魔王軍でも会議は無駄。
只野誠
第1話
今日も会議が始まる。
この会議に意味はない。私はこの会議に出るのは今日で三日目だが、結論はでないのはわかりきっている。
当たり前だ。既に魔王軍は既に詰んでいる。
それがわかり切っているから、話を聞き流して早く会議が終わることを心から祈っている。
こうなった事の始まりは聖帝国、その西の古き古の山脈から大量のミスリル銀の鉱脈が見つかったことだ。
聖帝国はそのミスリル銀を使い千領以上の全身甲冑を名工に作らせ、時の大司祭とその配下百名がその命を投げうってまでして、その全身甲冑全てに強力な光の女神の祝福を授けた。
それらの全身甲冑、または身に着けた騎士をミリオンズと呼ばれ、領主や優れた武勲を上げた騎士たちに皇帝より与えられていった。
それにより聖帝国は世界統一に向けて停滞していたその野心を再び動き出した。
周辺諸国の主要都市は既に落ち、多くの国々は聖帝国に屈して行った。
この辺りの地域でまだ戦っており聖帝国に屈していないのは、聖帝国の前身となる聖王国の頃より仇敵であった、この魔王国くらいのものだ。
聖王国と魔王国。両国ともその建国は似ている。
この辺りの神、光の女神と闇の女神。相対するその二柱を信仰していたのが元となる。
ただ魔王国の王、魔王は闇の女神の血筋を引いているとされ、人よりも長寿であり、他国から見ればだが、闇の女神の血筋こそが魔王の証明であり力の象徴でもあった。
それに対して聖王国の聖王はただの人間である。いかに初代聖王が聖人君主であったとしても、その血筋を引く者がそうとも限らない。
四百年という歴史の中で聖王国は周辺諸国と領土戦争をし始め聖帝国へと変貌を遂げた。
聖帝国は強大ではあったが、さすがにほぼ全方位に領土戦争を仕掛けすぎ各所での敗戦が目立つようになり、その侵略戦争は停滞していった。
しかし、ミリオンズが完成してしまった。
それにより戦局は一気に流れが変わり、再び、周りの周辺諸国から見ればだが、侵略国家として聖帝国その覇道を歩んでいった。
ミリオンズの活躍によりこの辺りでは主要国のいくつかは既に陥落している。まだ戦っている国もあるが陥落は時間の問題だろう。
それはこの魔王国とて同じだ。
それを打開するための会議なのだが、答えが出るわけもない。
既に魔王国も首都以外はほぼ占領され首都に籠城しているのだから。
ただ魔王国の首都は大きな、それこそ世界最大の汽水湖の中に存在する、これまた巨大な島に存在している。そして、その湖の中には無数の闇の女神の守護海竜達により守られている。
さすがの陸では敵なしのミリオンズも船ごと海竜たちに沈まされてしまえばどうにもできない。
というか、魔王軍の船ですら海竜たちは襲うのでこの島というか、この汽水湖自体どころかその周辺の海域にすら港がそもそもない。
魔王国の首都と外界を結ぶのは、大昔に神の力で建てられたという超巨大な一本の石橋のみだ。
直線状で長距離な橋だけに守るのは容易い。流石のミリオンズも攻めあぐねている状態だ。
が、橋の外には聖帝国の軍勢が既に駐屯地を築いている状態だ。
その時点で、もう詰んでいる。
魔王国の首都があるこの島は相当大きいらしいので籠城戦でも、しばらくは飢える事はないそうだが、それでもいずれ限界は来る。
物資の補給もままならない。
いくら大きい島だからと言ってもこの島だけですべてをまかなえはしない。いずれ物資はつき、全てに飢えることになる。
私も生前は聖帝国の一領主としてミリオンズを授かり聖騎士として魔王国との争いの最前線に立っていた。
最前線に立っていたからこそ戦場で出会った。先代魔王と。
異常とも思えるほど筋骨隆々な男だった。頭から山羊の角のような物が生えていた。当時はその角が本物だと思っていたが、それは魔王国の王冠についている装飾だと最近知った。
魔王と呼ばれる存在も人間とそう変わりない、というのは見た目だけの話だ。
