バイパーハムのサラダ丼の前日
目の前に広がるのは、のたうち回る巨大なバイパー。苦しみ悶えるバイパーは尾で周りの木々をなぎ倒し、土を抉り、剥がれた鱗の隙間から真っ赤な血と見るからに毒とわかる液体を垂れ流していた。
何故こんな状況下とか言うと、今朝僕が発した“バイパーハム”のせいだったり――。
今日は久しぶりにお休みの日だから、寝起きからそのまま毛布にくるまってゴロゴロしていた。
「ふあ……ぬくぬくー。しあわせー……」
陽射しがやわらかく注ぐ、あたたかいベッドの上。座っていたら間違いなく船を漕ぐくらいウトウトしてて、気持ち的にもふわっふわな思考をしていたの。
「はわ……あー明日、なにつくろーか、な……」
ここ最近ボアステーキやハンバーグステーキを丼にし、ブルテールスープやスープと言いながらブルシチューをつけたりで、味が濃かったり塩っ気が強いものにしていたのも悪かったと思う。
口からポロッと出てしまった。
「……あ、バイパーハムならあっさり系、つくれ、るな……」
口元は毛布に埋もれていたし、ほぼ寝言に近い小さな、ほんっとうに小さな“呟き”を拾われたのだ。目の前に降り立った愛しき白銀の毛玉に。
「俺、バイパーハムの煙で燻したやつ食べたいッ」
カーバンクル姿のまま目をキラキラ輝かせて……いや、ギラギラさせて。光線でも出るんじゃないかなって勢いのメロに見つめられ、起きないわけにはいかなくなった。
しぶしぶ体を起こすと、またしても余計なことが口からこぼれたのは、やっぱり頭が覚醒を嫌がっていたせいだ。
「バイパー、在庫なかったとおも、」
「よし! 捕りに行くよ!!」
タシタシッと頭をふわふわの手で叩かれ、やさしく催促してくるメロ。仕方ない。こうなったら“行く”以外の選択しがないので、着替えるためにベッドから立ち上がった。
いつも“ルフィナの好きなものでいい”という毛玉様は、バイパーハムの特に“煙で燻したやつ”がお気に入り。僕が作る料理で一番好きなんだよ。作るにはちょっと面ど……手間がかかるけれど、美味しいからね。
待ちきれないと扉ではなく窓から一人出発しそうなメロを抱き、襟巻きのように首へ巻き付けた僕は、階下へ行くために部屋の扉へ手を伸ばした。
そうして、棲息地に着いて早々――この状態。
ノリノリで前のめりすぎた毛玉様が目の端にバイパーをとらえた瞬間、突っ込んでいったの。僕を置いて。ゆっくり道なき道を手で分けいって、ようやく広いところに着いたと思ったら、この有り様だった。どれだけ食べたいのよ……。
遠い目をしてバイパーが鎮まるのを待っていると、一陣の風に木々が揺れた。風が止むのを待って目を開けると、血と毒でドス黒い液体にまみれても尚美しい白銀を覗かせる毛玉が、倒れたバイパーの上に鎮座していた。
「コイツ、ここらの
そう言いながら、毛繕いで体を綺麗にしていくメロ。いや、聖獣だから毒とか効かないかもしれないけどさ……なんか、ちょっとヤダ。洗浄魔法使ったらいいのに……あ、気づいてない可能性あるね。それに“
一頻り毛繕いを終えた聖獣様にバイパーの解体は任せて、燻す用のチップにするリノの木を採りにその場から離れた。
お店に戻り、さっそくバイパーハム作りへ取り組んだ。量が量で、中々仕込みが終わらない。
待ちきれなかったのか、メロがそわそわしだした。たぶん、頭の中は九割九分パイパーハムが燻されているに違いない。
「ルフィナ! 庭に鍋設置してくるねッ」
ノリノリで人型になって出ていった。確かに燻すなら庭でやるけれど……まだ半分も仕込み終わってませんよ、メログラーノさん。
燻す用の鍋はチップを入れる場所と燻す物の間に網が入るから、大きくて重い。それを外の竈にのせるのは、重たくてイヤ。メロが進んでやってくれるのなら、今のうちにメロと食べる分だけ作ってしまうしかないな。お店で出す分は、別に燻さなくていいし。そもそも燻したら求めていた“あっさり”ではないんだけれど……明日まで我慢するかな。仕方ない。
フッと一息溢し、バイパーハムにギラギラさせる聖獣様のために急いで仕込み済みのバイパー肉を湯に通した。
リノの木の香りは、サラの木をチップにした時より香りは強くない。果物のやさしい甘い香りがふわっと薫るぐらいなので、今日のバイパーの用に淡白な肉や魚に最適。その上品な甘い香りが漂う中、目の前には口いっぱいにハムを突っ込む男。黒のような深い赤色の瞳が白銀の髪を引き立てて綺麗だし、顔立ちもカッコいい所謂“イケメン”なのに、その口はハムスターみたいで……思わずクスッと笑みがこぼれた。こんな平和な時間が味わえる幸せとともに。
嬉しそうに頬張る愛しい聖獣様を横目に、明日はバイパーハムのサラダ丼にしようと付け合わせのスープを考えることにした。
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