第5話 残照
よく判らないけれど、世界が変わった。
私はそう思う。
今日まで知らなかった感情、そして幸せ。
「ちょっと、咲瑠を家まで送ってくるよ」
家族へ、出かける報告をきっちりするのね。
「お邪魔しました。料理まで頂いちゃって申し訳ありません」
「いいのよ、また遊びに来てくださいね」
歩夢のお母さんもお父さんも、笑顔で送りだしてくれる。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
外に出ると、冷たい空気が火照った体に気持ちがいい。
横から手が出てきてそっと繋ぐ。
私はそれでは満足ができず、彼の腕にしがみつく。
送って貰い、家の少し前で、我慢が出来ずにキスをねだる。
私は、嫌忌していたバカップルのような事を……
彼は、クスッと笑い、慣れた感じでちゅっと。
「帰り着いたら、連絡頂戴ね」
そこでふと思う。
一人になると、淋しい……
「写真を撮れば良かった……」
つい、口をついて出てしまった言葉。
そう言って彼女は、淋しそうな顔。
「うんまあ、帰り着いたら自撮りして送ろうか? 咲瑠が喜びそうな奴を」
そう言いながら、にへっと笑う。
「なにそれ?」
「えっちな咲瑠に、喜びそうなヌードでも送ろう」
「私、えっちじゃないし……」
私は、むくれた振りで、かわいさを意識しながら、パシパシと思わず叩いてしまう。
そんな私を、彼は笑いながら抱きしめてくれる。
そしてもう一度、軽くキス。
離れるのが淋しい……
「よし、写真ね。送ってくれてありがとう」
そう言って、何とか吹っ切り、やっと私は家へと帰る。
咲瑠が家に帰り、振り返った後に来る喪失感。
そう、咲瑠の事だけでは無く、あいつの事。
だけど、帰る途中に送られてきた、咲瑠からの自撮りヌード。
それを見て、少しぶっ飛ぶ。
「こんなのを送って、バカだろあいつ……」
そう思いながらも、俺も男。
『ありがとう、でも、もうちょっと色気出して』
などともう少し、あおりの言葉を送っておく。
部屋へ帰って、くせになっている行動。あいつの部屋を見て少し落ち込むが、おバカな咲瑠のおかげで心の負担は軽かった。
そう煽ったせいで、過激なものがいくつか送られてきた。
その写真を見て、心を決める。あいつの荷物を袋へとぶち込む。
おそろいで買った物、片一方は廃棄へ。
そんな事をしていた時間、ウキウキで沙知は帰ってきた。
ただ、エッチの満足度が低かった。
彼のは、随分あっさりとして、自分がいけばおわり。
途中の愛撫も、おざなりな物だった。
それには、彼なりの理由があったのだが、沙知はその変化に気がつかなかった。
最悪な事に……
「エッチは、慣れていないみたいだから、教えよう」
などと、この時は考えていた。
流石に、歩夢の部屋へはよらずに帰る。
妙に寒い自身の部屋へ。
歩夢が部屋をかたづけている頃、下では、夫婦が会話中。
「良かったわぁ」
「うん? ああそうだな。やっと離れてくれたか」
「大丈夫そうね、帰りのあの娘の歩き方。たぶん体の関係になったわね。クリスマスのイブの夜に…… 歩夢たら、やるわね。さすがあなたの子ども」
「まだ言っているのか? 彼女の事など、言われるまで完全に忘れるくらいの関係だと言っていただろ」
父親はいい加減うんざりした感じで答える。
そう、父親は高校生の時に、沙知の母親に告白されていた事がある。
だが、その事を忘れていたのだが、彼女のほうはずっと覚えていた。
父親の
その中の一人だった女の子の事など、覚えていなかった。
だけど彼女は、追いかけた。
彼が結婚をすれば、小さくとも会社の社長と結婚をして、すぐ横にわずかに大きい家を建てる。
そのための努力は惜しまず、パートまで始めて見栄を通した。
そして何かの折りに、自身を覚えているかと聞いた。
私は社長夫人になった女、振ったのを後悔をしたかと……
だが、彼は覚えていなかった。
名前まで言ったのに、はて? と言うくらい。
その頃が、歩夢が睨まれ始めた頃だろう。
それでまあ、覚えていないなんてひどいとか言われ始めて、距離を置くようになっていたのだが、子ども達は意外と仲良し。
「あの家と親戚になるのは嫌ね」
そんな話が出ていた。
そのため、今回あったクリスマスイブに起こした息子の行動は、とがめられるより、褒められた。
埋世は家が厳しく、イブの晩など出ては来られない。
そしてまあ、高校生らしく、安めのイタリアンな店で食事後、ファッションホテルも違うなと思い部屋に招く。
あっさりとした部屋、だけど隠すようにおかれた彼女の物。
ふーんと言う感じの沙知。
コンビニスイーツとお茶、学校のこととか自己紹介がてらの話しをしながら、二人は重なり始める。
「誰とでも、こんな事する分けじゃないからね」
「そうか、ありがとう」
などと言って、盛り上がっていたが芳雄は気がつく。
初心者特有の怖がる感じが無い。
慣れている?