そもそも魔王国は力こそ正義を地で行く国だ。その国の王、魔王も一番強い者がなるしきたりだ。だが、その四百年の歴史をもってして歴代魔王は皆、同じ一族がになっている。
だが、そこに伝統やら血筋といった理由があったからではない。皆、圧倒的な実力で魔王という玉座についているだけだ。
それだけ、闇の女神の血が強大な力を秘めているという話だ。
まあ、魔王は、闇の女神の血を受け継ぐ血族は、超強い人間のような存在と思ってくれればいい。
代々それが受け継がれ、現在の魔王と呼ばれる存在も先代魔王の娘だ。
まあ、それは今は置いておいて、歴代の魔王と呼ばれる連中はとんでもない存在だ。
ともかく強い。力が嘘のように強いし、タフでしぶとく、魔力も信じられないほど高い。
それに戦場で出会った。ミリオンズの兜についている戦意高揚の祝福の効果がなければ、私も逃げ出していたかもしれない。
あるいは逃げ出していれば、私は死んでおらず、こんなくだらない会議に出ていることもなかったのだろう。
ミリオンズを身に着けた数十名の騎士と共に私は魔王と戦った。鋼鉄などよりも数倍堅牢なはずのミスリル銀の鎧が飴細工のように容易く壊され、魔王の前に皆散っていった。
それでも恐れずに挑み、魔王相手にも手傷を増やし、魔王を確実に追い詰めていった。
何人もの騎士や兵士が魔王ただ一人に屠られていったことか。今でも勝てたのが奇跡としか思えない。
もちろん私も魔王に挑んだ一人だ。そして、私の決死の覚悟で踏む込んだ刃が魔王に止めを刺したのも事実だ。
これは私の腕が特に良いとかではなく、ただ運が良かった。いや、運が悪かったからだ。
なぜならば、その後、私は先代魔王の最後の反撃を喰らい、私もまた絶命したはずだったからだ。
まあ、結果だけ見れば相打ちというやつだ。
もし生きて帰っているならば、魔王殺しの英雄として勇者の称号を得ていたのかもしれない。
だが、私は勇者ではなく、今ここ、本来は敵軍であるはずの、それも敵軍幹部、魔王十三支族の会議に出ている。
なぜ死んだはずの私が敵軍の会議に出ているのか。
そのことを話すと長くなる。
が、結論の出ない会議を聞いているよりはマシなので、適当に思い出してみる事としよう。
なにせ今も結論の出ない話し合いを続けているのだからな。
では、思い出していこう。
私は魔王の最後の一撃を喰らい確かに死んだ。
意識もぷっつりと途絶えた。もう二度と目覚めることはないはずだった。
だが、意識が戻った。
戻った意識でまず思ったことは、目の前にいる貴族風の男が私の主人だと言うことだ。
見たこともない男だったが、本能でその男が主人だと言うことが分かった。
この男の命令には絶対服従しなければならない。そういった強い思いと確信があった。
ただその男は深い傷を負っている。人間であればすでに死んでいるほどの傷を負っている。
「アシュリー様。なんとか目覚めました。成功です」
私の主人がそう言った。それはなによりです、そう言いたかったが声は出なかった。
どうも私の体は破損が激しくまともに動けないどころか、喋ることすらできないような状態だった。
しかし、それを聞いた、美しい、とても美しい薄褐色の肌の女がとんでもないことを言い放った。
「ふむ。では、貴様の首を落とすぞ。ペシュメルガ。
そして、こやつに貴様の血を飲ませればいいのだな?」
この女は何を言っているのか信じられなかった。
主の首を落とす? それだけは阻止しないといけない。そう思ったがやはり私の体はまともに動きすらしない。
しかし、主は満足そうに頷いた。
「はい、それで始祖の力は失われずに済みます。忌々しい聖剣の傷により再生もできず、この肉体はもうダメです。
このままでは始祖の力までもが失われます。それだけは避けないとなりません。
緊急処置で、本来は時間をかけて吸血鬼化させるのですが、今はその時間もありません。
この男の精神は人間のもののままですが、そこはアシュリー様の御力でどうにか……」
そう言って主は目を伏せた。
