第3話 発動
「夜分に申し訳ありません。お邪魔します」
強引に連れてきた。
玄関を入ったら、いきなり母さんと鉢合わせ。
「どうぞ、いらっしゃい。あの子は?」
あの子はあいつ、今年は来ないと伝えていたはずだが……
母さんが、外をうかがう。
「今年は来られないって」
「そう。よっと…… 残念ね」
下駄箱の上から、お客さん用のスリッパが登場。
「「残念じゃない」」
思わず声が揃ってしまった。
「何かあったの?」
「うんまあ、その内話すよ」
そう言って、彼女の手を引き、中へ入る。
そう、公園で彼女がためらったから、つい手を引き家まで帰ってしまった……
「あっごめん」
靴を脱ぎづらそうな彼女を見て、やっとそれを思い出した。
「今更ね」
「わるい」
少し赤い顔で、彼女は答える。
寒かったしなぁ。
「えーこの子は、
「本気?」
母さんが、疑いの目。
「本気。人の住む世界、その横には暗くて深い闇が口を開いているのさ、それに掴まり、姫に救出をされた…… 改めて礼を言おう」
家族全員が一瞬固まったが、まあ良い。
「尾道君て、家ではいつもこんな感じなんですか?」
「歩夢って学校では、いつもこんな感じなの?」
母さんと、陵園さんの声が重なる。
「いえ……」
「ここまでじゃ……」
母さんはあれだが、陵園さんは一度じっくりと、お話し合いをしよう。
まあ、そのおかげか溶け込めたようで、普通に楽しそうに飲み食いをしていた。
途中から、夫婦の晩酌に変わったので、ケーキとジュースを持ってオレの部屋へと移動する。
スカートの長さが、絶妙だな。
そしてこいつ、以外と細かな事に気がつき、良い子だということが判った。
部屋へ入り、思わず外を眺める。
つい癖で…… 視線の先は、そうあいつの部屋。
まだ電気が点いていない。
「まだ帰っていないんだ」
彼女も横に来て、外を眺める。
「そうだな、まっ、散らかっているが座ってくれ。知っているか? これはこたつという呪いの道具だ」
天板の下に、布団が掛けられている日本特有の危険な家具、うちの場合は、ホットカーペットが熱源となっている。
こいつは人を駄目にする魔法が、常時発動をする。
「知っているわよ、家にもあるもの。確かに危ないけどね」
テーブルの上、置いたケーキとジュース。
長方形のこたつで、背中側がベッド。
そうやって座ると、正面にモニターが来る。
一応座りやすいように、ビーズクッションを置いてある。
「へー、男の子の部屋??」
見回すと、化粧品やヘアスプレーとかが置いてあるブースがある。
「ああ、あいつの荷物がある。どうしようかなぁ。平気な顔してきそうな気がする……」
そう言うと、彼女の眉間に皺が入る。
「うわあ、ツラいねそれ。やばい関係。そしらぬ顔で、男作って…… 最悪な奴」
彼女にそう言われて、改めて客観的に考える。それは、かなり悲惨な状態だということが理解できる。
友人からの相談なら、最適解は『別れろ』だろう。
これから辛くなることが目に見える。
オレはどうしたい?
再び、この部屋へ…… あいつが何食わぬ顔で来る。
他の男に抱かれたあいつを、同じように愛して…… 抱けるのか?
きっとこれからは、あいつともするのだろう。
あいつの体液を受け入れて、それを持ったままここに来る。
―― 気持ち悪い。
そんな気持ちが、一気に湧き上がってくる。
「そうだなぁ」
言葉ではそう言うが、どこかが一気に冷めていく。
何だろう、心を占めていたあいつの部分が、今確かに、ごっそりと消えた。
悪いが、優先順位が確かに下がった。
「きちんと告ってはないの?」
いま、どんな顔をしているのか、オレには今判らない。
だけど、彼女が興味だけではなく、気を掛けてくれているのが判る。
そういえば、こいつもあの男が好きなんだったっけ。
あいつのどこが良いんだ……
「言ってないな。ただ付き合っていると…… オレは、そう思っていた、そう、多分オレだけが……」
もごもごと、小さな声になる。
声が変だ……
また泣いているのかオレ?
「そういえば、腐れ縁とか、欲しければ告ってみればとか言っていたわね」
ああ、人が居る所で、教室で大きな声で言っていたな。
照れ隠しだと思っていたが、本気だったのか。
思い返せば、都合良く変換していただけで、思い当たる行動が沢山ある。
まぬけだ。長く一緒にいて、あいつのことを知っているつもりになって、空回りしていた滑稽なオレ。
「それ聞いた、別の奴からだけど」
つい、なぜか言い訳?
あのグループにこの子もいたから、聞いていたのを知っているのに。
「そんな事を言われたら、私なら速攻で別れているわ、優しすぎよ」
そう言って、オレのために怒ってくれる。
座っている位置の問題で、彼女の匂いがふわっと、こたつ布団の中から匂う。
俺達とは違う匂い。
「いやまあ、子どもの頃からずっと一緒だったし、なんとなく」
照れ笑い……
「バカね……」
彼女はそう言うと、オレの右頬に手の平を添えて、覆い被さってくる。
―― キスされた。
軽い、唇が触れるだけのキス。
「あっごめん。何だろ雰囲気、かなぁ」
彼女は真っ赤になり、手の平で仰ぎながらそっぽを向く。
―― 自分で、本当に驚いた。
なんでしたのか、判らない……
悲しそうな顔をする、尾道くん。
色々喋りながら、彼の表情は消えていく。
もうすぐにでも泣きそう。
私も、上辺君達のキスを見て悲しかった。
でもきっと、この二人は、ずっとずっと長い歴史があり、当然痛みも苦しく深いはず。
その姿を無ていると、胸の辺りがきゅうっとして、我慢できなくなった。
そう守ってあげたい、そんな思いが私の中に……
これはもしかして、母性本能?
それは女が持つという究極の感情。
幼き弱きものに、女は無条件で愛を与える。
幼いとは言わないけれど、弱り切っている彼。
守ってあげたい、そんな感情がわき上がってきた。
私なんか、憧れていただけよ。
アイドルが結婚したからと言って、怒り狂うタイプでも無い。
そう…… 今私は、彼を救わなければ、それに…… あの女の居場所をなくしてやる。 見ていらっしゃい。私を敵にすることが、どんなに恐ろしいか。
そんなブラックな感情と、彼を愛さなければいけないという、ささやかな胸の中に複雑な感情を内包した私の姿。
そうよ、それこそが、イデア。
今、イデアのパワーが発現をする。
そして求めるのは、何かを欲するのでは無く、与えるもの。
アガペーだわ、無償の愛よ。
そうすればきっと、私の幸せとして帰ってくる。
そうそれは、永遠の理想。エロースよ……
彼女は、大きすぎる感情の変化を持て余し、酒も飲んでいないのにかなりハイテンションになって思考が怪しくなっていた。
きっと辛くて、エンドルフィンとかが脳内でドバドバに出て、かわいそうな歩夢の姿を見て、ヤル気を出すためドーパミンとかも出た。
それを抑制する、セロトニンの分泌が間に合わなかったのか、彼女は突き抜けてしまう。
いま、彼女の目には、救いを求める子羊。
尾道 歩夢の姿しか見えなくなる。
まあ部屋に二人。
こたつに入って横に座り、まだ左手は歩夢の頬。
彼女が半分覆い被さっている状態である。
彼の困惑した表情。
胸はキュンキュン。
行く所まで行こう……
彼女はリミットブレイクをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます