第2話 策謀と距離

 みんなが通う学校は市内、親もそんなに裕福では無く、都会の方へは出て行かなかった。

 だけど、車で片道一時間と少し。通うのは大変だし、当然一人暮らしとなる。


 皆学部が違うらしくて、なかなか会えないと、コミュニケーションアプリのグループが賑わっていた。


 そんな中、私は高卒だけど役場の地域枠で就職。

 ビックリするくらい給料は安いけれど、お金はもらえた。

 田んぼの管理と、仕事。


 そして、お父さんの世話。

「誰かと結婚すれば良いのに」

 お父さんに、晩ご飯を出しながら言って見る。

「ああ? いらん」

 そんな事を言うお父さん。


「お前こそ早く嫁に行け」

「そうなったら、お父さん一人だよ」

「大丈夫だ。何とかなる」

 そんな感じで、聞き耳を持たない。


 まだ、五十代で若いから良いけれど、回りを見ればお年寄りばかり。

 すぐに思ったように体は動かなくなる。そうなってからは、どうするつもりなのか。兼業だったから年金はあるだろう。でも……

 施設に入るのはもっと必要。

 


 私が、お婿さんを取る?

 それも有りだけど、最近は兄妹が居る家も少ない。


 そして、私と同じように、家の都合で高卒のまま農協へ入った人が居る。

 叶愛と同じクラスだった、高島くん。


 苗代や、田植え。

 本人も勉強だと言って、手伝ってくれる。


「おお、すまんないつも」

「いいえ。稲も順調そうです」

 いつも見るので、お父さんとも仲が良い。


「そうか、高島くん。君、娘と同級だって?」

「ええ、クラスは違いましたけどね」

「よけりゃ、柚乃を貰ってくれ、それとも誰か良い子がいるのか?」

 真面目な顔をして、何を言い出すのかこの親父。

 高島くんも焦っているじゃない。


「お父さん。なんて事を言い出すの。ごめんね……」

「いいえ。まあ」

 なんて言うことがありました。

 それからも、幾度も……


 だけど、高島くんと付き合うなんて、そんな事もなく、日々は過ぎた。


 そんな中でコミュニケーションアプリのグループが、ほとんど更新されていないことに気が付かなかった。

 そう忙しさの中で、私自身も、見ていなかった。


 まさか、新たなグループへみんなが移動していたなんて……

 私は思っていなかった。


 そして、その中では、私が高島くんと付き合っていることになっていたなんて。


 だけどそれは、その時の私は知らなかったこと。

 現実では、お父さんが体調を崩して入院。


 やはり、無理をしていたみたい。

 病院の帰りに、たまたま高島くんと出逢い、食事に誘われた。

 お母さんがいなくなってから、初めてともいえる外食。

 帰ってもお父さんもいないし、そう、私は提案に乗ってしまう。


 久しぶりの人が作った食事。

 雰囲気もあって美味しかった。

「お父さんが入院をしているし、頑張って」

 励まされて、涙が出る。


「ありがとう」

 そう答えたとき、涙を拭われ、不意に抱きしめられてキスをされる。

 驚いた私。


「ごめんな、お父さんに言われたからじゃ無いけど、君のことが好きだ」

 そう言われて、もう一度……


 この時、高島くんは付き合っていた彼女と別れ、誰かを探していた様だ。


 そして私は、それを優しさとして、素直に受け入れてしまった。

 頭に、湊大の事が無かったわけじゃない。

 だけど、彼はいまいない。

 淋しかったし、私の心は自分が思っていた以上に疲れていた……

 誰かを頼りたい、甘えたい。

 そんな気持ちを、蓋をしていたけれど持っていた。

 それがあふれ出す。


 私はきっと、お母さんと同じなんだと思う。

 私は、彼の手を取ってしまった。


「お父さんに言わなきゃね」

 ベッドの中、朝陽の中で優しく笑う彼の顔。

 一瞬湊大と言いそうになった、だって今までは彼が横にいたから……

 気を付けなきゃ……



「湊大。わらわは腹が減ったぞ。何か食べ物を所望する」