もうあまり時間が残ってないとばかりに、主はそのまま頭を下げ首を差し出した。
このままでは主の首が落とされてしまう、と思うが私にはどうすることもできない。
「わかった。では大儀であった。大人しく散れ」
そして、私が主人だと思った男は斬首され、その血が首から溢れでた。
ああ、主人が死んだ、と思ったが、それでも体が思うように動かない。
私の体は今もズダズダに引き裂かれており、動くわけもなかった。
そこへアシュリーと呼ばれた、美しい女が主人の首から流れ出る血を、その首ごと口に突っ込んできた。
名も知らぬ、いや、たしかペシュメルガと言ったか、主人の血が口の中に、喉の奥へと、流れ込んでくる。
すぐに異様なほどの力が湧いてくる。
その力に耐えきれず私はまた意識をなくした。
次目覚めたとき、私は魔王城の一室、おそらくは客間のベッド上に寝ていた。
若返り、ボロボロであった肉体ですら全て再生しており、その肌は青白くも美しく、けれど鏡には決して映らず、口からはその象徴ともいえる長い牙を生やしていた。
吸血鬼、しかもその王、始祖の力を持つ吸血王となっていた。まあ、その辺は後で知らされたことだが。
目覚めてすぐに覚えた感覚は、なによりも血への渇望だった。
血を吸いたい。そう思い起き上がろうとすると、それを力ずくで阻止された。
すぐに気づく。あのアシュリーという、何とかって言ったかあの好かない男の首を落とし血を飲ませた女が私に馬乗りになっていた。
いつの間に馬乗りで乗られていたのかわからない。
目を覚ました時はそんなことはなかったはずだが、気が付けば美しい女がかぐわしい血の匂いをプンプンさせ、私の上に乗っていた。
それはそれで興奮する。より血を欲する程度には興奮する。
「血だ、血を飲ませろ!」
どうにか出た言葉がそれだった。
色々と混乱していたが、それ以上に本能のほうが優先した。
とにかく血が飲みたい。むさぼり飲みたい。目の前の美女の血をすべて啜りたいと。
「人間の精神という話だったが、ペシュメルガではないのか?」
私の第一声がそれだったことに対して、目の前の女は随分と落ち着いているように見える。
しかし、そんなことはどうでもいいし、私はそんな名前ではない。
「私は、ヴァン・レイナード。聖帝国の領主の一人であり聖騎士である。
故に血を欲する。そなたの血をよこせ!」
なにが、故に、なのか。自分でもわからない。
ただただ吸血衝動が抑えられかったのだろう。野獣のように血を求めてた。
「そうか。ペシュメルガではないのだな?
それは良かった。我の血を与えてもよいが、代わりに条件がある」
「条件だと?」
この血への渇望を癒してくれるのであれば、大概の条件は飲もう、と心の中で即決する。
なにがなんでも血を欲していたからだ。それ以外のことは何も考えれないほどに。
「我が夫として、我が下僕となれ」
だが、女が言った言葉は私を正気に戻らせた。
「な? 夫で下僕? いや、私には妻が……」
そうだ、私は自分の領地に妻と子を残してきている。
そのことを思い出して私は急に正気に戻る。
今の今まで思い出せなかった、いや、完全に忘れていたことだが、思い出せた。
それをきっかけに色々なことが思い出されていく。
その行き着く先は、私は死んだはずだ、という事実だけだ。
「既婚者だったか」
少し残念そうに美しい女はそう言った。
「息子もいる」
ダメ押しとばかりに息子がいることも伝える。
これで諦めてくれればいい。死んだと言えど妻子を裏切るようなことはしたくない。
私の残った理性がそう告げてくる。
まだ吸血鬼として復活したことを知らなくとも、恐らく不浄な存在として復活している事だけは理解できた。
生血をこれほどまでに欲するのだ、まともな蘇生でない事だけは確かだ。
それでも妻と子だけは裏切る気は起きなかった。聖騎士の誇りなどよりも私の妻への愛は深かったようだ。
「まあ、別に構わん。
で、どうする? 我が血が欲しいのだろう?」
