菓子屋さんは、子供が入りやすい佇まいでいなくてはならない。

せっせとほうきをはいていると、「あれ?誰?」と声が聞こえた。

声の方を見ると、小さい男の子が立っている。

お客さんだ。


「あ、どうも。今日からバイトする〇〇です」


小さくてもお客さんだから、とりあえずは敬語を使った。


「ほぇー」


普段あんまり聴かない相槌をしてから、その子は店内に入る。私も番台に座り、レジの準備をする。

なにやら、視線を感じる。

駄菓子を選びながら私を見ているようだ。

男の子は、気づかれないようにしているのだろうけど、女に気づかれずに観察することは、まず不可能なのだと教えてあげたい。

特に、自分を守る能力がない女は、ちょっとした病気のレベルで視線に敏感だ。早めに危険を察知することで、非力さをカバーしている。

駄菓子屋さんでバイトする若い女が珍しいのか?それとも、一目惚れされたかな?

まあ、今回は小学生低学年(仮)。警戒レベルを落としても良いだろう。

冗談はさておき、どう対応するべきだろう。

個人的には、駄菓子屋で店員に話しかけられたくないのだが、フレンドリーな店員が良いという人もいるだろう。私は、どちらのタイプで行こうか。


「あの、これください」


ごちゃごちゃ考えている間にその子がお会計をしようとしている。

いかんいかん。お客さんを待たせては。

よっちゃんイカとドラチョコとブタメンか。中々良いセレクトじゃないか。



「先生は、スポーツ経験はありますか?」


某出版社の打ち合わせスペースで、無料で飲める割には美味しいコーヒーを飲んでいたら、到着早々空梨さんにそう問われた。


「一応、中学高校は陸上部で長距離やってました」


「おー。一番しんどいやつじゃないですか。すごいですね」


「別にすごくないですよ。他のスポーツが壊滅的だったから、消去法で選んだだけですし」


走るだけで成立する長距離走は、他のコツや頭脳が必要や種目より、普通だった。

得意ではなく、普通。

そう、長距離走は、俺にとって普通だった。決して好きなわけではなかったのだ。


「で、なんです?急に」


次回作の打ち合わせをしていて、行き詰まってお互いコーヒーに逃避していたら、突然の質問してきたのだ。


「いや、スポーツ経験があるなら、テーマの一つにできないかなって思いまして」


「できないですできないです」


食い気味に否定する。前述した通り、陸上部・・・特に高校の陸上部には、嫌なおもいでしかない。


「でも、嫌いっていう気持ちも、作品に反映できるかもじゃないですか?」


これは、一理ある。

今までの俺の小説もどきは、そういった嫌いという感情をぶつけたものが多い。

今まで読んできた小説がそういう内容の話が多かったというのもあるが、俺自身が、好きなものよりも嫌いなものを語る方が得意な嫌な人間であることの方が、理由としては、強い。

小説家を目指そうなんて酔狂な人間には、ありがちな思考パターンである。

「走るってことを先生目線で噛み砕いてみたらどうですか?」

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