第2話 駄菓子とアニメ
<妹> 🤍
「好きな駄菓子は、うまい棒コンポタ味、おやつカルパス、ヤングドーナツです!」
池袋の人通りの少ない路地にひっそりと佇む駄菓子屋さんで、私は自身の駄菓子好きさをアピールしていた。
今時珍しいと言われるけど、駄菓子が好きだ。
子供の頃、限られたお小遣いで兄さんと1時間近く悩んでお店の前のベンチで食べた駄菓子達を大人になっても忘れることが出来なかった。
だから、こうして駄菓子屋のバイトの面接を受けている。
「うん。いつから入れる?」
「え?」
私と駄菓子の思い出を8つ用意してきたんだけど、披露するまでもなく面接が終わる。
目の前のおばあちゃん・・・店長は、履歴書もろくに見ずに、明日の午後から入れると答えた私に採用を言い渡した。
最近、変なやつもいるんだから、少しは警戒しても良いとおもうけど・・・。
まあ、受かったからいいか。
帰る際、お礼の意味と食欲のために、さっき言った私の駄菓子トップ3を7個ずつ買った。
兄さんと撮り溜めてるアニメを見ながら食べよう。
兄さんは、うまい棒は野菜サラダ味が好きだけど、今日は、私の人生初のバイトが決まった日なのだから、一緒に好きなものを食べたい。
あ、じゃあ夕飯も私の好きなのにしよう。
カルボナーラだ。
楽しみだな。
「おかえり」
パソコンに目線をはずさないでそう言って、兄さんは執筆に戻る。
兄さんの部屋に入ったら、何時間も作業していたであろう独特の空気を感じた。
「ただいま」
忙しそうだな。でも、ご飯は一緒に食べられるよね。
「今日は、カルボナーラだよ。ぱっと作っちゃうね」
「あー。ごめん。先に食べてて。これ仕上げてからからにする」
集中してる時の顔してる。邪魔しちゃ悪いな。
「うん。お仕事がんばって」
とりあえず、私の分は先に作っちゃって、兄さんが仕事終わってから、もう一回作ろう。
リビングでアニメを見ながら食事をとって、自分の部屋に戻り、兄さんの今までの著作を読み返す。
もう、何度読み返したか覚えていない、殺人鬼と女子中学生の奇妙な同居の物語。
今、兄さんは新しい傑作を生み出そうとしているんだから、私が抱いている気持ちは、筋違いだ。
こんな気持ちは、物語にかすめとってもらおう。
夜10時、兄さんの部屋なドアが開く音がした。
小説が丁度良いところだったけど、私もリビングに行く。
「終わった?」
台所でコーラを飲んでいた兄さんに声をかける。
「んー。とりあえず」
「じゃあ、ご飯作るね」
「ありがとー」
仕事後の兄さんは、たいていラジオを聞く。
今の時代、スマホさえあれば、いつでも好きな番組を聞くことができる。
10年以上大人気深夜番組を担当するお笑い芸人のおしゃべりを私も聞きながら、料理を進める。
ラジオがあって良かった。
これで無音だったら、ちょっと参ってたかも?
「あ?」
ソファに横になっていた兄さんが、突然声を上げる。
起き上がり、数秒間動かない。
どうしたのかな。
すると、恐る恐る私の方を見る。
「今日、お前、バイトの面接だった?」
「うん」
「どうだった?」
「受かった」
今度は俯く。
「ごめん」
そのまま、いつもよりも低い声で呟く。
「そんな日に、お祝いを用意しないどころか、1人で飯食わせて、挙句の果てに時間差で俺の分の飯を作らせて・・・ごめん」
私と目が合わない。
私がどんな顔をしているのかを見るのが怖いんだろう。
怒ってるわけないのに。
兄さんは、一生懸命仕事をしていたのに。
そう伝えてあげたい。
「じゃあ、一緒に駄菓子食べて」
「はい」
理由も聞かずに即答する兄さん。
たぶん、意味はわかっていなくて、私の機嫌を取りたいのだろう。
「アニメ見よう。これ、まだ見てなかったんだよね」
「はい」
もはや、私の言うことなすことに全肯定する兄さんの隣に行き、さっき見たばかりの人気アニメを見る。
面白かったから、2人でもう一度見よう。
午前2時半。
明日は、バイト初日なんだから、もう寝ておきたい。
バイトは夕方からだけど、大学の講義は2限からある。だから、8時には起きたい。
目を瞑る。
よく、横になって目を瞑っているだけでも身体は休まると言うけど、今、私が感じているのは、焦りとストレスだけだ。
昨日も眠れなかったけど、今日は、さらにひどい。
横になっていることは、本来なら楽な体勢のはずなのに、起き上がりたい衝動にかられる。
これは、このままでは埒があかないパターンだ。
とりあえず、台所に行き、水でも飲もう。
自室から出た瞬間、リビングに灯りがついているのに気づいた。
ああ。今日は、兄さんが調子の良い日なんだと、少し嬉しい気持ちになる。
ソファに座ってイヤホンをしながら、パソコンに向き合う兄さん。
私に気づき、イヤホンを外す。
「眠れないのか?」
「うん」
水を飲みに来たはずだったけど、兄さんの元に向かい、兄さんの隣に座る。
「ここいて良い?」
「もちろん」
イヤホンを付け直し、執筆に戻る兄さん。
パソコンをタイピングする音だけが聞こえる。
長いこと勢いよく打っている時間もあれば、10分に一行くらいしか進んでいない時間もあった。
私はその法則を見つけようとしていた。
「ん・・・」
次に私が覚醒したのは、朝日の光を感じた時だった。
「あれ・・・」
寝れたのか。私は。
午前7時半。
寝ぼけ眼で、周りを確認すると、掛け布団が敷かれていることを気づいた。
薄いタオルケット。
子供の頃から、兄さんが頑なに夏はタオルケットで寝ている。
ちなみに、私はタオルケットを持っていない。
・・・。
なんだか、得した気分がして、タオルケットを頭まで被ってみる。
兄さんがこだわる気も少し分かる気がする。
守られているように感じられる。
このタオルケットをかけてくれた人は、しっかりと自分の部屋のベッドで寝息を立てていた。
さて、現在7時40分。
朝食を作ろうかな。
私は、軽い足取りで台所へと向かった。
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