が、女は結局、そんなことはどうでもよかったようで、気にも留めていないかのようだ。
そして血という言葉で、再度私は我を失う。それほどまで生血への渇望が強い。正常な判断などできやしない。
「そうだ、血だ、寄こせ……」
血を一度思い出すと、もうその他のことを考えれなくなる。
ただただ血を吸いたい。
そんな欲望ばかりが頭の中を支配する。
力ずくでも、襲い掛かってでも、後先も考えず、目の前の女の血を吸いつくしたいと。
が、女の細腕一本に押さえつけられているだけなのに、まるで身動きが取れない。
それにしても、なんとかぐわしいも旨そうな香なのだろうか。
その香りを嗅ぐたびに、その柔い肌を破り、その首筋に牙を突き立て、その身を流れる血を浴びるほど啜りたいと、衝動が沸き起こる。
美しい女、アシュリーは細く美しいその人差し指の先を、自らの口で噛み切り血を滴らせた。
耐えがたいほどの芳醇で旨そうな匂いが私の鼻に自然と入ってくる。
その香のなんと素晴らしい事か。今まで嗅いだこともない、そんな至高の香りが辺りに立ち込める。
香りを嗅いだ私の理性は吹き飛び、獣のように暴れまわる。
が、それでもアシュリーの左手一本に押さえつけられ身動きできない状態だった。
「寄こせ、その血をよこせ!!」
獣のように咆哮する。
アシュリーはニヤリと笑って続ける。
「ならば、我が夫になり、下僕となれ」
「ぐるるるぅ……」
獣のように唸って見せる。が、それをはしたない、とばかりにアシュリーが少しだけ反応する。
それは僅かな、本当に僅かな怒気でしかなかった。
しかし、それで私は理解できた。力の差というものを。ほんのわずかな怒気ですら理解できるほどの実力差。
ミリオンズの兜があれば、まだ臆しなかったのかもしれない。しかし、それは先代魔王の一撃により破壊されている。
アシュリーの放った僅かな怒気で、目の前にいるのが小娘ではなく、恐ろしく強い、逆らい難い無類の王だと言うことがその本能で理解できた。
血を使われなくとも、初めから選択肢などなかったとはっきりとわかるほどに。
「わ、わかった。私ももう死んだ身なのだろう? 人としては生きては行けぬのだろう?
そなたの下僕となろう。
しかし、私には愛した妻がいる…… そっちは勘弁してくれ」
血の衝動をわずかに残った理性で必死に押さえつつ、そう答えた。
だが、アシュリーは嫌な笑みをニヤリと浮かべた。
「ダメだ。おまえが我が夫だ。もう決めた。前妻に操を立てるのも気に入った。
我の血が欲しいであろう? ほら?
ペシュメルガはあれで我の婚約者候補だったのだ、気に喰わん奴だったがな。
まあ、それのかわりだ、おまえ様もそれほど気にする必要はない」
そう言って血が滴りそうな右手の人差し指を鼻の近くへと持ってきた。
そのかぐわしい香りが鼻孔に入った瞬間、思考が吹き飛ぶ。理性もだ。吸血鬼としての本性が、獣ような本性が暴れ狂う。
その血の滴る指に噛みつこうと、大きく口を開け襲いかかるが、左手でいとも簡単に押さえつけられてしまう。
「さあ、我が夫になれ……」
気が狂いそうになるほど欲している血の滴る指を見せられ、私はその軍門に下るしかなかった。
大して長くもなかったか。
そうして、私は今ここにいる。
現魔王、アシュリー殿下の婚約者にして下僕、始祖の力を受け継いだ吸血鬼の王として、魔王十三支族の一つ、妖魔の主としてこの意味のない会議に出席している。
「ヴァン殿、ヴァン殿」
と、私を呼ぶ声が聞こえる。
「なにかな?」
と、考え事をやめ、声のする方へと顔を向ける。
身なりが良い、緑の肌をした少年くらいの亜人が、隣に座っているバカでかく、ひどい体臭を放つ筋肉の塊の向こう側に確認できた。
魔王軍の中では一番礼儀正しく話しやすい人物だ。
「その、ミリオンズというもののことを、もう少し教えてはいただけないかな?」
ゴブリン族の若き長、ムッシュリーニだ。
ゴブリン族。成長しても人間の子供ほどまでしか成長しない緑の肌を持つ亜人だ。
