第4話 小さな切っ掛けは芽吹く

 そんなこんなで、夏は過ぎ秋が来て、冬が来る。

「お鍋しましょ」

 蒼海達、土鍋とかお母さんとか、食材とかカセットコンロを持ち込んできた。


 最近ちょくちょくある。

 まあ俺達がこっちの部屋にいて、そこを訪ねて来始めたのだが、来だしてもう六年くらい?

 これだけ近いのに、やっと、迎え以外で親が顔を出すっておかしいだろう。


 まあ年明けから、国立とかを受ける奴はぼちぼち受験をする。

 俺達は、公立だが、私立は受けておくようにと言われている。


 ただ合格をすると、何十万円かを入金をしないと、公立の入試前に入学権利がなくなる。

 そして、公立に合格をして、結局入らないと、金は返ってこない。

 昔裁判がどうとかあったが、それでも最高裁判決で返還義務は無いとなっていたと思う。

 そうあれは入学できる権利を買ったというもの、授業料は返してくれるらしいが…… 三月末までに返還請求すれば。

 世知辛い……

 父さんがぼやいていた。



 それでまあ、準備をしていると父さんが帰ってくる。

「家に帰って、誰かが迎えてくれると良いですね。わっはっは」

 とまあ、毎日迎えていた俺は?


 洗濯をして、風呂を洗い、晩飯を作って待っていましたが……

 ぐれるぞ。

 だがまあ、他人が来てくれると、寡黙な青井家は明るくなる。

 普段なら、「勉強はどうだ?」「ふつう」「まあ頑張れ」「うん」それで大体、一日の会話が終わる。


 朝起きたときには、父さんは居ない。

 簡単なものは作って食える父親だからな。


 いや真面目に作ると、かなり料理が上手い。

 絶対、素人じゃない。

 まさか、どこかのなんとか倶楽部みたいな料亭を経営?

 そんな馬鹿な……

 うち貧乏っぽいし、鞄の中身はパソコンと書類だらけだし。

 そういや、コンサルタントって、どんな仕事なんだろう?


 気になって調べてみた。

「業務指導?」

 コンサルタントとは、企業からの依頼を受けて、改善や指導を行う。

「うーん。よくわからね。まあ職人じゃないな」

 謎の深まる親父、まるでどこかの豆腐屋の親父みたいだ。


 夜な夜な峠を、……

 いや、パソコンの前で、酒喰らってねてるな。


「あー、なんか美味いもの喰いたい」


 そんな事をぼやいて、冬休み。


 再び奴がいた。

「あーまた、遊びに来たのか?」

「よっ、おひさ、元気かい」

 人の顔を見ると、なぜか嬉しそうにシュパッと右手が挙がる。


「おう、元気。だがなあ、何か美味いものが食いたくて何かないかなあ」

「美味いもの? この時期ならキモだろう」

「なんの?」

「アンコウかなぁ、冬が旬だし、後はカニだな」

「ふーん」

 会話をしているが、じっと見られる。

 目をそらすが、じっと見られる。


「あいつはどうした?」

「あいつって誰?」

「ほら、夏に一緒に居た女」

 そう言うと落ち込んだようだ……

 ミニスカートでしゃがむのは、やめた方が良いのだが…… 

 どうして真冬に、ミニスカート? 不思議で仕方が無い。


「あんたはまったく。と言う事は、やっぱり私の名前覚えていないわね。さっきから見つめると目をそらすし、板前になるなら、お客さんの名前は一発で覚えなきゃ駄目よ」

 そう言われて驚く。だが少し違う。


「作っているのは、生活のため。夕飯とかだ」

「へぇ、そうなんだ、残念。仲間だと思ったのに」

 そう言ってすくっと立ち上がる、身長は同じくらい。


「私の名前は鍬間 葉依里すきま はいり、覚えておいてね。青井 蒼空あおい そらくん」

 そう言って、行ってしまった。


「一回で、俺の名前、覚えたのか」

 なんか嬉しかった。


 そうか、だから覚えないといけないのか。

 だけど板前になる気は無いが。

 これは父さんから言われている。

 『現場作業は、楽しくても金にならん。なるなら経営をしろ』

 だとさ。


 そうあれは何年生だったか、小学校の時に将来成りたいものでコックさんと言ったことがある。

 あの時は、最強のコックさんをしたかった。

 近くに、カポエイラのジムがなかったから諦めた。

 足技最強。

 カポエイラは、手枷をされた奴隷が戦うための足技だ。


 まあ父さんに却下と、一言でダメ出しされた。

「朝三時から仕込みをして、八時とか九時にオープン、昼過ぎまで働いて幾ら儲かる? 一人じゃ、限界があるから、人数を増やしてかかる人件費に材料代、電気にガス、水道代。病気になったら終わり、そもそも客が来なけりゃ終わり、自分の舌と客の舌は違う、ずーっと努力をしても、報われるのはほんの一握りだ、諦めろ」


 まあ、父さんとあんなに喋ったのは、あんときが初めてかもしれない。

 どうして駄目かを、あんだけ言われるとなあ、それに。

「お前、自分が美味いと思うものを、まずいと言われたら腹を立てるだろ」

「当然だろう」

「だから駄目だ」


 なんてねぇ、あんときは数日父さんと口をきかなかった。

 まあ、言っていたことは、今なら少し分かる。


 たまに、友達が寄る、美味いというハンバーガー屋、俺は美味いと思わなかった。

 パサパサのパン、ケチャップ、肉、低いところでバランスを取り、以外と塩味が濃い。

 おれは、それから寄ることはないが、皆はシーズンごとに行っているようだ。

 味覚は人それぞれ、皆違うんだ。



 蒼空が悩んでいる頃、蒼海は怒っていた。

「また、あんたなの?」

「うん? 愛菜ちゃんの誘いだもの、蒼海ちゃんには関係ないでしょ」

「名前を呼び捨てにしないでよ」

「はいはい」

 そう言いながら隣に座る。


 もうね、愛菜はどうしてこいつが来るときに、私を呼ぶのよ。


 そんなもの当然。

「蒼海ちゃんも来る?」

「くっ来るわよ」

 そういう流れ。

 こんな男など、諦めれば良いのに、諦められないプライドが、周りを巻き込み、自らを最悪に導いていく。

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