第2話 素直になれない

 それから……

 お母さんにも言われて、御礼をしに行く。

 昼間だから、蒼空のお父さんも当然居ない。


 持っているのは、少しのお菓子と借りていた本。

「まあ上がれよ」

 彼はそう言って、家に招かれる。


 当然だけど、同じ間取り。

 だけどなんと言うか、閑散としている室内。

 家の方は、細かなものがゴロゴロしている。

 台所の用品も必要最小限で、彼は踏み台に乗り、お湯を湧かし始める。


「一人なのに、ガスを使って良いの?」

 家では禁止、危ないから。


「お前バカだろ、ガスを使わないでどうやって料理をするんだ?」

 料理?


「危ないのに」

「じゃああれか、親が事故か何かで帰ってこなかったら、そのまま死んじゃうつもりか?」

 そう言われて、言葉が出なかった。


 お母さんから、一人の時は火を使っちゃだめと言われている。

 無論包丁とかも。


 話を聞くと、蒼空のお母さんは朝仕事に向かい、そのまま帰ってこなかったらしい。

「そうなんだ」

「だから簡単なものなら、俺が作るんだよ、父さんだって疲れて帰ってくるんだから」

 なるほど、隣に住んでいても、なにも知らなかった。

 こいつは、ただ口やかましい、雑な奴と思っていた。


「家も、お料理作れば、お母さんが喜んでくれるかな」

「ただ作っても、まずいと駄目だぞ、美味くなくっちゃ。前に作って失敗したときには、このお野菜だって、お百姓さんが一生懸命作っているんだから、材料を無駄にするな、そう言って、お父さんがちょいちょいと味を付け直したら、ビックリするくらい美味しくなったぞ」

「お父さんて、コックさん?」

「いや、サラリーマンだって言っていた。いまは、橋とかを造る会社って、人手が足りないから何でもするって」

「そうなんだ、橋も造るのに、料理も作るんだ、おかしいの」

 そう言ってつい笑ったが、カチンときたらしい。


 彼はむっとした感じで、言い返してきた。

「何でもできる方が偉いだろ」

 うーなんか悔しい、何か……


「それはそうだけど、家のお母さんは、お金が無いと駄目って言っていたわよ」

「そりゃお金がないと駄目だけど、色々できればお金を使わなくって済むんだぞ」

 そうなんだ。

「へぇー」

 その後、二人で外食したときの金額と、材料を買って作ったときの計算をした。

 まあその頃だから、光熱費とかは考えず、材料費だけ。


「本当だ」

「おまえんちで、火を使っちゃいけないなら、家で練習をすりゃ良いんだよ」

 などとまあ、変な理屈。

 だけど家に居ても淋しいだけだし、その日からしばらく、にゃんこの手を練習した。

 そして漫画も借りて、毎日通い始めた。


「おかず、どうしたの?」

 レンジでチンをして、おかずをテーブルに出すと、当然だけどお母さんが驚く。

「お隣に貰った」

「そうなの、男の人が二人なのに、マメねえ」

 そう言って、恐る恐る手を出したが、一口食べるとお母さんは美味しそうに食べてくれた。

 この肉じゃがは、半分だけ私の作品なのだ。

 嬉しくなって、ドンドンのめり込む。


 蒼空は蒼空で、蒼海の先生として負けられないと、湯引きや水塩など技を極めていく。


「出汁は水出しだ」

 などとまあ、昔彼のお父さんが買っていた本を読みあさって、それを詳しく知るために図書館とかにも通って居るみたい……

 って、学校帰りに一緒に寄ってくるんだけど。


 いつの頃からか、学校でも噂になって、あいつら夫婦だと言われ始めた。

 でもまあ、いつも一緒に居ると、そんな気もし始めて、そう家族のような。

 いつだろ、小学校五年生くらいから、体も変化し始めてなんとなく男と女の違いとかを気にし始めた。


 蒼空はがさつで生意気で、全く変わらないけどね。

 

 それが変わったのが、中学校になってから。

 男子は、相変わらずだけど、女子はガンガンに異性が気になるお年頃。


 年上と付き合った子は、キスをしただとか話題が出始める。

「どんな感じ……」

「ドキドキでもう、何も考えられなかった」

「「「きゃあぁ」」」

 そんな感じ。


 そして、学年は違えど、夏休みを超えるごとに周りの子は変化をしていく。


 だけど、私たちは……

「おら氷」

「だめよ、冷製のカレーは油が違うって言っていたもの」

「だけど、サラダ油じゃコクがなあ」


 暑い時期、どうしたって食欲が落ちる。

 どうも、蒼空のお父さん、食欲がないようだ。

 まあ家のお母さんもだ。

 保険屋さんとかで、外回りが多くて、この時期は大変だとか。


 冷たくても美味しい肉という事で、お安い鶏胸肉を、冷製に仕上げてみたり色々してみた。

 鳥胸は、塩胡椒と酒、生姜で深皿に入れて、レンチンするだけ。

 冷めればほぐす。

 タレは市販のごまだれに、少しだけいりごまをすりおろす。


 ポン酢のタイプも作った、こっちはだいこんおろしとアサツキの小口切り。


 山芋のスリおろしをのせても可。

 それに、キュウリの塩もみを乗せてもいい。


 とろろ汁とか……


 作っていて、少しだけ私は思う、滋養強壮というか、漫画かなにかで書いてあった、新婚奥さんの、旦那様が元気になるための料理。

 ちょっとだけ聞いてみる。

「あんた誰か、好きな子とかいないの?」

「好きな子? いいよめんどそうだし、お前の相手だけでこりごりだ」

「何よ失礼ね」

 テーブルの下で、ゲシゲシと足を蹴る。


「やめろ、埃が立つ」

「むー、生意気」

「どっちがだよ」

 いーと口の淵を引っ張る。


「お前はどうなんだよ、夏休みなのに毎日家へ来て」

「なに迷惑?」

「そうじゃないけど、そうか、かわいげ? が無いからモテないんだ」

「馬鹿言わないでよ、あんたと違ってモテるのよ」


 その時からだったかなあ、少しずつ関係が変わっていったのは……

 皆が舞い上がっていた、中三の夏休み。

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