第3話兄の過去と咳払い
<兄> ♠️
小学4年生、異変が起こった。
咳払いが気になる。
それまでは、気にならなかった他人の咳払いを聞くたびにビビっている自分に気がついた。
特に、授業中がキツかった。
あの男子は、5分おきに咳払い。
あの女子は、少し動く度に咳払い。
あの先生は、教科書を読む度に咳払い。
色んな人の咳払い癖を覚えてしまった。
しかし、中には滅多に咳払いしないやつもいて、そいつらと仲良くしていた。
その頃には、敵に回さない方が良い奴も把握していたので、そういう奴らに話しかけられたら、咳払いに気付きつつも、笑ってやり過ごすスキルを高めていった。
そして、5年生のある日、ふと思った。
このまま中学生になったらやばいんじゃないかと。
当時の俺は、咳払いのストレスから逃れるために、本ばかり読んでいる文学少年だった。しかし、勉強はできないタイプの。
さらに、コミュニケーション能力が高いわけでもなく、運動はからっきしだった。
小学校と中学校の1番の違いは、部活があることだ。
このままでは、俺は文芸部に入って、地味な男子だけの部室で貴重な3年間の大半を過ごすことになると気づき、このままではやばいと思った。
別に文芸部が嫌というわけではなかったが、教室内での発言権は、弱くなることは想像できた。
あと2年で中学生になる。
それまでに、運動部で活躍できる可能性はあるか?
サッカー部・・・だめだ。そもそも球技に向いていない。
水泳部・・・だめだ。息を止めるのが苦手。
柔道部・・・だめだ。人と密着できない。
詰んだと思ったが、まだ考えていない運動部があることに気づいた。
陸上部・・・長距離だったら、とにかく2年毎日走っていれば、それなりになるのではないか?
そう考えた次の日から、近所を走り始めた。
中学2年生、陸上部の部長になった。
小5から割と真面目にランニングを続けていたら、いつの間にか、体育の長距離の授業で3位になることができた。
色んな人から褒められたため、自信がつき、中学に上がったら陸上部に入ることを決めた。
入部してしばらくは、柄の悪い同級生がいて、少し怖かったが、1人黙々と練習に取り組んだ。
長距離の良いところは、1人で練習ができるところだと思う。
そうしたら、いつの間にか、柄の悪い連中はいなくなり、一緒に練習してくれるチームメイトが徐々に増え始めた。
初めて、青春っぽいことを経験できたと思う。
うちの陸上部は、男子女子が分かれていなくて、女子の友達も何人か増えた。
ある日、練習を終えて水分補給していると、「よくあの人と仲良くできるね」と言われている女友達を見かけたことがある。
俺と笑顔で話してくれる良い奴だったので、俺のせいでそんなことを言われているのが、たまらなく申し訳なかった。
しかし、「んー。でも、たぶん××は良い奴だよ」
と、俺の名前を出して答えていた。
油断したら泣きそうだったが、堪えて練習に戻った。
その日の夜、俺と仲良くしてくれる奴らに損をさせない方法について考えた。
性格を変えることは難しい。
つまらない話を面白いとは言えないし、しょうもない人間を褒めることもできない。
だから、何を考えているか分からないと、敬遠される。
そんな奴と仲良くしてくれる奴が得をするには・・・。
権力だ。
アホみたいな結論だったが、これがそれなりになるうまくいった。
誰よりも真面目に練習に参加して、出れる大会には全てに出て、後輩へのアドバイスなんかもしてみた。
結果、新しい部長を決める時に、立候補した際に反対意見が出ることはなかった。
これで、俺の友達の文句は言わせない。
その後、3年生になってからは、文化祭、体育祭、合唱祭、イベントがある度にリーダーを務めた。
部活だけではかさなく、クラスでも権力を握りたかったのだ。
その頃の心境を思い出すと、少しハイになっていたと今では思う。
人の役に立つことで、自分は価値のある人間だと思いたかったのだと思う。当初の友達のためという気持ちは、途中からなかった。
承認欲求を満たしたいがために、重労働をかってに行なっていた。
自己犠牲が格好良いと思っていたのだ。
もちろん、その時の経験は今でも生きているが、ある意味歪んだ想いで走り回っていた。
そんなことばかりやっていて、勉強を疎かにしていたから、あまり良い高校に進むことがでかなかった。
・・・高校の話はまた機会があれば。
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