元々はオークに仕える奉仕種族であったが、近年、とは言っても十数年前だが、ゴブリン族の中で革命が起きた。
洞窟で暮らすような生活をしていたゴブリンたちが、突如として文化に目覚め、知恵をつけ、礼儀を学び、服を着て優雅に立ち振る舞い、そして何より、数々の発明をするようにまでなった。
それにより魔王十三支族にゴブリン族が名をつなれる様になった。
ムッシュリーニが生まれたころには既にゴブリンたちのその革命が起きた後であり、ムッシュリーニ世代のゴブリン達は魔物なのにもかかわらず、粗暴でなく知的で文化的だ。
下手な人間の貴族などより、礼儀だけならよほど貴族らしい連中ともいえる。
「そのミリオンズという装備の調査をしたいのですが、ヴァン殿が身に着けている物をお借りしても?」
ムッシュリーニは上目使いで、遠慮がちにそう続けて聞いてくる。
恐らく私が、いや、吸血鬼の王が怖いのだろう。
ムッシュリーニは知的ではあるが、その個としての武力は人間の子供とそう変わらないのだから。
妖魔の王とも言われる吸血鬼が怖いのだろう。
「ああ、構わないよ。もう壊れていてなんの力も持っていないだろうがな。
ついででかまわないので、見た目だけでも壊れている部分を修繕してくれると助かる。
これでも生前気に入ってた鎧なのでね。あとで使いの者でも寄こしてくれ」
そう言って自分が付けている鎧を見る。
半壊している。兜は完膚なきまでに破壊されたので修繕することも不可能だろう。
胴の部分も、右肩から腹までかち割られている。かけられていた強力な祝福も既に機能してない。
魔王の最後の一撃を受けた右側は小手ごと吹き飛ばされたようで損壊も激しい。
右手に持っていた剣も、攻撃を受けようとした際、受け止めきれずにへし折られたことだけはわかっている。
逆に左側は存外無事だが、だからと言って祝福が生きていると言うことはなさそうだ。
左手に持っていた盾は無事だったそうだが、持ち帰る暇はなく戦場に置いて来たとのことだ。
「そもそも、力を失っていないと、我らは触ることもできないのですよ。
力を失っていないその鎧は我らには熱せられた鉄のような物でして」
ムッシュリーニは困ったようにそう告げてくる。
確かにこの鎧には光の女神の祝福が施されている。
闇の女神の眷属である魔物たちはそれに触れることすらできない。
吸血鬼となり闇の眷属となった今の私が身に着けていられるのは、その祝福ごと鎧を魔王に破壊され機能しなくなったせいだ。
「確かに。その鎧は我らオークにとっても厄介極まりない。どうにかしてもらわないと一族の者がいなくなってしまう」
そう言ったのは、オークの将軍で、名は知らない。
他の者達も皆、将軍とだけ呼んでいるオークだ。
もしかしたらオークには個体の名などないのかもしれない。
いや、あるのかもしれないが、少なくとも私は知らない。自己紹介もされていないしな。
そんな将軍は私の隣に座っている。将軍の隣にムッシュリーニが座っている。ついでに私は角席で、近くの議長席にはアシュリー殿下がつまらなそうにふんぞり返っている。
まあ、席の話はいい。話を戻そう。
ムッシュリーニはゴブリンだが、知的で文化的なので話が合う。ゴブリンなのに小綺麗にしているし、何よりとても礼儀正しい。
悲しいがな、こいつと話しているときだけが、失われてしまった人間性を実感できる瞬間でもある。
まあ、それはともかく本来ならオークも厄介な相手だ。
まずその図体だ。人間よりも大きく育つ。それだけでも厄介だが、人よりも力が強く、体力があり、体表が天然の脂肪の鎧で覆われており深手を負わすのも苦労する上、傷の治りも驚くほど速い。
もっとも脅威なのはその繁殖力だ。人型であればどの雌とでも性交をし、子供を産ますことができ、何と母体にもよるが妊娠から三ヶ月で出産させ、生まれてから三ヶ月で人間の青年程度まで成長する。
簡単に言うと、大体半年で兵士を生産できるという恐ろしい種族だ。それだけで十分に脅威だ。
