魔王軍でも会議は無駄。第2話
闇の大神官オズワルドに会って来い。
そうアシュリー殿下に言われた私は会議室を後にした。
どうも地下神殿に行かねばならないが、その場所を私は知らない。
なにせ私は未だに客間暮らしだ。
妖魔の主とは名ばかりで、ほとんどの妖魔達は私の下に着くことを拒んでいる。
この魔王城も会議室と自分の客間の場所しかわからない。
当たり前だ。
ついこの間まで敵だった奴らの巣窟にいるのだから、下手に出歩きたくはない。
それで揉め事でも起こすものなら、自分の立場をさらに悪くするだけだ。
今の私は魔王の婚約者のはずだが、そんなよくわからない微妙な立場だ。
ついでに私のイメージでは魔王城はおどろおどろしい場所だと勝手に思いこんでいたが、とてつもなく広くはあるが造りは普通の城とそう変わりなく平時であれば優美ささえ感じれるほどだろう。
ただ、今は籠城戦と言うことで多種多様な魔族が住み込みで襲撃に備えているので、優美とは無縁で殺伐とした雰囲気がそこら中から漂っている。
まあ、戦時なのでそれは仕方がない。
それでも誰か人を捕まえて地下神殿の場所を聞かなくては、と思っていると逆に声を掛けられる。
「よぉ、ヴァンの旦那。会議は終わったんですかい?」
獣臭がするほど野性味あふれる赤髪の男が槍を携えて柱にもたれかかっていた。
この男はランスという名で、以前からペシュメルガに雇われていた傭兵のとことだ。
金さえ支払えば裏切ることも、まあ、少ない、それなりには信用のおける人間だ。金さえ払えれば、だが。
「いや、殿下から野暮用を仰せつかってな」
そう返事をしつつも、地下神殿の場所を聞く人間を探す手間が省けた。
この男は数少ない私を妖魔の主と認めてはくれている者の一人で傭兵団の頭だ。
先代の吸血王ペシュメルガを力を受け継ぎ吸血鬼の王となったことを認めた、というか、殿下と共にこの魔王城に逃げ帰って来た時、最初に出迎えたのがこのランスという傭兵だった。
その後、殿下から私の話を直接聞かされ、私が新しい妖魔の主になったと信じざる得ない状況にされたある意味かわいそうな人間でもある。
言ってしまえば、認めたくはないはないが、殿下から直接話を聞いてしまったので無下にはできないという立場になってしまっただけだ。
傭兵という立場的に、さぞ迷惑な事だろう。
「へぇ、そうですか。じゃあ、後で俺の野望用にでも付き合って頂けますか?」
ランスはそう言って目をぎらつかせる。
その目はまるで獲物を狙う肉食獣を思い浮かばせる。
敵意ではないか、何か試されているようには思える。
「金の話か? それなら既に前金で半年先まで支払われていると言ったのはお前じゃなかったか?」
よくはわからないが、そんな話だったはずだ。
このまま金の当てができなければ、半年後にはこの男も私の元を去ることだろう。
まあ、魔王国で傭兵家業などやっている輩だ。まともな人間ではないだろうし構いやしないが。
とはいえ、この魔王城で味方がいないのは肩身が狭い。どうにか金の当てを見つけなければならない。
いや、そもそも、半年先まで聖帝国相手にこの魔王城が持ちこたえるとは思えないので、どうでもいいのかもしれないが。
「いやいや、金の話じゃないですよ。まあ、旦那の野暮用の後でかまいませんので」
ランスは笑って、金の話ではない、と否定している。
じゃあ、なんだ。と考えるが、ここは魔王国であり、人間の常識など何一つ役に立たない。
考えるだけ無駄なのかもしれない。
「まあ、いいが。こちらの用が終わったら付き合う。
ところで、地下神殿の場所を教えてはくれないか?」
そう言うと、ランスはあっけにとられたような表情を見せた。
そこまでわかりやすい場所にあるようなものなのか、と思ったが、どうもそう言う訳ではないらしい。
