第5話 言えないこと
「んんっ…… 何すんのよぉ」
つい私は、蹴ってしまった。
奴の股間を……
ぐにょっとした感触。
気持ち悪い……
甘ったるいジュースの味。
事もあろうに、初めてのキスを……?
「初めて…… あれ? 初めてじゃないや」
少し気を取り直し、振り返る。
すると彼女、愛菜は見ていた。
目を真っ赤にして……
壁からこそっとでは無く、背後でガン見。
そうコイツは、見せつけるように私を襲った。
「見てたでしょ、悪いのはこいつ」
そう言ったが、なぜか彼とキスしていた事実だけが、一人歩きをしていく。
当然、学校でも……
「人が好きって言うのを、知っていたのに盗ったんだって」
「うわ、えぐぅ」
「最悪ね……」
そんな感じ。
そして、最悪なことに当然……
蒼空もその話を耳にする。
週末、覗きに行くと、朝から研究中のメニュー。
いつものこと…… だけど。
「味が決まらん」
ぼやいている蒼空。
見ていると、ひとつまみがいつもより多い。
普通に使われる、お塩少々とお塩ひとつまみ。
その量は、お塩少々が親指と人差し指の2本指でつまんだ量、お塩ひとつまみが中指も入れた3本指でつまんだ量。
そのどちらも、子供の頃から使っているため安定している。
なのになぜ……
―― なんて、決まっている。
私の話を聞いたんだ、そして動揺をしてくれている。
少しだけとくんと心臓が跳ねる。
そう、いつもぶっきらぼう。
家族のような存在。
だけど家族じゃない。
お隣さんで、ひょんな事から関わった、でも、そんな思いは時間と共に、体の成長と共に変わった。
私は、それを自覚したときから、ずっとモヤモヤしていた。
蒼空は、私のことをどう思っているんだろう?
実は中学校の時、キスについての話しが盛り上がった。
その時、寝ている蒼空にしてみた事がある。
ものすごいドキドキ。
そして、なぜかもっと好きになり、意識するようになった。
だけど、それは不安を大きくする。
そういう関係を望んでいなければ、告白をすると……
関係が壊れるかも……
それが怖くて、辛かった。
でもそんな思いなど知らず、態度が変わらない蒼空。
平気で手だって触るし、体にだって触ってくる。
まあ嫌らしい感じじゃなく、作業の中でだけど。
横に座っても普通だし。
そう家族。
キスだって、あいつにされても、蒼空の時のようなドキドキは無く、嫌悪感。
だけど、蒼空とした記憶があることで、絶望は少しだけ軽かった。
なのに……
「お塩が多いよ」
「あん? そんなわけあるか」
「さっきのつまみ……」
私がそう言うと、いつものことだが小皿を取り出して、ひとつまみずつ試し始める。体が育ち始めたとき、日課のように繰り返した練習。
練習の時は、専用の砂だったけど。
「げっ……」
彼は膝から崩れ、しゃがむときにシンクのヘリで額をぶつけて引っくり返る。
「いてぇー」
そして、床に転がった彼の目には、涙が流れていた。
「どうしたの? だいじょぶ?」
彼は寝転がったまま、腕で目を隠す様に顔の上にのせる。
額には赤くなった一本筋。
「情けねぇ……」
ただ一言つぶやく。
勇気を出す。
「私の話…… 聞いたの?」
「ああ。好きな奴がいたんだな」
―― 彼の口から、そんな言葉。
胸が苦しい……
「あれは違うの、愛菜に誘われて、カラオケに行ったら…… その強引に」
彼は、黙っていたが、聞いてくる。
「強引にされたのに、どうしてそんなに平気なんだ?」
「それは、キスされたけど…… キスは初めてじゃないし」
そうここで、言わなきゃいけなかった一言を、私は忘れた。
「そう、初めてじゃなかったから、多少は、その……」
―― 当然、彼は勘違いをする。
「やっぱり、どっちにしろ、いるんじゃ無いか。ごめんな、毎日付き合わせちまって」
「待って違う……」
彼は、ガバッと起き上がると、玄関へ。
声をかけたのに、無視をされた。
らしくもなく、鍋はまだ火に掛かったまま。
私は、コンロの火を消しながら、呆然とする。
彼が、塩加減を間違えるほど動揺して、火を消すことも忘れるほど怒ったと言う事は、好きだったの?
嬉しい。だけどそれは、良いとしても良くない……
どこへ?
俺は、あいつの言葉にショックを受け、ずっと一緒にいるから、それにあぐらをかいて告白などしなかったことを後悔する。
だけど、一緒にいて、気がついてくれなかったことにも腹が立つ。
まあ理不尽な話しだが、心の防御反応なのだろう。
そう不甲斐ないことに、涙はまだ止まらない。
―― 恥ずかしい、道行く人の視線が気になる。
たまらず、公園へ駆け込む。
俺はよくここに来る。人がおらず静か。
ここは児童公園ではなく、もっと自然が多く木々が植えられている。そして中央に奇妙なモニュメントが建っている所。頭身の崩れた奇妙な人間、それが二人、頭上で地球を持っている。
タイトルは、『この地球にIを』…… DX推進か? 協議会寄贈…… 推進するのか決まっていないのに、像を造ったのか?
どこかで、国の方で予算が余ったんで、とにかく使えと命令がきたんですぅと謎の声が聞こえる……
そうか、地球は点で、下の奇妙な人は、縦棒でiの文字だったのか。
ずっと、愛だと思っていた。
ベンチに座り、像を眺める。
くだらない方に、意識を持っていったのに、まだ止まらない涙……
「おやおやぁ、こんな所に泣き虫坊主がいるぞぉ。お姉さんの慰めが必要かぁ?」
嬉しそうな、奇妙な声に顔を上げる。
そこには、鍬間が居た。
「なんで、いるんだ。冬休みは終わっただろう」
「うーん、何だろうね。愛菜がやけ食いをしたいって言うから来たのさ。この週末だけで、明日には帰るけど…… 縁があるね」
そう言って、覗き込んだと思うと、事もあろうに、人の涙を指に取る。
「なんで泣いているのかなぁ、しょっぱ」
奴は、涙を舐めやがった。
「なっ、変態かお前」
思わず睨んでしまった。きっと変な顔をしていただろう。
「いやいや、興味あるじゃない。少女の生き血に意味があるのなら、どーてーくんの涙もなにか?」
「ねえよ」
そう答えると顔が曇る。
「どーてーじゃないの?」
そっちなのか?
「そっちは…… ほっとけ」
そう答えると嬉しそうな顔が、さらににまっとなる。
「お姉さんに、言ったんさい」
そう言って、横に座る。
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