ただ頭の方は悪い。狂暴ですぐ激高するし、そもそも考え方も柔軟ではなく固い。戦い方も正面から雪崩れ込むような戦い方を好む。
それでもその繁殖力は脅威となる。
ただ今は状況が違う。あっという間に増える分、それだけ食料を消費すると言うことだ。籠城戦である今はオークたちの繁殖は禁じられてるほどだ。
それでも魔王軍の数での上でなら、主力と言っていい。
半年で戦える兵士を生産できるなど、敵として聞いているだけで眩暈がする話だ。
それだけにオークの軍団により占領された町や村は地獄と化す。
男は食料にされ、女は吸血鬼になっても言うのがはばかれるような結末を迎える。人間からすると最も邪悪な魔物の代表格のような奴らだ。
魔物の身となり果てはしたが、あまり仲良くしたい相手ではない。
まあ、向こうもそう思っているらしく、私には余り話しかけてこない。
「でだ、その鎧の弱点とかは分からぬのか?」
将軍は私にではなく、ムッシュリーニに向かい話しかける。
「それは、調べてみませんと…… なんとも。
ヴァン殿、何か知っていることはありますかな?」
と、こんな感じに私と将軍はムッシュリーニを通して会話が成立している。
この三日まともに将軍と話した覚えもない。
「何度も言った通りだ。ミリオンズに弱点などない。
兜には戦意高揚の祝福があり、本人だけでなく従者にまで恐怖を取り除き狂信的な戦士へと変える。
盾には矢除けの加護があり矢が当たることもなく、またその磨かれた盾の輝きは魔法や呪術ですら弾き返す。
鎧には疲れ知らずの回復の加護があり、疲れることなく剣を振るい続けることができ、また多少の怪我でも即座に塞ぎ傷を癒してくれる。それに加え、恐ろしく堅牢な鎧でありながら羽のように軽く装着者の動きを邪魔することがない。
そして剣には強い破邪の祝福がされており、闇の女神の眷属には致命的な効果をもたらす。
またそれらの武具は、先ほどムッシュリーニ殿が言ったように闇の女神の眷属には触れることもできない。
私が今、こうして身に着けていられるのは、この鎧が破壊されその祝福の効力を失っているからだ。
何より、一番厄介な祝福は、これらのミリオンズには、結びつ流れし者の祝福が宿っており、ミリオンズを装着する者が付近にいれば居るほど、その効力を際限なく増していくことだ。
少なくとも真っ向勝負でミリオンズに勝てる軍隊などいない。ミリオンズが十名もいればそれだけで無敵の軍隊の出来上がりだ。
私も元ミリオンズだからわかる。弱点などない。
戦って勝つより、落とし穴にでもはめて生き埋めを考えたほうがまだ勝率が良いだろうな」
私の知っているミリオンズの性能を包み隠さずに伝える。
私ももう魔物だ。聖帝国には返れまい。それに殿下の軍門に下っている。あの血を報酬としていただけるのであれば、何にだって魂を売り、忠誠を誓う。
あの血を一滴でも味わってしまえば、もう逆らうことなどできない。
まさしく至高の報酬だ。富や名声など比べようもない。
吸血鬼にとって殿下の血は麻薬のようなものだ。一度味わえば他の血では満足できなくなってしまう。
私が魔王軍に力を貸すのは、アシュリー殿下を守り、その血を一滴でも多く味わいたい。それだけの話だ。
それに魔王国は徹底抗戦のつもりでいるが既に決着はついているようなものだ。そう遠くない未来に私も二度目の死を迎えることになるだろう。
それでいい。魔物にはなってしまったが、騎士として戦いで死ねるのであれば、それでいい。
願わくばもう二度と蘇りたくないものだ。
「だが、この状況下ではそれも不可能だ」
将軍がそう反論する。
それは正しい。
戦場になるような場所はもう神が作ったと言われる、恐ろしく長く広い石橋しかない。
それを守っているのも既にオークたちではなく、ゴブリン達が開発した投槍機とでもいうべき巨大な矢を発射する兵器だ。
それのおかげで石橋を死守できている。
さすがのミリオンズの矢除けの加護でも、超高速で打ち出され、飛んでくる槍をそらすことはできない。もちろん受けることも不可能だ。