「へっ? 地下神殿? まさか野暮用って……」
愕然とした表情で、少し引きながら、その顔に恐怖に引きつらせながらもランスはそんな事を聞き返してきた。
「オズワルド殿に挨拶して来いと言われてな」
まあ、オズワルドという存在を考えれば、そういう反応になるのも分かるかもしれない。
オズワルドは人間が到達できる究極の到達点の一つにいる存在と言っても過言ではない。
しかも生者の敵である邪悪な不死者だ。
「ハハッ、アシュリー殿下も人が悪い……」
ランスはそう言って笑いつつも微妙な表情を見せる。
「そう言えば、なんで殿下は殿下と未だに言われているんだ。まあ、間違いではないだろうが、魔王様とは呼ばないのか?」
その問いに、ランスは逆に不思議そうな表情を浮かべた。
そして、どうでもいいとばかりに返事をする。
「さあ? まわりの者、皆が殿下と呼べば殿下で良いんですよ。ここじゃあ、そんな敬称を気にする奴なんていませんよ」
「そういうものか。わかった」
この魔王国で礼儀を気にするのは、私とゴブリン位のものかもしれない。
今のゴブリン達は人間の上流階級の生活に関心と憧れを持っているらしく、ムッシュリーニの奴にも色々と話を聞かせてくれと頼まれている。
聖帝国のそれは堅苦しいだけで良いものでもないのだが。
「で、えーと、地下神殿でしたよね。
正面の大階段はご存じで?」
「ああ、正門のところにあるやつか?」
大石橋の終わりに魔王城の城門がある。その奥に正門と呼ばれる門と広場がある。
恐らく最終決戦場となる場所だ。あの広場を突破されたらもう後がない。
その広場には、やはりアホほど大きな大階段があり、そのままその階段を上ると魔王の玉座間へと通じている。
城の防備としては良くない作りだが、そもそも魔王国建国より四百年、敵軍が石橋を渡ったことはない。
城としてはただの飾りなのかもしれない。
石橋を渡られたところで、魔王国としては敗北しているようなものであり、現状ではその一歩手前だ。
まあ、今は魔王国の現状の話はいい。どうせ考えてもどうにもならない。
「あれの裏手というか、階段裏に地下に通じる下り階段があります。そこを降りていったらそこが地下神殿。まあ、地獄ですよ」
ランスはそう言って半笑いの表情を見せた。
ランスの表情からは、恐れや恐怖と言った感情が簡単に読み取れる。
「そんな危険な人物なのか」
会議室での周りの反応を見るに、のっきぴならない人物、というか存在なのはわかっているが、同じ魔王国の所属ではあるはずだ。
それほど恐れることがあるのか疑問にも思う。
それに今の魔王国は仲間割れしている場合でもない。
魔王国が聖帝国相手に降伏しても、間違いなく全員虐殺される。聖帝国からすればこれはただの戦争ではなく聖戦であり魔物退治なのだから。
降伏などが許されるわけはない。その状況下で仲間割れなど意味がないはずだ。
「俺の口からは言えないですよ、命が惜しいですから」
ランスはそう言って顔を引きつらせた。
ランスの表情を見るに、私が考えているよりもだいぶ危険な存在なのかもしれない。
とは言え、既に一度死んでいる身だ。殿下の血が飲めなくなるのは物悲しいが、いつ終わってもいいし、むしろ終わらせてほしい位の気持ちもある。
「あぁ、嫌な予感しかせんな」
自然とそんな言葉が口からあふれ出る。
「まあ、旦那の野暮用が終わったら、俺の野暮用にも付き合ってくださいな」
そう言ってランスは軽薄そうな笑顔を見せた。
「わかった。では、行ってくる」
ため息交じりにそう言ってランスと別れ地下神殿を目指す。
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