「初めてじゃないんだ?」
「あっ、うん。そう言うのこだわる人?」
「いや、そうじゃ無いが」
口ではそう言ったが、無茶苦茶こだわる。
他人が抱いた女? 中古じゃないか……
彼のウキウキはここまで。心の中は、一気に嫌悪のほうへと移行する。
せっかくなので、最後まではするが、せっかくのイブをこんな女のために……
それは、見送りが玄関までと言う事でも示したが、沙知はその時に浮かべていた彼の愛想笑いにも気がつかなかった。
かれは、以外と我が儘で性格が悪い。
だから彼女である、埋世が怒っていたのである。
翌朝、沙知が玄関を出ると、いつもいるはずの歩夢が居なかった。
「へんね、まだ寝ているのかしら?」
一応隣へ行きチャイムを押す。
「あら? 歩夢ならもう行ったわよ」
沙知の顔を見るなり、その言葉。
「えっ、そうなんだ、なにも聞いて…… じゃあ行ってきます」
「はいはい」
素っ気なく、お母さんは家に入ってしまった。
なにも聞いていないと思いながら、この数日浮かれていたから歩夢が言ったのを聞いていなかったのかもしれない。
「やばぁ」
彼女は学校へと向かう。
その頃教室では……
「そうなのよ、ひどいでしょう」
暴露大会。暗黙の村八分決定。
「それはひどいわ。ハブね」
「そうね、気に入ったら人の彼に手を出すなんて」
「大丈夫よ、あんたの彼には、あいつでも手を出さないと思うわ」
「何それ? 見方によってはかわいいのよ」
女子高生の楽しい会話は、朝から盛り上がっていた。
大きな声で……
教室に、沙知が入ると妙に静かになる。
流石に、雰囲気に気がつく。
「あっおはよう」
いつものメンバーに声をかけるが、返ってきた挨拶は……
「あら、きたんだ。無理しないで寝てればいいのに」
「なに? 無理しないでって?」
「昨日あれからどこへ行ったの? 上辺君とラブラブで」
そう言われて、あの人混み。見られたんだと気がつく。
「あー見たんだ、多分付き合うことになるよ」
少し控えめに沙知は言ったつもりだが、返ってきた言葉は……
「最低ぇ、勝手にすれば」
だった。
そして、皆がいきなり解散をする。
そして、ばらけた彼女達は、なぜか吸い寄せられるように歩夢の所へ行き、じゃれはじめる。
「えっどういうこと?」
知らないのは、沙知だけ。
どうしたもこうしたも、牽制がてら、咲瑠が言ってしまった。
彼のエッチはすごいと……
その夕方……
「今日かい? 今日は少し用事があるし、週末もあれだしなぁ。明日は?」
「あす? うんうん。待ってる」
そう、普通に交わした約束。
彼の表情が元に戻っていること以外は。
特別な誰かから、大多数へと、沙知はすでに転落をしていることに気がつかなかった。
そして何も考えず、家に荷物を置き、いつもの様に歩夢の家へと行くが、玄関先で荷物を渡される。
「彼氏が出来たなら、家に来るのはおかしいだろう。上辺君だったっけ? 彼にも悪い」
「えっ、そうかな?」
「そうだろう。普通」
そう言って追い返された。
そう追い返された。
荷物の中身は、置いていた物と、一緒に買った思い出達……
流石に、心に来るものがある。
道路に出たが、ふと家を見上げる。
「もう来ちゃ駄目なんだ」
子どもの頃から、毎日を過ごした家。
流石の彼女でも、少し淋しい思いを感じた……
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