それにこの橋の上ではそらしたところで他の味方に当たるだけだ。
あの兵器なら鉄よりも固いとされる竜の鱗だって貫くことができる代物だ。
「確かに。あの盾には魔法を防ぐどころかはじき返す祝福がかけられています。
あの盾がある以上、我ら魔術師団はまったくの無力です。
破滅の森の魔女よ。あなたたちの呪術であれば打ち破れますか?」
長方形の巨大なテーブルを挟んで、私の目の前には漆黒の全身鎧に身にまとい、一言も話さずただただ殺気のみを放つ暗黒騎士団長のゲートリッヒがいる。
その隣は空席で、更にその隣の痩身で長身の男、今しがた口を開いた魔術師長が、ムッシュリーニの隣に座っている森の魔女と呼ばれる、邪霊だか妖精だかよくわからない女しかいない種族に話しかけた。
破滅の森と呼ばれる、世界の破滅はこの森から始まると呼ばれる森に住み、その森を守護するよくわからない種族だ。
見た目は美しい人間の女のようだが、人間よりも痩身で長身。耳がとがり、目は白目がなく瞳のみだ。
大規模な呪術を得意とし、聖帝国が破滅の森を焼きはらうと公言したとき、彼女らはそれに対して聖帝国の首都に血の雨を降らす呪いをかけた。
その呪いが解かれるまでの三日間、帝都は文字通り血の雨が降り注いだと言われている。
その後、降らされた血のせいで疫病が流行り帝都は大打撃を受けたという話だ。
破滅の森の魔女たちはそれを機に魔王軍へと参加している。
彼女達が守るべき破滅の森は、この汽水湖の東に広がっている。魔王国が落ちれば破滅の森も焼かれてしまうから魔王国に協力しているのだ。
「出来なくはない。
ただし、三人がかりで三日間寝ずに儀式をし続けて、それでなお、相手が一人でいるのであれば、という条件が付けば、ですけど。
守護の力が強すぎて、あまり現実的じゃないわね。
仮に呪うことを続けても術者の方が先に参ってしまうわね」
そう言って破滅の森の魔女の代表者はため息をついた。
ついでにコイツの名前も知らない。なんなら今日、この会議で初めて見た。
彼女たちは普段破滅の森に棲んでいて、何日かに一度空を飛んでこの魔王国の首都まで来ているらしい。
この辺りもムッシュリーニから聞いた話でどこまで本当の事かはわからない。
ただ帝都に血の雨が降ってその後疫病が流行った話は事実だ。私も辺境の地の領主ながらにその話は聞き及んでいる。
「では、竜の祈祷のほうは?」
こんどは魔術師長のルドアンは、破滅の森の魔女の席は空席で更にその隣、このテーブルの末席に座っているリザードマンに話しかけた。
「まず竜の祈祷は個に対して行うものではない。
必要とあれば、祈祷は行うが効果は期待できるものとは思えぬ。
何より今、敵がいる場所を指定するのであれば、我らはさして困らぬが大橋が巻き込まれるのではないか?」
二本足で歩く蜥蜴の癖にやけに流暢に言葉を喋る。
こいつらは人間の、少なくとも聖帝国の騎士よりも騎士らしい誇りを持つ本当の戦士達だ。
とはいえ、彼らが信仰しているのは魔王でも、闇の女神でもなく、汽水湖にいる海竜達だ。
海竜達の奉仕種族とでもいうべき種族。
だから、魔王国建国以来、魔王十三支族、当初は六支族だったらしいが、に所属していながら、末席の座についている。
彼らは闇の女神ではなく竜を崇めている。その竜は闇の女神の眠るこの地を守っている。だから魔王軍に協力しているに過ぎない。
ただリザードマンとて、汽水湖に出れば海竜に喰われる。そこは変わらない。
それでも信仰の対象として海竜達を崇め、奉仕し続けていくうちに、竜の奇跡をいくつか海竜達から承るまでになった。
そう、彼らは竜ではないが竜が行う奇跡を使うことができる。
竜の奇跡は、天候をも操り、星をも落とし、大地を焼き溶かし、そして大地を割りすべてを飲み込む事ができる。要は天変地異をも起こせる奇跡だ。
そのような大規模な魔法だ。おいそれと使えるものでないし、効果が発動するまでに数週間の祈祷を有する。
