ブラックブル丼の日

 西陽がメロの額の石に反射する。熟れた濃い色のトマチのように濃い赤が煌めいた。あ、お腹すいたな……確か庭のトマチが何個か残っていたはず。

 今日はトマチを使って何を作ろうかなんて思っていたら、ふいに抱きしめられた。……いつの間に人型になってたの?


「どうしたのルフィナ」

「……お腹すいたから、今日のご飯何にしようかなって」

「ルフィナの食べたいものにしよ? 俺はルフィナが食べたいものを一緒に食べたい」


 額に触れる唇を動かすものだから、物凄くくすぐったい。トントンと腕をやさしく叩き、腕の中から解放してもらう。短剣持ってるのに、ボーッとしていたも悪いんだけれどね。気が緩んだ時やまだ回りを警戒してる時、今みたいに武器を持ったまま惚けている時は危ないからといつも直ぐに傍まで来てくれるメロ。だから安心して余計に今日の晩ごはんとか考えちゃうっていうのは、絶対内緒。


 早く帰ってご飯を作ろうとメロに微笑み返し、目の前に転がるブラックブルたちの解体に戻った。

 


 明くる日。

 朝からお店に顔を出したのは、昨日狩りの最中に会ったタシャさんだった。それも大量のショウの根の紅漬けを手にして。


 彼はショウの根の紅漬けをこよなく愛するため、食品用の大店をおど……にお願いして東の国から取り寄せているとダリオさんとの内緒話で聞いた。昨日捕ったブラックブルを見て、今日の丼を予想したみたい。たまにこうしてお店の分にとたくさんお裾分けしてくれる。


 タシャさんは眼鏡の位置を直しながらショウの根の紅漬けをに託し、依頼をこなしてまた来ると足早に出て行ってしまった。

 彼が用件だけ言って出ていくのはいつものことなので、気にせず今日の仕込みを始めることにした。メロに氷漬けしてもらったブルの部位、どこ使おうかな?

 


 もう半刻もしたら店を開けるという時、薄くスライスしたブラックブルのバラ肉とベビの根が良い具合にタレに浸っていた。甘塩っぱいタレの匂いが鼻をくすぐり、さっき早めのお昼を食べたにも関わらずお腹が空いてくる。もう一つの鍋は下処理を終え出汁が染み出たギミックシェルが入っていて、塩を入れて味を整えておく。うん、美味しい……。こっちは火を入れ過ぎたら貝が縮んじゃうので、出す直前に火を入れて温め直すことにした。


 準備を進めていると背後でカタッと何か小物が落ちたよな動いたような音がしたけど、振り向いたの目に入ったのはメロのだった。


「どうしたのルフィナ」


 名を言う声は甘かったが、雰囲気っていうか……メロの周りの空気が、ね。黒かったんだ。こう言う時はだいたい関係でが気にしないようにとメロが一人で対処しているみたいだし、何も聞かないのが正解だ。つついて蛇が出てきても困るし。

 何でもないと微笑み返し、何事もなかったようには開店準備に戻った。あ、赤カラシ足しとかないとっ。

 


 半刻もせずに開けた食堂は、いつもより多い気がした。隣町のハンターだけではなく、知らない顔もチラホラいるみたい。お盆を片手に席へ廻ると、珍しくメロからブランドさんとダリオさんに話しかけていた。


「ブランド、今日ひと多くない?」

「ああ、ちょっとな。やっかいなダンジョンが東門の傍にできたらしい」


 メロたちが話していることも気にはなるけれど……それよりもの目は、隣で黙々と紅漬けを肉の上へ山盛り乗せ続けている眼鏡のお兄さんに釘付けだった。なんだろう……もう“紅漬け丼”って感じ? 紅漬けは好きだけれど、タシャさんのは“別次元”だよね。


 込み合う店内で、他のお客さん――タシャさんの後輩くんがよりも大きく目を見開いているのが目に留まった。初めて見たら……まあ、そうなるよね。あの人、見開きすぎて目が落ちないかな?


が――なるから困るよね。メロも気を付けなよー」

「……もう来た」

「マジか」

「いつ、より――」

「それだけあの、も後が――」

「それこそ自業自――」


 ちらっと聞こえたそんな会話も右から左へ通りすぎていくほど、と向かいに座る後輩くんは一点集中していた――タシャさんの口に吸い込まれていく、おびただしいほど大量のショウの根の紅漬けに。記憶の奥底にある、有名な某掃除機の吸引力をふと思い出してしまうほど。それほど無駄なく、綺麗に食べきっていた。


 たちがすっかり“紅漬け丼”を頬張っていたタシャさんへ釘付けになっているうちに、メロたちの情報交換タイムは終わっていたらしい。タシャさんもたった今完食したので、ブランドさんたちと次の依頼へと出ていった。


 程なくして聞こえてきた店主ぼくを呼ぶ声にハッとしたはお盆を下げて次の注文へ、後輩くんは思い出した自分の手元の重みへ急いだのだった。

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