第2話 目撃

 土曜日にはあまりにも混んでいたし、やはり毎年二十四日に見ていた物は、見ないと気持ちが悪い。ふと思いついて、一人でイルミネーションを見に行った。


 平日なのに、やはりバカ混みだし、周りがカップルだらけ。

 大きなハートマークの前じゃ、バカップル達がキスしているし……


 うん? バカップルの顔に、見覚えがある。

 気合いの入った服、だが、脱ぎやすそうな……

 コートの下は寒そうだ。


 嬉しそうに男に飛びつき、人混みに消えていく、自然に組まれる腕。

 頭を男に持たせかける感じで仲良く……


 追いかけるか?

 いや、あいつは言っていたじゃ無いか、腐れ縁だと。オレはきっとあいつの中で近所に住んでるゲーム仲間であり、セフレなんだろう。


 まあ今まで、そうだな、良い目を見たと割り切ろう。

 そう俺はショックのせいか、頭の中で考えられるだけ理屈をこねて現実から逃げる。


 あいつは秋からあいつを追っかけていたし、友達にも、腐れ縁だとか、好きなら告ればなどと言っていた。

 好きだとか、付き合っている、そんな思いを持っていたのは、オレの方だけだったんだ。


「あいつ性格はあれだが、顔は良いしなぁ」

 ついぼやいてしまう。

 二人が消えた方向を一瞥し、オレは出口に向かう。


 そう、もういい。あいつが来れば普通に相手をして……

 大学の学部は、そもそも違うと言っていたし。

 もう良い……


 そう…… 理解しようとして、心を納得させているはずなのに、なぜか周りから見られ始める。

 オレの意識とは裏腹に、勝手に涙があふれ、頬をつたい冷たい地面へと落下する。

 ひょっとすると、朝には氷が出来て、誰かが転ぶかもしれないが、すまない。


「あれ? 旦那も来てたの?」

 声が聞こえ、オレは涙に濡れた顔を向ける。

「だぁ、泣くなよもう」

 そう言う彼女も、実は泣いていた。


 そう、陵園 咲瑠りょうえん える

 こいつは、沙知が混ざっているお友達グループの一人。


 女友達と見に来て、見事にはぐれた。

 そして、ピンク色の大きなハートに惹かれて見に行って…… 彼女も見た。


 そう、憧れの彼である上辺 芳雄うわべ よしおと、ダチで有り、あの人好きなのぉ、ステキじゃない? そう相談? した相手碓氷 沙知うすい さち。少し離れた位置で、俺達は同じ場面を見ていたらしい。


 彼女はその場から、離れたくてダッシュ。

 オレは頭の中でぐるぐる考えながら、ちんたら歩いた、ここにたどり着いた時間は、その位の差だったようだ。

 彼女は連れに連絡するのも面倒で、出口ゲートにもたれ、流れていくカップルを見ながら、別れろや、とか、もげちまえとか、まあ、心の中で思いながら、ぼーっと見ていたらしい。


「見たんだ?」

「ああ」


「約束をして、来たわけじゃないよね」

 彼女が聞いてくる。


「沙知とか?」

「うん」

 それは流石に、最悪だろう。

 他の男とのデート中に、別の男に走り寄り、キスして夜の闇は消える?

 いっそその方が、気楽になるのか? 殴りに行って殴られる自信がある。

 テニス部も、動体視力は良いはずだ。


「あいつとは、土曜日に来たよ。毎年来ていたんだ…… 楽しかったよ」

 普通に、なるべく普通にしようとした。

 だが、できていなかったようだ。

 楽しかった場面を、思い出すだけで……


「そう…… だあかあらぁ…… 泣くなって恥ずかしい」

「お前も泣いているじゃ無いか、でも流石に目立つな。公園の方へ行こう」

 泣いている男と女、どうしたのか聞かれたら、季節を間違えましたが、織り姫に会うことができましたぁと言ってやる。


「うん。でも襲わないでね」

 彼女は泣きながら、笑顔でそう言う。


「わけないだろ」

 そう言ったが、泣いている彼女の顔、いやクラスメートの、それも女子の顔ってまじまじ見たことない。

 じっと見れば、気持ち悪ぅっていわれるしな。

 こいつ、結構かわいいじゃ無いか。


 だがまあ、そんなに簡単には割り切れないと、俺は思っていた。

 だけど誰かが言っていた。

「男は引きずるからなぁ、新しい相手でも見つけて、早くそいつのことで頭を一杯にしないと、ストーカーになるぞ。オレみたいにな」

 そう言って、彼はスマホ用の望遠レンズを磨いていた。

 サーモカメラユニットとか、赤外線カメラユニットもあるらしい。


「暖かいぞ、飲むか?」

「梅昆布茶?」

「塩分と水分、ミネラルを補給できる」

「もう一つは?」

「甘酒」

「尾道って、趣味変?」

 ものすごく、まじまじと言われた。


「ちょっと普段と違う、現実に手を伸ばしたくて……」

 なんだろう、なぜか空を見上げてしまう。

 木が茂り、狭くなった空。

 星の見えない曇天。


「そっか、そうだね。暖かいというか熱い」

 彼女に渡すと、わちゃわちゃと、両手の平を梅昆布茶が移動する。


「あーそうか、私はまだ告ってなかったけれど、あんた達付き合っていたんだもんねぇ、それに土曜日デートして…… ひどい奴だね…… あの子に、上辺君が好きって、私…… 言っていたんだけどなぁ」

 彼女はベンチに座り、立っているオレを見上げながら語る。


「それはすまない、教育不足だった」

「別に、あんたが謝ることじゃないけど、きちっと、あの子を捕まえておいてくれたらとか…… 私、心が狭いね」


 そして、彼女の目から、ボロボロ涙がこぼれる。ハンカチを渡す。

「すごい、男なのに」

 素で驚かれた。


「ああ、あのバカが、持ってないことがあるんだ」

「そうなんだ」

 なぜか落ち込まれた。

 そう言いながら、お互いに涙を拭き合う。


「意外と美味い、寒い日の甘酒って良いなあ」

「そうなの? 、こっちの梅昆布茶は……」

 彼女の顔が歪む。


「酸っぱい、味濃い」

「なんだ、おこちゃまだな、換えっこしよう」

 そう言って、彼女の梅昆布茶と代える。


「あっ……」

「うん?」

「ううん、何でも無い」

 そうか、経験豊富で、間接キスとか、もう意識しないんだ。


「どうするんだ? これから……」

「うーん、皆でどこかで集まってとか言ってたけれど、店は一杯だよね。それにこの顔じゃ行けないわよ」

 そう言って、また悲しそうな顔になる。


「うちへ来るか? あいつは今年不参加だから」

 なんとなく誘う。決して他意は無かった。


「へっ、いきなり男子のうちへ?」

「ああ、大丈夫。オレが迷子になっていた所を、助けて貰ったことにするから、丁度涙の跡もあるし」

「いや、そうじゃ無くて……」

「気にするな」

「するわよぉ」

 うだうだ言っている彼女の手を取り、俺達も公園の闇から明るい駅に向かった。

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