それだけではなく海竜達にも多大な生贄を納めなければならない。
その効果は絶大な効果を発揮する。それだけに石橋の前に陣取られている今となっては、その破壊的な奇跡に頼ることもできない。
もしその奇跡で石橋を破壊でもしてしまえば、空でも飛ばなければ島の外に出る事すらできなくなる。
そうなれば魔王国その物が終わりを告げる。
「それはそうですね。はやりお手上げですな。
先代はどうやってヴァン殿の鎧を破壊できたのですか?」
ルドアンは難しい顔をして聞いてきた。
それこそこちらが聞きたい、と思うが、一つだけ思い当たるものがある。
「今、大橋を守っている投槍機と同じだよ。
恐らくは、ミリオンズ以上の力で正面からぶっ叩かれた。ただそれだけの事です。
今、それができるのはこの場に、殿下を除かれて何人いますかな?」
そう言って座っている面々を見て回る。
私と目が合うと視線を下げる者ばかりだ。
そもそも魔王十三支族と言っても今存在しているのは、九支族だけだ。
他の四支族は先の戦いで壊滅に近い打撃を受け、未だに代表者の選出すらできなくなっている。もしかしたらこのまま魔王九支族と名称が変わるかもしれない。
「可能性としては、暗黒騎士団長のゲートリッヒ殿。この場にはおられませんがオズワルド殿。
そして、ヴァン殿は?」
ルドアンは二人の名をあげる。
暗黒騎士団長のゲートリッヒは本当によくわからん。
会議には毎回出席するが、一言も発せずただただ周りに殺気を振りまきふんぞり返っているだけだ。
いつでも漆黒の甲冑を着こみ、その中身を知る者は居ない。中身はがらんどうで鎧が本体という説、や、魔神が人間のふりをしているなどという噂がある。
まあ、よくわからん。もちろん話したこともない。
オズワルドというのは闇の女神に仕える大神官で、どうも人間ではないらしい。詳しいことはしらないが。
ただこの二名は尋常ざる強さを持っていると言われている。
が、先代魔王がミリオンズに負けた以上、魔王軍にミリオンズに勝る戦力を持っていないことだけは事実だ。
魔王とは魔王軍で一番強い者がなる王なのだから。
ついでに私は論外だ。
自分がどんな力を思っているのか、それもよくわからない。
私が吸血鬼となってしたことは、殿下の軍門に下り、この意味のない会議を聞き流すことだけだ。
吸血鬼となった自分がどんな力を持っているのか、それすらもよく理解していない。
「私は吸血鬼となって日が浅いのです。自分の力がどれほどのものなのかも理解できてませんよ。
どちらにせよ、ミリオンズを打ち破れるほどの数も質もありません。だから先代はミリオンズに破れたのでしょう?」
数名ミリオンズを倒せるからなんだというのだ。
ミリオンズは群れてこそ、その真価を発揮する。
籠城戦のような事態になってしまった時点で、もうどうにもすることはできない。
「……」
私の返答にこの場にいる者がアシュリー殿下を除いて言葉をなくす。
隠しもせず欠伸をした後、アシュリー殿下はその口を開いた。
「この三日、お前たちは同じような話しかしておらぬな。
ふむ、そうだな。
我が旦那様よ。そう言えば、まだオズワルドと会ってはいなかったな。
今からでいい、会ってこい」
その言葉に、この場にいる全員の視線がアシュリー殿下に集まる。
そしてその後、私にその視線は集められる。
「闇の大神官オズワルド殿ですか……」
噂でだが、人間ではなく魔王国ができる四百年前よりも前から存在していると言われる存在。
その正体は、大いなる死者。
吸血鬼を超える究極のアンデット。グレートリッチ。
それが闇の大神官オズワルドの正体だという話だ。
「地下の大神殿にいるだろう。まあ、吸血鬼の旦那様に言うことではないが、これ以上死んでくれるなよ」
そう言って、私の妻になるはずのアシュリー殿下は意地悪く笑った。
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