 勝手知ったる、湊大の家へと踏み込む。


「叶愛。おまえなあ、いきなりドアを開けて入ってくんな」

 丁度料理中で、包丁を振り回していた。


「鍵を閉めてないのが悪い。何かない? 金欠で厳しいのぉ」

 そう言いながら、湊大に抱きつき、あまりない胸を押しつける。


 叶愛は、聞くところによると、日々外食。

 金がなくなると、米と野菜が確実にある我が家へとやって来る。

 俺も金も無いし、食材を送ってくるから、ずっと自炊をしている。


「今の収穫物はだいこんだ、煮物と、刺身」

「刺身? 豪勢じゃん」

「だいこんのな」

「えー、ならお鍋にしようよ」

「鰹節とポン酢で食え」

「もー。好きだけどさぁ」

 意味深な感じで、上目遣いをしながら湊大に言う。当然のように無視される。この、にぶちんがぁ……


 文句を言いながら、並んで食べる。

 モニターが正面だし、テーブルが細長いし。


「いただきます」

 びしっと二人でご挨拶。

 だいこんは、げそと煮込んでいた。

 文句を言ったせいか、ソーセージと卵焼きが付いた。


「いつもたかってばかりじゃなく、なんか作れよ」

「今一、不得意なのよ。ほら家、お母さんが料理得意だから私が作ると食材が勿体ないって」

 高校時代とかも作ってみたが、なぜかすべての食材が炭となる。

 反対側は、生だったりするのよね。

 不思議……

 照れ隠しに、笑いながら答える。


「それで良いのか?」

 じとっとした目で、湊大に見られる。

 距離が近いから、私の心臓は勝手にドキドキする。


「うーん微妙。まあ御礼なら、体で?」

 少し座り直すが、見せびらかすつもりの胸が薄い……


「お前の体が何の役に立つんだ? 最近は機械ばかりで人手も要らんし」

 あげく伝わらない。

 神様私に胸とお金と魅力と…… えー色々とください。


「そうじゃないでしょ」

 言いたいが、恥ずかしくて。エッチなことをしてあげるからと、素直にいえない。


 そう私は、昔から湊大が好き。

 柚乃と仲良くしているのを見るのが、大嫌いだった。

 でも離れたくない。

 なんだろ、NTRねとられっていうの?

 二人が、部屋で何をしているのか、想像するだけで一人エッチ三回はいける。

 私は変態かもしれない。


 そう、二人が家で会っていたのも知っている。

 何をしているのか、関係はどこまで、そんな事をずっと考えていた。


 そして、柚乃は大学に入らなかった。

 我慢した末のこのチャンス、だけど私はヘタレで、一歩が踏み出せなかった。


 しかぁーし、私は聞いてしまった。

 実家のじっちゃんから、あるネタを。

 それは農協で、柚乃のお父さんが話していたらしい。

 じっちゃんのためにでは無いが、有効に使わせて頂こう。


「ねえ最近、柚乃と連絡を取ってる?」

「ああまあな、だけど忙しいらしいらしくて、既読スルーだな」

 やったぁ。時は満ちた。いざ決戦の時。

 頑張れ私。


「かっ彼氏ができたみたいよ。情報だけど、農協へ入った高島。同じクラスだったんだけどさ、柚乃のお父さんがお気に入りで結婚させたいって言ってるみたい」

 じっちゃん、信用性の問題でお父さんになりましたごめん。


「ふーん。そうかぁ。あいつん家も大変だからなぁ」

 俯いたまま、無反応でそんな答え。


 あれおかしい…… ミスった?

「ほれ、欲情しない?」

 ウインナーを咥えてみせる。


「おまえなぁ。いつもそんな事ばっかり。俺も男なんだぞ、もっと大事に…… あれもないし」

 おっと効いていたようだ。いつもの無慈悲に流す返答が、そう、今確かに変わった!!


「あるよ」

 声を低くして言って見る。


「どこかの俳優かよ。あーもう。後で泣くなよ」

 ふふふっ。我は勝った。

 ビックリなのは、湊大も初めてで、少しパニックだったこと。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る