夏の終わりと共に

第1話 高校二年の出来事

 春先の事。


 空気の入れ換えの為に、窓を少し開けた。

 そして聞こえてくる声。


 いや、高気密の家じゃないから、その前から聞こえていたんだけどさ。


「先輩。私、淋しくて」

「僕もだよ。だけど良いのかい。いきなり遠恋になるけども」

「うん。だから…… 勇気を出します。して……」

 そんな台詞共に、キスでもしているのか、むちゅむちゅ。ちゅぱちゅぱな音が聞こえる。


「けっ。何が、先輩だよ」

 向こうに聞こえないように、ぼやく。


 聞き耳を立てながら。

 高校二年ともなれば、興味はある。


 相変わらず、ちゅぱちゅぱ音と、「あっ」みたいな、奴らしくない声。


 普段なら、もっとギャアギャア言っているのに。

 よく聞けば、一オクターブ声も高いな。


 隣の部屋は、有機リン。

 じゃない。

 結城 凜ゆうき りんの部屋。


 そして俺は、網野 諒太あみの りょうた。酸なんて名前じゃないだけましだが、もうね職業は漁師一直線な名前。


 毒物、有機リンには、中学二年の時に告ったはずだった。

『なあ凜、お前が望むなら。俺は世界のすべてを手に入れよう。君のために、そう…… すべてを掛けよう』

 とまあ、あの頃見ていたアニメのおかげで、変な台詞だが、必死だった。

 だが、当然の様に笑い飛ばされ、一度はキスもしたが、それ以降は手でブロックされる。


 距離感も変わらず、ここまで来た。


 でだ…… これだよ。

 あいつだって、俺の部屋に聞こえるのは判っているはずだ。

 英文法の音読だって、向こうからツッコミが来るんだから。



 凜の方は凜の方で、諒太のことは当然嫌いではなかった。

 ただ、子供の頃からの付き合いで、距離感は家族そのもの。

 子供の頃からの、自分の恥ずかしい話をすべて知っている。


 小学校の時に、学校で恥ずかしくてトイレに行けず、帰りにもらした時だって、諒太に洗ってもらい、始末してもらった。

 その他、色々、隠蔽すべき黒き記憶は多々ある。


 圧倒的に、凜の方が多いが……


 我が儘を言っても、許してくれる。

 同じ年だと、普通なら男の方がだらしないし甘えんぼ。

 だけど、諒太の方がしっかりしていた。


 凜がそんな感じだから、諒太がしっかりしたところもあるが、お互い様なのだ。


 中学校の二年。

 あの告白も、照れ隠しの変な台詞だったが、凜は理解をしていた。

 でも…… なのである。


 キスだって……


 でも……


 そんなとき、先輩が現れた。

 年上で優しく、皆と仲良く。

 そう、諒太のような、だけど別人。


 彼のことを思うと、諒太とは違い、ドキドキワクワクをした。

 だけど、この春。

 彼は卒業をして、都会の方へ大学のために行ってしまう。


 凜は、悩んで悩んだ末。

 崖から、紐無しバンジーをした。


 そう。それは後から思えば、最悪の選択。

 諒太は、史上最強のいい人だった。

 それを見知っていたため、他の男もそうだろうと勝手に思っていた。


 後に凜は、諒太が悪いと語っていた。

 諒太が優しいから、それが普通だと……

 無論、そんな事は後の祭りというモノだが。


 彼に、今の自分。口頭ではなく、その状況を教えるために、自分の部屋で情事を…… 睦事を披露した。


 部屋にいるのは判っている。

 家はお互いに高気密高断熱ではない。

 二人共が、これを思ったのは、去年の夏にエアコンが効かないと両家の親がぼやいていたからだ。


 毎年のように行く、諒太の祖父方の実家。

 長野県の和知野方面。

 天竜川の支流で、夏でも凍りそうなほど水は冷たい。


 河原で、ジンギスカンをしながら寛ぐ。

 砂は、キラキラとした金色の雲母が混ざり、子供達は必ず金と間違えて集めるのが決まり事になっている。


 その時に、『こっちは涼しい。家はエアコンが効かないのよね』そんな話が出た。

 そして、その時に知った『高気密高断熱』と言う単語が耳に残った。

 そう二人は、似たもの同士。



 そして、凜の望むとおり、諒太はその行為すべてを聞いてくれた。

 それを想像して、妙に燃えた凜だった。


 初めては、やはり痛かったこと。

 行為中の先輩、顔が妙にきもかったこと。

 これは、諒太は知らない。

 そして、異性に触れられるのが、少し気持ち悪かったこと。

「こんなに、足を持ち上げるんですか?」

「そうだよ」

 そうそう、この時の先輩が見せた顔。気持ち悪かった……


 先輩を玄関まで送り、部屋を覗くと窓は閉まっていた。

 だけど、なんとなく居るのが判る。


 そして、体の痛みと共に、妙な罪悪感が凜の心に押し寄せてきた。


 ばふっとベッドに倒れ込み、うつ伏せのまま諒太と買いに行ったフクロウのほーをたぐり寄せる。

「ばーか」


 妙に痛む下腹部。

 我慢をしながら、彼女は寝てしまう。


 ゴールデンウィークも出かけず、凜は寝て過ごした。

 先輩がバイトで帰れないと言ったからだ。

 どうやらこの期間中、バイトの単価が上がるらしい。


「行きましょうか?」

「予定も…… 時間がはっきりしないし、来てもつまらないよ」

 そう言って、断られた。


 そう、最近は通話もなく、既読スルーかスタンプぺったんが多い。



 そんなバカップルは良いとして、諒太君。

 噂が広がり、怒濤の励まし会が執り行われたが。それもようやく、下火になってきた。

 男どもはまあ良いとして、クラスの主立った女子と出かけたことになる。


 そして、連絡先の交換も。


 諒太君。

 この時、身長が百七十二センチ。

 長野県の血のせいか、色白。

 だが、そこそこ筋力はあり、以外と賢い。


 髪の毛は当然黒だが、虹彩は少し薄いブラウン。

 日本人のはずだが、あっさりさっぱり顔。

 微妙にモテる、彼だった。

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