クラーケンの餡掛け丼の日

「ルフィナ様!! どうか、どうかッ! 本日こそッ」


 ――またやってる。


 目の前には、ルフィナ嬢の手を無愛想男の許可無しに握る見た目も中身もクソ真面目な神官がいる。目だけが真面目を通り越し、ギラついていて……キモい。こいつ命が惜しくないのか、本気でそう思う行動ばかりで……同じ時間に店へ顔出すハンターおれたちにとっては、胃がキリキリする時間になる。

 手を握って求婚プロポーズを口にするだけだし、何より相手にしてないルフィナ嬢に怪我がないため、無愛想男は殺気を飛ばすだけに留めている。それを目にするハンターおれたちが一番割り食っている。だって、バカ真面目神官は毎回殺気アレに気づいてない。なんで気がつかないんだよッ。


「今日もご来店ありがとうございました~」


 そうルフィナ嬢の声が聞こえてきたから、今日も何事もなく扉の外へ出されたのだろうなと遠い目をしながらスープを口にした。今日はコッコの朝産み玉子スープだから、日を置いた玉子より独特の甘さが濃く感じる。

 ホッとしながら、そういえばもコッコの朝産み玉子のスープだったことを思い出した。



 ルフィナ嬢とだが、男と女じゃ苦労もちがうとハンターになった当初は心配をした。何より、自衛力のない“魔力なし”だったのを知っていたから。

 だが誰よりも強い無愛想男あいつもそばにいるし、何よりハンター業を楽しそうにこなしていた彼女を見て、故郷で見た“ルフィリアーナ嬢”より生き生きと過ごす彼女の方がいいと思った。

 無愛想男あいつのおかげか、国で蔑まれた“黒い瞳”は美しい翠へと魔力とともに変化したようで、本人の自衛力も高まっている。だから、同じハンターとして彼女の心配をするのはやめた。ハンターの兄貴分せんぱいとして、彼女を見守ろうと。


 そんな彼女とメロに、港町の護衛依頼を終えて帰るところでばったり出会でくわした。なんでも、二人でクラーケンの討伐依頼を受けてここまで来たらしい。無愛想男あいつがいるなら心配も全くないので、帰ったら店に顔を出す約束だけして別れた。 


 港町から帰ってきて一週間後。

 そろそろ彼女たちも帰宅しているだろうと、いつもの三人で依頼前の腹ごしらえに向かった。


 店の扉を開くと、珍しく言い寄られているルフィナ嬢が目に入った。だってここに来る奴は、ハンターでなくとも概ねどこかで“聖獣様メロ”が護衛していると聞いてるだから。


 普通に接して欲しがるクセに無愛想を突き通すメロだから、誰も崇めたりせずに“友人”や“近所のお兄ちゃん”みたいに接しているから、忘れて言い寄ってる奴なのかとルフィナ嬢から視線を男へ移す。いや、全く知らん顔だな。ていうかアレ、着てる服といい、顔立ちからしても神聖国の神官だわ。

 いつもとちがったドス黒い殺気を飛ばす無愛想男に、とりあえず何でこうなったか聞いてみた。


「…………メロ。何だ?」

神官ゴミ


 間髪入れずに帰ってきたのは発言。いいのかよそれで。


 聞けば、神官アレは港町の依頼の時にクラーケンに巻き込まれそうになっていた町民を避難させていたらしい。その時にクラーケンの攻撃が神官アレに向かい、防いだのがルフィナ嬢。窮地を救われた神官アレは、ルフィナ嬢に一目惚れして――この町の教会に赴任してまで追いかけてきたらしい。“聖獣様メロ”には全く気がつかず。え、気がつかないとダメなんじゃね? どっからどう見ても神だの聖獣だのを崇めまくってる神聖国の神官だろ、アレ。それならでも仕方がないのか……な?

 

 俺たちがメロと話し込んでいる間に、ルフィナ嬢は神官ゴミを閉め出したらしい。バンッといつも聞こえるはずのない、勢いのある扉の音が聞こえてきて気づいた。


「……ルフィナちゃん、さっきのは?」

「……? ああ、さっきの人ですか? ご飯食べずに五月蝿かったので“ご飯食べないなら出ていって”って追い出したよ?」


 ニコニコと何でもないようにブランドと話すルフィナ嬢は、今日の丼とスープをのせたお盆を運んできてくれた。


 ゴミでも普通にルフィナ嬢の飯食って口説きにかかった方がまだ見込みあったんじゃ……なんて思うけど、最強男メロがいる限り勝ち目ないわな。そんなことを頭の片隅で思い浮かんだが、すぐに消し去って、お待ちかねのクラーケンの丼とスープへ手を伸ばす。おっ、餡掛け丼に玉子スープか……えっ、朝産み玉子なの!? 朝産み玉子は貴族でもなかなか食べられないものなのに、なんて贅沢なっ! そういえば、裏の小屋でコッコ飼ってるって聞いたな。じゃあ食べ、いやいや、こっちのクラーケンも……プニプニ食感のクラーケンの甘みが餡と絡むとどうなるか気になるし……捨てがたい。うっ、どっちから食べればいい!?


 一人どっちから手をつければいいか悩んでいる俺をよそに、相棒たちはそれぞれ丼とスープに分かれて手を出していた。



 そんなこともあったな……と遠い目をしていたら、コトリと小皿が置かれた。爽やかな香りがたつ、皮の剥かれたジモの実が顔を覗かせている。


「これ、今朝採れたの。口の中がサッパリするよ」


 小声でサービスねとウインクして調理場へ戻ったルフィナ嬢に感謝しつつ、夕日よりも黄色いジモの実を一房口へ運んだ。

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