破滅は、そっと笑顔で近寄り、囁くだけ

第1話 転校生

蒼空そら…… あなたは本当のことを言っていたのに…… 信じなくてごめん。私もそっちに行くから……」


「おおい人が落ちた、救急車……」




 幼馴染み、藤野 蒼空ふじの そら

 とっても優しくて、でも優柔不断で、意気地無し。

 でも…… ずっと好きだった。


 それなのに、馬鹿な私は、あなたの言うことを信じずに、あの悪魔の囁きに乗ってしまった。



 高校一年の夏休み。

 花火大会でやっとキスをした。

 それも私から、強引に。


 蒼空は私のことを好きだと思う、それなのに…… スキンシップはするの。

 プロレスとか、ふざけてくすぐり合いとか…… それは平気なのに、私が言っても、彼氏彼女の関係には成れない。

 だから、友達が言っていたように、私から強引に求めた。

 アイスを食べ終わったタイミングで、欲しかったのに、一口くらいくれても良かったのにと、文句を言ってキスをするという荒技。


 それなのに驚かれただけ、それにあれ以降、少し距離が開いた気がする。

 まあその理由は、数ヶ月後、お母さんの言葉で、分かるんだけどね。


 そんなギクシャクした夏休み明け、転校生が一人やって来た。


 百八十センチ近い身長で、爽やか系イケメン。

 八美乃 狩人やみの かりと

 当然、そんな彼の周りには、休み時間になると、女の子がたかる。


 私は、蒼空が居るから別に興味は無い。

 休み時間も、とくに興味を示さず相手にしなかった。

 だけどその日から、ちょくちょくと目が合う気がする。

 

 そう彼は、それだけで私をターゲットにした。

 自分に興味を示さない…… それだけで。


 クラスが違うから、待ち合わせて蒼空と帰る。


 朝は、起こしに行って、寝ていればキスをして起こす。

 そして、蒼空のお寝坊に付き合って遅刻。


「あーもう。今度寝坊したら、おいていくからね」

「いや、先に行けって言ったじゃん。待たなくていいよ」

「そしたらまた、遅刻がひどくなるじゃない。隣のクラスなのに、蒼空のクラス担任、闇烏やみからす先生にたのまれているのよ」

「あーそりゃ。すまない」

 そんな事を言いながら、楽しく帰った日々。


「悪い、文化祭の準備で遅くなる」

「手伝おうか?」

 そう言ったら、彼は変な顔をする。


「そりゃ助かるけれど、他のクラスの催し物を手伝うとかまずくないか?」

「ああそうか、採点をするんだったけ」

「そう。会社経営に通じる催し。企画立案、そして実行と結果を出す。これも社会生活への訓練だぁ。って先生が張り切っていたからな」

「ああそう言えば、うちもそうだ。成績がボーナスに関係するって言う噂だし。うんまあ帰るわ」


 そう言って蒼空と別れ、一人で帰り始めると、声がかかる。

 秋の夜長と言うけれど、少し遅くなると薄暗くなる。


「あれ? そこを行くのは撫養さん」

 声が聞こえ振り返ると、あいつだよ。


「こんにちわ」

「はい。えーとなんでしょう?」

「いやだなあ、帰りがこっちと言うだけ。そんなに警戒しないでよ」

「ああいえ、男の子が苦手で」

 そう言うとアレッという顔をする。


「何度か見かけたけれど、男と仲よさそうに歩いているじゃん」

「ああ、それは多分蒼空、藤野君だと思う」

「彼氏なの?」

 そう聞かれてうんと言いたいが、言えない。


「彼氏じゃないけれど、幼馴染みであいつは別に怖くないから」

「ふーん羨ましいね。こんなかわいい子を、幼馴染みというだけでキープ中か」

「キープ中って、なんですかそれ? 蒼空はそんな事しません」

「ふーん。そうなんだ。蒼空君はしないんだね。この前見たのは違ったのか。いやあごめん変なことをいって」

 そういった彼は、曲とか映画とか話を振ってくる。


「どうして、そんなに色々聞くんですか?」

「そりゃ君のことが、気になるからだよ。こっちに引っ越してきて淋しいし、君みたいにかわいくて聡明。ああ賢い子が、彼女になったりすると嬉しいじゃん」

 そう言って彼は、人の頭に手を伸ばしてくる。

 思わず、手を払う。


「ああ、ごめんついね。ああ、うちはまだこの奥なんだ。じゃあね」

 奥に行くと、新興の住宅地。

 今地価が下がっているから、大きな家が沢山建っている。

 何かどっと疲れて家へと帰る。


 でも家には、誰も居ない。

 お父さんは仕事。

 お母さんも、中学校の時からフルタイムに戻った。


 お風呂を洗ったり、簡単にお味噌汁を作ったり、他のおかずも下ごしらえをして置く。

 向かいの家も主はいない。

 うちと同じく共稼ぎ。

 蒼空が帰っていなければ、真っ暗いまま。


「蒼空のクラスも、誰が演劇なんて言い出したんだろう」

 ちらっと原稿を見せて貰った。

 ドロドロの愛憎劇、新釈しんしゃく浦島太郎。


 亀吉が虐められていたのは、海辺の村で留守中の女房達を食い荒らしたから。

 旦那さん達が、囲んで袋にしていた。

 それを知らずに、太郎は助けて、御礼として竜宮場へと連れて行かれる。


 飲んで食べて好き勝手しておいて、最後に渡された箱を開け、請求額を見て、真っ白に燃え尽きた…… そんな話になっていた。


 父兄も来るのに、よく企画が通ったわね。

 そうそれを読んでいたのに、体育館に蒼空を探しに行って、その現場を告白か何かだと勘違いをしてしまった。


「鯖子、そんな事を言って、彼氏はいいのか?」

「会えないとね、やっぱり淋しいのよ。だからお願い。して……」

「鯖子…… なんて君は、美味しそうなんだ」

「だめ、鯖子で笑う」

福島 綾乃ふくしま あやのなんか、ふぐ子だぞ」

「あー微妙。三谷君て、絶対人を見て役名を決めたよね。失礼しちゃう」



 そう、タイミングが悪いことに、心音ここねは、『彼氏はいいのか?』の所でやって来て、驚き、『会えないとね、やっぱり淋しいのよ。だからお願い』辺りで現場を離れた。


 そう裏切られたと勘違い。

 頭の中に、『蒼空君はしないんだね。この前見たのは違ったのか』と言う言葉が残っていたから……

 そう、夏祭り、キスをしてからのギクシャク。

 手を出してくれない蒼空。


 色々が、私を導いていく……

 間違った方向へ。

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